六枚落ち(自由対局)
昨日からハム将棋にハマってるんだけどさ、あれって可愛いよね。
食べ物のハムかと思ったら、ハムスターの略なんだね。私はハムも好きだけど。
じゃ、今日も部室に行こうか。
「頼もうッ!」
ドアを開けると……あ、やっぱり歩美ちゃんがいた。
「あら、今日は早かったわね」
今日は掃除当番じゃなかったからね。
「こん、早速指そうよ」
「いいわよ。今日は六枚落ちね」
やったね。どんどんハンデが少なくなって行くよ。
ただその前に……。
「宿題の答え合わせしよ」
「……そうだったわね。確か問題は……」
「こうかしら?」
正解だよ。よく覚えてるね。
さすが歩美ちゃん。
「で、どういう結論になった?」
「私が考えたのは……」
こう。銀引きだよ。
「どうかな?」
「それは……5三金、3五歩、同歩、同飛、3四歩、9五飛狙い?」
ビンゴ! これで飛車が成れるよ。
「なるほどね、それもいい手だわ」
んん、この言い方だと、他にも正解があるみたいだね。
「他に何かあるの?」
「銀を引かずに、一回4五歩もありよね」
……これは、意味が分からないかな。
「同歩、同銀、4四歩、3六銀で、どうするの?」
「同歩に同銀じゃなくて、そのまま3五歩よ」
……で?
「それから? 同歩でどうするの?」
同銀、3四歩、2六銀で止まっちゃうよね。
「同歩なら同銀、3四歩に4四歩」
「同金直は同銀、同金、同馬。5三金なら3四銀、同金、同飛」
「これで飛車を成り込めるわね。3二歩と受けても、4三金、同金、同歩成、同玉、4四馬から、確定的に飛車を成ることができるわ」
ふぇえ、凄い。でも、まだ他にも対応はあるよ。
「4四歩を無視して3五歩だと?」
「それが一番難しいけど、とりあえず4三歩成として、同金に3五飛よ」
ん? これはさっきと違って、飛車を成れないよ?
「3四歩」
「4五飛」
ここで歩を取るの? 上手は、まだ歩を持ってるよ?
「4四歩」
「1五飛」
……あ、次に1三飛成……でもでも。
「2四銀ッ!」
「7五飛」
あふぅん、これは私が考えたのと、似たような展開だね。
「……ギブアップ」
「までね。次の7三飛成が、どうやっても受からないから、左右挟撃で終わり」
「3五飛に3四歩じゃなくて3四銀は?」
「それも1五飛ね。もう銀を持ってないから、2四銀と守れないわ。だから、こっちの最善としては、もっと早く1筋、7筋、8筋、9筋の歩を、全部進めておくことでしょうね。ただその場合は、別の展開になるし、別の攻略法があるわ」
うーん、勉強になったよ。
4五歩を突いたのは、後から飛車で取るためなんだね。納得。
ただ、実戦だと気付かないかも。
「こういう風に、『今は取られるだけだけど、後から有効になる歩の突き』を、突き捨てと言って、駒落ちだけでなく普通の将棋でもよく出て来るから、覚えておいて。こういうのを勉強したいときは、次の一手問題集とか、手筋集を読めばいいわ」
なるほどね、やっぱり参考書が必要なんだね。
将棋部に所属していれば、本はいっぱいあるから、自由に読めるかな。
今度から暇つぶしに読もっと。
「じゃ、六枚落ちに進むわね。初期配置はこうよ」
銀が2枚追加されたね。
ただ、ハム将棋で予習してて思ったんだけど……。
「ハム将棋だと、駒落ちにも飛車角がいるよ?」
「ああ、そのこと」
歩美ちゃんは残りの駒を片付けながら、先を続ける。
「ハム将棋だと、八枚落ちは金2枚じゃなくて、飛車角なのよね。ただ、普通『八枚落ち』と言えば、金2枚のことよ。これは推測だけど、飛車角が動き回った方が面白いから、ハム将棋では変則的な駒落ちにしてるんだと思う」
ふーん……そういうこともあるんだね。
「でもさ、飛車角2枚の方が、強くない?」
「んー、どうかしらね。飛車角2枚の八枚落ちは、棒銀で必勝だから……」
ぼうぎん? またよく分からない言葉が出て来たね。
「ま、それはまた今度にしましょ。とりあえず、普通の六枚落ちから」
そうだね。金銀2枚ずつでも、楽しそうだよね。
「さてと、ここで数江ちゃんに決めてもらいたいことがあるんだけど……自由対局と、定跡を覚えるの、どっちがいい?」
じょうせき? ……常識なら完備してるよ。
「じょうせきって何?」
「定跡って言うのは、『これまでの研究で明らかになった、原則的に良いと考えられている駒組みや手の総称』よ。将棋は、指すだけでなく、研究の対象でもあるから、これまでいろんな研究成果が蓄積されていて、それが膨大な定跡を形成してるの」
うわ、難しそう。
私が気後れしていると、歩美ちゃんは助け舟を出してくれた。
「別に、最初は自由対局でもいいわよ。ただ、いつかはやってもらうから」
……どうしよう。最初は自由にやりたいかな。
「今日は自由対局で、明日は定跡をやろ」
「了解。……それじゃ、始めるわね」
6二玉は、初めて見たね。いつもは4二に上がってた気がするよ。
「7六歩」
まずはこの一手。毎度お馴染みだね。
「2二銀」
そうだよね。角成りを受けるよね。
前回教えてもらったことを、ここから活かすよ。
「3六歩」
「7二玉」
「3五歩」
「8二玉」
「3八飛」
うふふ、これが木原流だよ。
「3二金」
おっと、さすがに受けてきたね。
「3四歩」
「同歩」
「同飛」
「3三歩」
「3八飛」
飛車先の歩を交換したよ。まずは力を溜めないとね。
「7二銀」
王様をガードしてきたね。私も王様をガードするよ。
「5八金右」
「1四歩」
あれ? もう指す手がないのかな?
