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将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
駒落ちで対局しよう!
25/60

八枚落ち

 さあ、今日は八枚落ちだね。

 ちゃんと作戦を考えてきたよ。これで100%勝てるはず。

「やっほー、歩美(あゆみ)ちゃん、来たよ」

 私が部室のドアを開けると……いたいた。

「あら、遅かったわね」

 今日は掃除当番だったからね。

 歩美ちゃんは、いつも来るのが早いなあ。まさか、サボってないよね?

「八枚落ちやろ、八枚落ち」

 私が椅子に座ると、歩美ちゃんは早速、八枚落ちの盤面を作ってくれた。


挿絵(By みてみん)

 

「作戦は考えてきた?」

「ばっちりだよ」

「じゃ、始める前に、取り決め。駒落ちは、下手(したて)が逃げ回ったら、勝負にもの凄く時間がかかるの。だから、上手(うわて)の勝利条件として、『私の王様が数江(かずえ)ちゃんの陣地に入ったら勝ち』で、いいかしら?」

「私の陣地って言うと……七、八、九段目?」

 歩美ちゃんは、こくりと頷く。

 いいよん。入れるわけないから。

「オッケー」

「じゃ、始めましょ」

 上手からだよね。

 歩美ちゃんは、すぐに王様を上がった。


挿絵(By みてみん)


 4二玉だね。これは、予想通り。

「7六歩」

 今回もこの一手。角を自由にするよ。

 角と桂馬以外は、なかなか陣地の外に出られないんだよね。

「7二金」


挿絵(By みてみん)


 むむ……これは、次の手を読まれちゃってたね。

 隙があったら、6六角のつもりだったんだけど……。

 でもでも、これも予想済みだよ。

「3六歩」

 私の指し手に、歩美ちゃんはぴくりとした。

 うふふ、びびってるよ、これは。

「3二玉」

「3五歩」

「4二玉」

 あ、王様をうろうろし始めたね。

「3八飛」


挿絵(By みてみん)


 王様の前に、大砲を据えるよ。

「なるほどね……袖飛車(そでびしゃ)模様か……」

 そでびしゃ? 何だろうね? コードネームかな?

「3二金」

「3七桂ッ!」


挿絵(By みてみん)


「7四歩」

 ん? 防御しないのかな? ずいぶん、悠長だね。

「4五桂だよ」

 私が桂馬を跳ねると、歩美ちゃんは「うーん」と唸った。

 困ってる、困ってる。

「4四歩」


挿絵(By みてみん)


 ??? これは何かな?

「角で取れちゃうよ?」

「どうぞ」

 ……罠かな? そうは見えないけど……。

「じゃあ、もらうね」

 私はそう言って、4四角とした。

「4三金」

 金上がり……このままだと、角を取られちゃうね。

「6六角」

「5四歩」


挿絵(By みてみん)


 え? 9三角成ってできるよ?

「角を成るよ?」

「どうぞ」

 ……歩美ちゃん、諦めちゃったのかな?

 9三角成、と。

「1四歩」

 もう手がないみたいだね。じゃあ、大砲を撃とうか。

「3三桂成ッ!」


挿絵(By みてみん)


 どっかーん。これで飛車の大砲が炸裂。

「同玉」

「3四歩」

「同金」

 ここで馬を……あれ? 7二の金が、意外と邪魔だね。中に入れないよ。

「……6六馬」

「2四玉」

「2二馬」

「3五桂」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あれ? 2七と4七が、同時に受からないよ? 何で?

 3七飛は3六歩、同飛、4七桂成だし……。

「に、2八銀」

「4七桂成」

「3九飛車」

 飛車を逃げないとね。じっとしてれば、きっと大丈夫。

 その間に、攻略法を考えようね。

「4六歩」


挿絵(By みてみん)


 ??? これは……何だろ……?

「3二歩」

「3八歩」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「2九飛」

「5七成桂」

「3一歩成」

「4七歩成」


挿絵(By みてみん)


 ……どんどん危なくなってるね。

 一回、どっちかの成駒を消そうか。

「5八金右」

「同と」

「同金」

 次に同成桂、同玉で、さっぱりするね。

「5六金」


挿絵(By みてみん)


 え? 取らないの?

