表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
細かいルールとマナー
22/60

二歩、打ち歩詰め、連続王手の千日手

挿絵(By みてみん)


 放課後、私は盤を睨みながら、いろんなことを考えていた。

 これだけ駒があったら、好きなことができるね。例えばこうやって……。

 

挿絵(By みてみん)


 王様を守ってもいいし、あるいはこうやって……。

 

挿絵(By みてみん)


 角と桂馬を動き易くしてもいいよね。

 ただ、歩が何か邪魔な気がするんだよね。お互いに歩がなかったら、最初から角を交換したり、飛車を成ったりできるのにね。身動きがとれないよ。

 ま、それは後で、歩美(あゆみ)ちゃんたちから、いろいろ教えてもらおうね。

 今日も部室に行くよ。

「こんにちはぁ」

 私がドアを開けると、そこには……あれ? 八千代(やちよ)ちゃんだけ?

「あ、木原(きはら)さん、こんにちは」

「こん。他のみんなは?」

 私が尋ねると、八千代ちゃんは読んでいた本を閉じた。

「大会が近いので、近所の将棋センターに行きました」

「将棋センター?」

「はい、他の人と自由に指せる対局場です」

「何で?」

「練習ですよ」

 ……そりゃ、そうだね。練習しかないよね。

 将棋センターで出会いはあんまりなさそうだし……。

「八千代ちゃんは、何でお留守番?」

「私は観る専ですから」

 観る専……この言葉は、何となく分かるよ。スポーツでもいるもん。

 自分はプレイしないで、他人のプレイを観て楽しむ人のこと。

「じゃあ、八千代ちゃんは、他の人の将棋を観るのが好きなんだね」

「そういうことです。……木原さんは、どうしますか?」

 うーん……どうしようかな……。

 宿題も別になかったし、帰ってもいいんだけど……。

「ねえ、そろそろ実戦らしいんだけど、何が残ってるの?」

「そうですね……今まで習ったのは何ですか?」

 今まで習ったのは、駒の動かしたかと、寄せと、詰め将棋、それに……。

 私は、4月のことを思い出しながら、順番にテーマを列挙した。

 それを聞き終えた八千代ちゃんは、グッと眼鏡を直す。

「なるほど……実戦の準備は、ほぼ終えているのですね」

 あ、やっぱり、そうなんだ。

 今日から実戦に入ってもいいのかな?

「でも、歩美ちゃんは、まだだって言ってたよ。ルールとマナーが残ってるとか」

「ルールは大方教えましたが……確かに、いくつか残ってますね」

 へぇ、全部じゃなかったんだね。数が多いなあ。

 まあ、ポケモンの相性とかを覚える方が、よっぽど大変っぽいけど。

「何のルールが残ってるの?」

「私が思いつく限りでは、二歩、打ち歩詰め、連続王手の千日手ですね」

 にふ……うちふづめ……連続王手の千日手……。

 最後だけ、何となく分かったかな。漢字に変換はできるね。

「順番に説明してくれない?」

「ええ、喜んで……まずは、この局面を見てください」


挿絵(By みてみん)


 速度計算でやったのと、似たような場面だね。

「今、お互いにどういう状況か分かりますか?」

「どっちから動くの?」

「両方のケースについて、考えてみてください」

 なるほどね、その方が、頭の体操になるかな。

 順番に考えるよ。

「まず、9九の王様が私とするね。その場合は、私の王様は詰めろで、相手の王様も詰めろだよ。だから、先に動ける方が勝ち」

 私が状況の整理を終えると、八千代ちゃんは満足げに頷いた。

「素晴らしいです。かなり上達しましたね」

 でしょでしょ。どんなもんだい。

「しかし、残念ながら間違っています」

 ……え?

「どこが?」

「木原さんが習っていないルールがあるのです。まず、相手の王様は、詰めろになっていません。状況整理としては、木原さんの王様だけが詰めろです」

「詰めろになっていない? 何で? 9二歩と打てば狭義の詰みだよ」


挿絵(By みてみん)


 ほらね。

「それを『打ち歩詰め』と言い、ルール違反の反則負けになります」

 ルール違反? これが?

「何で? 持ち駒の歩を打っただけだよ?」

 私が抗議すると、八千代ちゃんは少し困ったような顔をした。

「これはルールマニアの間でよく話題になるのですが、なぜ打ち歩詰めがダメなのか、その理由はよく分かっていません。ただ、江戸時代の初期には確立されていたルールで、おそらくは『最下級の兵卒が突然王様の首を取るのはダメ』という、武士道精神的な根拠があるのではないかと、そう推測されています。実際、中将棋では、相手の王様を取るとき、『失礼します』と礼儀を尽くすマナーがあるので、あながち嘘とも言いきれないでしょう」

 ちゅうしょうぎが何か分からないけど、要するに理由不明ってことだね。

「じゃあ、そう覚えるしかないね……」

「すみません、そうしてください。歩を打って詰めるから、打ち歩詰めです」

 つまり、漢字で書くと打ち歩詰めだね。理解したよ。

「状況を整理し直すね。私の王様だけ詰めろ、相手の王様は、9三歩と打たれて、やっと詰めろになるよ。だから、相手の手番なら、相手の勝ち、私の手番なら私が受けて、相手の方が速度が速い、かな」

「そうですね。それが正しい速度計算です。……では、受けてください」

 受けるよ。8九金で詰みだから、そこを守っちゃえば終わり。


挿絵(By みてみん)


 こう。

 私が誇らし気に顔を上げると、八千代ちゃんは難しい顔をする。

「やはりそう受けましたか……」

「いい手でしょ」

「残念ですが、それも反則負けです」

 ……え? これも?