「7八金」
「9四歩」
「6八銀」
「5四歩」
どんどん駒組みするよ。6六歩。
「3一銀」
ふえ? 何これ? 3筋の防御が薄くなったけど……。
あ、そっか、6六歩で、私の角が閉じこもっちゃったんだね。
3筋に利いてるのは、こっちは飛車だけだよ。突破は無理かな。
「5六歩」
「4二銀」
位置を組み替えたね。これも参考になるかな。
「6七銀」
「5三銀」
うわ、凄い。銀が2二から一気に真ん中へ来たよ。注意、注意。
「4八銀」
「2四歩」
「4六歩」
「2三金」
「4七銀」
「6四歩」
よーし、こっちは攻めの体勢が整ったよ。
それに、4四歩と受けて来なかったから、4五歩ッ!
「いい感じね」
「でしょ? こっから攻めのターンだよ」
「こっちはあんまり形を崩せないし、7四歩くらいかしら」
のんびりだね。
「4六銀」
「1五歩」
「3五銀」
「9五歩」
「3四歩」
「開戦だよ」
「私も、ちょっとゆっくりし過ぎたかしら。同歩とするわ」
「同銀ッ!」
「同金」
「同飛ッ!」
「2八銀」
うわ、銀がワープしてきたよ。
でも、こんなの無視。
「3二飛成」
「1九銀成」
……どうしよ。龍1枚じゃ、王様を捕まえられないんだよね。
4二歩は二歩になっちゃうし……。
「数江ちゃんの番よ?」
「ちょ、ちょっと考えるね」
……………………
……………………
…………………
………………
あ、閃いたッ!
「7九角とするよ」
「んー、いい手ね。2九成銀」
「2四角ッ!」
びゅんびゅん動いちゃうよ。
歩美ちゃん、そろそろギブアップかな?
「紛れが欲しいわね……5五歩」
むむ、攻めて来たね。でも、もう遅いよ。
「3三角成」
「5六歩」
「4三馬」
「6二銀」
銀が王様を守りにバックしたね。
歩美ちゃんの王様が危ないってことだけど……どうしよ。
歩を打って、と金を作ろうかな。
「5四歩」
「5七歩成」
にゅ? 歩を捨ててきたよ。何だろ、これ。
「同金」
「5五香」
き、金に当たってるね。逃げて4七金は王様を取られちゃうし……。
「5六歩」
「待った」
「待ったなしッ!」
「それ二歩よ」
「え?」
「5四に歩がいるでしょ」
……あ、ほんだ。
「ごめん……反則負けだね……」
「ま、練習だからいいわ。指し直して」
うるうる、歩美ちゃんは優しいね。でも容赦しないよ。
5六銀と出ても、結局は取られちゃいそうだから、攻め合おうかな。
「5三歩成」
「5七香成」
これは……まだ詰めろじゃないよね。
「6二とッ!」
「4二歩」
ん? 歩打ち? ……タダ捨てじゃない?