「5七金」

「同金」


挿絵(By みてみん)


 あ……詰めろ……。

 嘘……金2枚しかなかったのに、詰めろがかかっちゃった……。

「6九玉」

「6七金」

 これも詰めろだね……6八歩と打てば……5八金打で詰みだね。

 6八桂も詰み。7七馬も詰み。5九玉も詰み。

 あれ? もしかして、必至?

「ね、ねえ、これって必至?」

「んー、必至じゃないわよ」

 あ、必至じゃないんだ……良かった……。

 でも、受け方が分からないね。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あ、そっか、分かったよ。

「5八歩」


挿絵(By みてみん)


 これで受かってるね。次から反撃するよ。

「4八金」


挿絵(By みてみん)


 ……これも詰めろだね。

「6八銀」

「5八金寄」

「7九玉」

「6八金寄」

「8八玉」

「7九銀」

 ど、どんどん追い込まれてるよ。まずいよ。

 飛車で銀を取れるけど、それは意味ないし……。

「きゅ、9八玉」

「7八金」


挿絵(By みてみん)


「……9六歩」

「4七歩」

「9七玉」

「4八歩成」


挿絵(By みてみん)


「これで私の王様は、数江(かずえ)ちゃんの陣地に入れると思うけど?」

 ……だね。止められそうにないよ。

「ギブアップ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 何でかな。金2枚しかないのに。

「ま、そうしょげないで、感想戦をしましょう」

 そうだね。感想戦をしようか。

 私たちは、駒を初期位置に戻した。

「まず、4二玉、7六歩はいいわよね」

「7二金は、6六角の防止?」

 6六角と飛び出すと、8二金で9筋を守れるよね。

「そうよ。で、問題は……」


挿絵(By みてみん)


「ここからの方針かな」

 えぇ……4手目だよ、これ……。

「3六歩がおかしいの?」

「んー、3六歩自体は、おかしくないわ。むしろ、その後の方針ね。数江ちゃんは、どういう作戦を立ててきたの? 3七桂〜4五桂〜3三桂成は、作戦通り?」

「うん、それが作戦だよ。桂馬をぽんぽん跳ねて、歩の壁を突破するの」

「なるほどねえ……狙いは悪くないけど、ちょっと疑問かな」

 あらら、いきなりダメ出しされちゃったよ。

 私の1時間って、いったい……。

「何がダメなの?」

「全ての状況に当てはまるわけじゃないけど、『序盤で駒を捨てるのは悪手』なの。この場合は、3三桂成が、歩と交換になってるでしょ。歩との交換は、ほとんどタダで捨ててるのと一緒だから、この場合は悪手ね」

「何で捨てたらダメなの?」

「相手に戦力を渡してるからよ。今回は、3五桂から悪くなったでしょ?」

 3五桂……あ、2七と4七が受からなくなったやつだね。

「私は金2枚しか持ってないけど、それはあくでも初期状態の話。数江ちゃんが駒を捨てれば捨てるほど、私の戦力はどんどん増えるわ。だから、3三桂成は疑問。そして、その3三桂成しかできない4五桂も疑問。ってことは、3七桂自体が疑問よね」

 うーん……そっかぁ……昨日は桂馬で勝てたから、過信しちゃったかな。

 桂馬は一回跳ねると、そのまま前に進むしかないんだよね。バックできないし。

「じゃあ、どうすればよかった?」

「数江ちゃんの意思を尊重して、3六歩を活かすなら、3二玉、3五歩、4二玉、3八飛、3二金、3四歩、4四歩、同角、3四歩、1一角成、3三金かしら」


挿絵(By みてみん)


「最初の3四歩に同歩は、すぐ1一角成。4四歩、同角に4三金は、3三歩成、同金、同角成とできて終了ね」


挿絵(By みてみん)