「何で? 8九に歩を打っただけだよ」

 もしかして、王様を隅っこに封印したら負けとか?

 でも、そういう状況、今までもあったようななかったような……。

「今、8筋に、木原さん陣営の歩は、何枚ありますか?」

 8筋に私の歩は……。

「2枚だね」

「それを二歩と言い、打ち歩詰めと同様に、反則です」

「ええ? 同じ筋に、歩が2枚あっちゃダメなの?」

「ダメです」

「何で?」

 また理由なしじゃないよね? ちゃんと問いつめるよ。

「『同じ筋に歩を何枚も打てると、強過ぎるから』です」

「強過ぎる? ……歩だよ、歩。前に一個しか進めないんだよ?」

「確かに、これまでは寄せの練習でしたから、歩の強さがいまいち分からなかったかもしれません。しかし、『実戦において、歩は凄く強い』です。同じ筋に歩を2枚以上置くことができると、攻めも守りも大変なことになります」

 うーん……これは実戦をしてないから、実感が湧かないね……。

 八千代ちゃんもそう思ったのか、すぐに先を続けた。

「それは実戦で、おいおい分かってくるかと思います。ちなみに、『歩が2枚』と書いて二歩ですが、三歩でも四歩でも、反則です。ですから、『同じ陣営に属する歩が同じ筋に2枚以上現れた場合、その時点でその歩の所有者が負け』と覚えてください」

 分かったよ。二歩だけど、複数って意味なんだね。了解。

「二歩の時点でルール違反ですから、三歩、四歩は、よほどのことがない限り、発生しません。要するに、お互いが二歩の反則を見逃したときだけですね」

 うん、そういうことになるね。

「なるほどね。だから初期配置で、お互いの歩が1つの筋に1枚しかないんだ」

「ご明察。……では、二歩にならないように受けてください」

 二歩にならないように……二歩にならないように……。

 

挿絵(By みてみん)


 こうだね。

「正解です。では最後に、連続王手の千日手を……」

「ちょっと待って」

 私は、八千代ちゃんの説明を制した。

「何でしょうか?」

「打ち歩詰めが禁止なのは分かったけど、打たないで指したときは?」

 私は少し考えて、次のような局面を作った。

 

挿絵(By みてみん)


「ここで、私の番だと仮定するね。それで……」


挿絵(By みてみん)


「9三歩って置くよ。これは、詰めろ?」

「それは詰めろです。7八銀なら、9二歩成で詰みますので」


挿絵(By みてみん)


 うん、それは分かるよ。問題は……。

「じゃあ、9二歩不成(ならず)だと?」


挿絵(By みてみん)


 これは、局面だけ見たら、打ち歩詰めと全く同じだよね?

「いい着眼点ですね。……それは、ルール違反ではありません」

「何で? 形は一緒じゃない?」

「『打ち』歩詰めですから、歩を打ったときだけがルール違反です。既に教わったように、持ち駒を盤の上に移動させるのが『打つ』、盤の上にある駒を移動させるのは『指す』ですから、これは打ち歩詰めに該当しません。ちなみに、木原さんが今作った図は、『突き歩詰め』と言い、『打ち歩詰めはNG、突き歩詰めはOK』なのです」

 打ち歩詰めはNG……突き歩詰めはOK……。

 ルール自体は分かったけど……。

「何でなのかな? 理由はないの?」

「先ほども言ったように、打ち歩詰めNGルールがなぜあるのか、詳しいことは分かっていません。ただ、私が推測するに、持ち駒というのは本来、捕虜のようなもので、捕虜になっていた最下級の兵卒が、戦場に現れた途端、元主人を斬るというのが、昔の人々の価値観に合わなかったのだと思います」

 うーん……封建的だね……。

「まあ、私の推測に過ぎませんが……では、最後に、連続王手の千日手を」


挿絵(By みてみん)


「少し複雑ですが、これの状況整理をお願いします。木原さんのターンです」

 えーと……駒がごちゃごちゃしてるけど……。

 とりあえず、私の方は詰めろだよね。8八金打で狭義の詰みだから。

 でもでも、今は私のターンだから、ちょっと余裕があるよ。8九金の前に相手の王様を詰ませちゃえば、それで勝ち。ただ、持ち駒がないんだよね……。

「……8五龍、8三玉、7四龍、9四玉、8五龍の繰り返しは、千日手?」

「そうですね、それは千日手です」

 だよね。それは無効試合になっちゃうから……受けて……。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あれ? 受からないよ?