「同龍」
「5五桂」
これも詰めろじゃないよ。
どんどん行こう。
「7二と」
「同金」
王手だから、当然取るよね。
「えーと、これはもう、寄せの段階なんだよね?」
「そうね、寄せの段階ね。終盤とも言うわ」
終盤か。RPGだと、ラスボスのダンジョンに突入中かな。
これまで勉強してきたことを、フル活用するよ。
終盤は駒の損得より、寄せの速度、だよね。速度計算重要。私の王様は詰めろじゃないから、歩美ちゃんの王様に詰めろをかけて、広義の詰みを発生させれば勝ち。要するに、必至をかければいいってことだよね。
だから、まずは詰めろを考えるよ。
詰めろ……詰めろ……。難しいね。いろんな手があるから。
……………………
……………………
…………………
………………
ぴこーんッ! 凄くいい手を思いついたよッ!
「5四馬ッ」
これが7二龍、9三玉、8二銀、8四玉(9四玉は7四龍、8四合駒、8五金まで!)、7三龍、8五玉、8六銀、9四玉、9三金で、狭義の詰み狙い。つまり、詰めろだね。
しかもしかも、馬が桂馬に当たってるから、保険で5五馬とできるね。
やったッ! これで勝ちッ!
「んー、そうしちゃうか」
「そうしちゃうよ」
……ん? 言い方が変だね。何か……。
「6七桂不成」
……王手だね。
でも、同金とすれば……5八金で狭義の詰み……。
6九玉は5九金、4九玉は4八金……あれ? あれれ?
「詰んじゃった……」
「そうね、6七桂不成から、どう逃げても狭義の詰みよ」
……………………
……………………
…………………
………………
「ギブアップ」
「ありがとうございました」
うわーん、何で? 何で? どうして?
私、勝ってたよね?
「どこがおかしかったの?」
「んー、とりあえず、確認。5四馬を指す前の、状況を整理して」
5四馬を指す前の状況……。
これだね。整理するよ。
「えっと、どっちの王様にも詰めろがかかってないよ」
私が対局中の読みを告げると、歩美ちゃんは「うーん」と唸った。
「それは、おかしいわよね。数江ちゃんの王様に詰めろがかかってないなら、何で6七桂不成から詰んじゃうの? 詰めろがかかってない状況で、数江ちゃんが王様回りの駒を動かしたわけでもないのに、いきなり広義の詰みが発生することはないんだけど」
……そうだね。ってことは……。
「計算間違い?」
「そういうこと」
うわーん、速度計算を間違えちゃった。これは痛恨の極みだね。
「そっか、5五桂が詰めろだったんだね」
「そうなの、5五馬が詰めろ。それが分かってたから6一とじゃなくて7二とと王手してきたんだと思ったけど、違ったみたいね」
うん、違うね。6一となんて、1秒も考えてないよ。
「じゃあ、速度計算をし直すよ。5五桂が詰めろだから、7二と、同金のあと、私は王様を受けないといけないね。だから……」
「私の王様には、詰めろがかかってない? かなり危ないわよ?」
「歩美ちゃんの王様に? ……広義の詰みってこと?」
「ちょっと検討してみましょう。これが広義の詰みなら、受ける必要ないから」
そうだね。歩美ちゃんの王様が詰むなら、受ける必要はないね。
速度計算の掟「どちらも広義の詰みのときは、先に指せる方が勝つ」だよ。
「じゃ、盤面をよーく見ましょ」
よーく見るよ。じーッ。
……………………
……………………
…………………
………………
「まともな王手がかからないよ?」
どこに打っても、金か王様で取られて、終わっちゃう気がするね。
「そうねえ、こういうときは送りの手筋としたもんだけど」
おくりのてすじ? 何か技がでてきたっぽいね。
「おくりのてすじって何?」
「送りの手筋って言うのは、『駒を打って王様をひとつ先のマスへ移動させる』こと。この場合は、9二金が送りの手筋に該当するわ」
うにゅ? 金を捨てた……。
「タダだよ?」
「同玉に7二龍」
……あ、なるほどね。金で王様を移動させて、龍を接近するんだ。
しかも7二龍で金を補充してるから、駒損になってないよ。
「8二金とガードするよ」
「そこで8一銀と打って、同金とできないから、9三玉よね」
「うん」
「とりあえず、9二金と打って追撃してみましょうか」
「変化は3つ。同金or9四玉or8四玉ね。まず9四玉は、7四龍、8四金、8五銀で詰むわ。9二金に同金なら、同銀成として、そこで9四玉なら、やっぱり7四龍、8四金、8五銀まで。同銀成に8四玉なら、先に9三銀と打って、8五玉、8六金、9四玉、7四龍、8四金、8五金まで」
「むむむ、ちょっと待ってね。順番に考えるよ」