 そっか、別に桂馬を跳ねなくても、角は成れるんだね。

 ムリヤリ突破しようとしてたよ。

「これで私の勝ち?」

「んー、ちょっとまだ遠いわね。この4四歩、同角、3四歩、1一角成、3三金の受けは、駒落ちのときによく出てくる手筋(てすじ)で、簡単には突破できないのよ」

「4四歩、同角、3四歩に同飛は?」

「それは、こうして……」


挿絵(By みてみん)


 わーお……終わってるね。1一角成なら3四金、飛車を逃げると4四金。

「『大駒は引きつけて受けよ』という格言があって、こういう風に、かえって受け易くなるのよ。敵を接近させてるように見えるけど、実は逆なわけね」

 なるほどね、勉強になるよ。でもさ……おかしくない?

 金2枚で、何でこんなに難しくなるの?

 こっちは敵よりも8枚多いんだよ?

「突破する方法は?」

 私が尋ねると、歩美ちゃんは人差し指を立てる。

「そう焦らないで。八枚落ちで最初に学ぶことは、『駒を安易に捨てない』ことと、もうひとつ、『攻撃の前に王様の守りを固めておく』ことよ」

「王様の守り? 相手が金2枚なのに?」

「その金2枚に攻め込まれてなかった?」

 ……だね。ぐぅの音も出ないよ。

「さて、どう守る?」

 うーん……王様を守る訓練は、全然してないんだよね。

 速度計算のときに、逃げたり受けたりする練習はしたけど……。

「今までのことを思い出せば、少しはヒントになるわよ」

 ……じゃあ、受けるときを考えてみようか。受けるときに最強の駒は、多分、金なんだよね、経験的に。王様の周りに金がいると、ガードが固いもん。だから……。

「5八金かな?」

「右? 左?」

「うーん、右」


挿絵(By みてみん)


「そうね、それはいい手ね。5八金左は、左辺の防御が薄くなるから」

 言われてみれば、そうだね。5八金左だと、右側に駒が偏るよ。

「私も6二金と寄せて、王様の守りを固めるわ」

「今度こそ、攻め?」

「んー、まだかな。数江ちゃんの陣形は、隙があるわよ」

 隙?

「どこに?」

「2七と8七」


挿絵(By みてみん)


 そうだね。2七はさっき桂馬で攻められたもんね。8七もスカスカだよ。

「どっちを受ける方がいいかな?」

「駒が少ない方じゃない?」

 駒が少ない方……左辺かな?

「7八銀とするよ」


挿絵(By みてみん)


 私がそう指すと、歩美ちゃんは口元に手を当てた。

「それも悪くないけど……今度は、8八に利く駒がないわよね」

 8八……あ、ほんとだ。そこは、どの駒の移動先でもないね。

「じゃあ、7八金に変えるよ」


挿絵(By みてみん)


 うーん、これは堅いね。8七も8八も、両方防御してるよ。

「いよいよ攻めだね」

「待って、もうちょっと駒組みを整えましょう」

「こまぐみ? こまぐみって何?」

「『序盤に陣形を整えていく』ことよ。攻めの準備でもあるわ」

 ……駒を組むってことかな?

「例えば、私は次に……」


挿絵(By みてみん)


「こうやって、陣形を整える。これも駒組みね」

 うわ、歩美ちゃんの王様も、どんどんガードされてるよ。

「でもさ、私が駒組みをしたら、歩美ちゃんも駒組みできるよね? だったら、相手の王様がどんどん堅くなって、損じゃないかな?」

「駒落ちで、その心配はないわ。何でかっていうと、私の方は金2枚しかないから、駒組みのパターンが相当限られてるの。対して数江ちゃんは、いくらでも発展させられるわ」

「どんな風に?」

「例えば、6八銀、5四歩、6六歩、4三金右、5六歩、6四歩、6七銀」


挿絵(By みてみん)


「ほんの一例だし、駒落ちの一般的な組み方じゃないけど、いい形でしょ?」

 ほんとだ。金と銀が連携して、何だか、かっこいい形になってるよ。

 歩美ちゃんの方は、もう金をうろうろするしかできないんだね。

「そろそろ攻める?」

「そうね。攻めましょうか。5三金に4八銀くらいで」


挿絵(By みてみん)