「いいわよ。駒を動かして、確かめてちょうだい」
そうだね。頭の中だけだと、まだミスしそう。
えーと、9四玉は7四龍、8四金、8五銀。狭義の詰みだね。
同金は、同銀成で……
……………………
……………………
…………………
………………
「オッケー、同金と9四玉は、全部狭義の詰みになることを、確認したよ」
「残りは8四玉ね」
「問題は、これが詰むかどうかだけど……」
歩美ちゃんが、真剣になったね。
私も真面目に考えるよ。
……………………
……………………
…………………
………………
「詰まないんじゃないかな?」
「そうね……詰まないっぽいわね……」
だよね。王手をかける方法は、全部で7通り。
9三銀、7三銀、8五銀、7五銀、7三龍、8三龍、7四龍。
7三龍、8三龍、7四龍は、龍を捨ててるだけだから、意味ないよね。
9三銀は同金、同金が王手じゃないし、7三銀は同金、同龍、同玉、8二金、8四玉で、やっぱり王手が止まっちゃうよ。8五銀は同玉、7七桂、8四玉だし、7五銀は同歩のタダ捨てだね。
私がそこまで考えたとき、歩美ちゃんはいきなり7五銀と打った。
「7五銀、同歩、同龍、9四玉、5五龍って裏技もあるけど……」
「これって、次に8六桂、8四玉、7五龍で詰むから、私は7四歩なんだけど、そこでさらに5七龍として、成香を抜けるのよね」
うわ、こんなテクニックがあるんだ。凄い。
私が感心する中、歩美ちゃんはポンと自分の頭を叩いた。
「ごめんなさい、ボケてたわ。……もっと簡単に詰んでるわね」
え? 詰んでるの? どうやって?
「9二金、同玉、7二龍、8二金、8一銀、9三玉に、9四銀だわ」
銀のタダ捨て?
「捨てたら駒が足りなくなるよ?」
「同玉に7四龍よ」
「8四歩なら8五金、9三玉、8四金まで。だから7四龍に8四金だけど、それでも8五金、9三玉、8四龍、同歩、9四金打で、狭義の詰みが発生するわ」
ほ、ほんとだッ! 詰んでるよッ!
「ちなみに、8四龍のところで8四金は、同歩からまともな王手がかからなくなって終わりね。同龍が見えなかったから、一瞬切り捨てちゃったわ」
歩美ちゃんでも、うっかりはあるんだね。
人間、誰しも間違うよ。
「というわけで、状況整理完了。7二と、同金の局面は、『どちらの王様にも広義の詰みが発生していて、先に指せる方、すなわち数江ちゃんの勝ち』ね」
そうだね。そういうことになるね。
対局中の計算は、完全に間違いだったね。
「終盤は、こんな感じかしら。数江ちゃんの負けだけど、途中はかなり良かったわよ。特に7九角から2四角は、大駒を活用してグッド」
やったね。褒められたよ。
「問題があるとすれば、5五香を放置したことかな。5七香成とされてから、かなり危なくなった印象だし。もしどこかで余裕があれば、5九の王様を6九に寄せておくとか、そういう間合いの取り方もあったと思う。将棋では、『居玉は避けよ』っていう格言もあるし」
「いぎょく? いぎょくって何?」
「王様が初期位置にいることよ。数江ちゃん側は5九、私は5一ね」
ふーん……初期位置だと、よくないのかな?
そのへんの感覚は、まだよく分からないかも。
「さてと、今日はここまでにしましょう。ありがとうございました」
歩美ちゃんは丁寧に頭を下げる。
礼に始まり、礼に終わる、だね。
「ありがとうございました。……宿題は?」
「明日の予習をお願い。明日は予告通り、定跡をやるわ。六枚落ち定跡よ。進行は、初手から3二金、7六歩、7二金、6六角」
「この6六角の意味を、考えて来てちょうだい」
うわ……すごく抽象的な質問だね……。
ただ、9三角成狙いだっていうのは分かるよ。8二銀で止まっちゃうけど。
「分かった。考えてくるよ」
「じゃ、また明日」
【今日の宿題】
最終図における6六角の狙いを考えなさい。
《将棋用語講座》
○手筋
「技」あるいは「テクニック」のようなもので、特定の形において指すと、形勢が有利になる手を意味する。手筋を暗記しておくのはとても重要であり、テレビゲームにおける「この敵は雷に弱い」などを連想すると分かり易い。「特定の敵が出る→特定のコマンドを選ぶと有利になる」が、将棋においては、「特定の局面になる→特定の手を指すと有利になる」と言い換えられるわけである。手筋の独学は難しいので、市販されている手筋集などの本を読むことをお勧めする。これもテレビゲームと同様で、戦闘を繰り返せば「この敵はこれに弱い」ということが経験的に分かるわけだが、それよりも攻略本を買った方が早いのだ。