 銀? これは……。

「何で銀?」

「銀2枚のうち、1枚は攻撃に参加させるのが普通。対して金2枚は、王様の防御。だからよくあるのは、『銀1枚+金2枚で守って、桂銀飛で攻める』。絶対じゃないけどね」

「遅くない?」

「んー、桂馬と比べるとぴょんぴょん跳ねられないけど、バックできるし、それにいろんな攻め筋があるわ。ちょっとやってみましょうか」

 そうだね。やってみようね。

「私はもうすることがないから、4三金右〜5三金を繰り返すわ」

「3七銀かな?」

「4六歩と先に突くのがいいかも。そこから4七銀〜3六銀」


挿絵(By みてみん)


「この手の狙いは、分かる?」

 んー、分かんないね。銀で何をすればいいのかな?

「ここから、どうするの?」

「次に5三金なら、4五歩、4三金右、3五歩、同歩、同銀、3四歩、4四銀」


挿絵(By みてみん)


「同金直、同歩、同金なら、同馬で勝ち」


挿絵(By みてみん)


 凄いッ! 一気に突破しちゃった。

「私は銀しかないから、もう受けられないわ。4三銀なら、5三金よ。3五歩を取らずに2四歩なら、3四歩、同金直、3五銀、同金、同飛。ここで3四歩と受けたら、一回3八飛とバックして、次に4四金の打ち込みを狙うわ」


挿絵(By みてみん)


「3四歩に代えて3四銀の受けでも、やっぱり3八飛と引いて、4五銀と取られても、4四歩から攻めが続くわね。5三金と退いたら、3三飛成で終了。無視して3六歩と止めても、4三歩成、同玉、4四金で終了。ざっとこんな感じね」

 銀の攻めは強烈なんだね。桂馬を動かさないで勝っちゃったよ。

「こんな風に、陣形を整えれば、勝率は劇的にアップするの」

「王様を守ることが重要なんだね」

「そういうこと。そもそも、王様を捕まえ合うゲームだから」

 ふんふん、自分の王様が捕まらなければ、負けないってことだもんね。

 焦って攻める必要は、全然ないよ。

「駒落ちのときの注意点は、『派手に勝とうとしない』ことね。かっこいいけど、なかなかうまくいくもんじゃないし、変な癖がつくから」

 了解。王様を守って、銀で地味に勝つよ。

「それじゃ、今日は帰るまで、八枚落ちをやりましょうか」

「うん、次こそは勝つよ」

 結局その日の成績は、私の2勝2敗。

 1回は、右側の薄いところを突破されちゃった。

 でもこれで、八枚落ちは卒業だね。明日は六枚落ちッ!

「今日はありがとね、歩美ちゃん。宿題はある?」

 私が尋ねると、歩美ちゃんは後片付けの手を止めた。

「そうねぇ……次の一手問題でもやりましょうか」

 次の一手問題? 何だろうね、それ。

 私が不思議に思っていると、歩美ちゃんは盤面を作ってくれた。


挿絵(By みてみん)


「これは、今日解説した局面で、5三金じゃなく、4四歩と受けたところよ」

 えっと……5三金……あ、思い出したよ。4五歩から潰れたやつだね。

「4五歩と突けないように、歩で受けたんだね」

「そういうこと。では、問題。下手は、次にどう指せばいいでしょう?」

「うんと、次の下手の一手を考えればいいのかな?」

「そう。だから『次の一手問題』」

 なるほどね、理解したよ。

「じゃ、考えてくるよ。また明日」

【今日の宿題】

最終図において、下手は次に何を指せば良いか、検討しなさい。



《将棋用語講座》

○次の一手

ある特定の局面において、次に指す最善手を予想するクイズを、次の一手問題と言う。これも詰め将棋、必至問題と並んで有名なパズルであり、問題集が多く出版されている。詰め将棋などと異なるのは、問題が実戦形式という点であり、それゆえに、実戦の訓練にも適している。

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