 9七歩は8八金打。

 8四龍、同桂、8八角は8九金打、8九角は8八金打。

 他に手に入りそうな駒はないし……必至だね、これ。

「もしかして、私の方が必至かな?」

「はい、それも正解です」

 じゃあ、やることはひとつしかないね。

「8五龍、8三玉、7四龍、9四玉、8五龍以下、千日手にするよ」

 無効試合だけど、負けるよりはマシだよね。

 ところが八千代ちゃんは、意外な答えを返してきた。

「それは、木原さんの負けになります」

「え? 千日手は、無効試合だよね?」

「8五龍は、王手ですね?」

 8五龍は王手……。

「うん、そうだよ」

「次の7四龍も、王手ですね?」

 そうだね。私は頷き返す。

「ということは、8五龍〜7四龍は、連続王手ですね?」

「うん、だから、王手、逃げる、王手、逃げる、王手って、王手が続くよ。で?」

「それを連続王手の千日手と言い、攻撃側の負けという決まりになっています」

 ……えぇ、またよく分からないルールだね。

 千日手が無効試合の例外なら、連続王手の千日手は、例外の例外だよ。複雑。

「何でそうなるの?」

「これも推測ですが、おそらく試合に早く決着をつけるためだと思います。連続王手の千日手が発生するのは、終盤。それまで何十分、何時間も続けてきた将棋が、いきなり連続王手の千日手で無効試合になると、気が萎えますので」

 ……精神論だね。いや、ちょっと違うかな。

 確かに、ゲームを何時間も続けて、結果が「無効試合」は痛いよね。

「ってことは……私の負け?」

「理論的には、そうなります」

 理論的には? どういうことかな?

「理論的じゃなかったら、勝ちはあるの?」

「実戦なら、8四龍と取りますね」


挿絵(By みてみん)


 龍捨て?

「同桂だと?」

「6七角と打ちます」


挿絵(By みてみん)


 あぅ……王手で金取り……。

「これで王手金取りですね。8三玉、7八角、5九飛、6九金」


挿絵(By みてみん)


「一応はガード成功です」

「じゃあ、8四龍には同玉が正解だね」

「その通りです。が、実戦なら待ったナシなので、これで混戦です」

 そっかそっか、理論的にって言うのは「全部のパターンをちゃんと考えたら」という意味で、実戦だとなかなかそうはいかないから、こういう勝負ができるんだね。

「このような理論と実践の違いは、学校生活でもあると思います。例えば、数学の試験で、『第3問より第2問が難しく、配点が同じだから第3問からやる』とか、そういう場合ですね。理論的には、第2問にも第3問にも正解があり、どちらも解けるはずなのですが、制限時間内では別の理屈が当てはまるわけです」

 ふむふむ、そうだね。私も、そういうのは良くするよ。

 第2問を飛ばして、第3問も飛ばして、第4問も飛ばして第2問に戻るとかね。

「このようなルール違反を、将棋では『禁じ手』と呼びます」

 きんじて……禁じ手かな?

「移動できない場所に移動するとか、香車を一番最後まで進めたのに成らないとか、駒を打つときに成った状態で打つとか、そういうのも?」

「はい、全て禁じ手です。要するに、ルール違反の手全部ですね」

 了解。ってことは、禁じ手自体は、これまでも勉強してたんだね。

「今回は3つ説明しましたが、重要度は二歩>>>打ち歩詰め>連続王手の千日手です。特に二歩は、うっかりするといつでもやりがちなので、注意してください。打ち歩詰めと連続王手の千日手になる局面は、滅多に現れません」

 なるほどね。シートベルトなし、スピード違反、信号無視の方が、他の細かい交通ルールよりも重要だもんね。違反にも、ランクがあるんだ。

「では、今日はこれまでにしますか。明日からゴールデンウィークですし」

「オッケー、じゃあ、宿題出してね」

 私がせがむと、八千代ちゃんは眼鏡のつなぎ目を押し上げる。

「宿題ですか……今日勉強したことと、絡められればいいのですが……」

 1分ほど考えて、八千代ちゃんはこくりと頷いた。

 盤に向かい、駒を並べていく。


挿絵(By みてみん)


「この詰め将棋を解いてください」

 あれれ、話が詰め将棋に戻ったね。

 何でかな?

「今日のテーマと、関係あるの?」

「……少しやってみますか?」

 ……そうだね。不安だから、ちょっとやっておこうかな。

 解けちゃうかもしれないけど。

「初手はどうします?」

 詰め将棋は、王手の連続じゃないといけないんだよね。

 王手する方法は、5通り。2一飛成、3二飛成、2一と、1二と、3二歩成。

「……3二歩成で一手詰みじゃない?」

「よく見てください。それは王手放置ですよ」

 王手放置?

 

挿絵(By みてみん)


 ……あ、ほんとだ。9三飛で、王様を取られちゃうよ。

 じゃあ、3二歩成はないね。

 1二とも、同玉、3二飛成、2二歩で止まっちゃうから……。

「2一とかな?」

 私はそう指した。

「1二玉ですね」

「3二飛成」

「2二歩と防ぎます」


挿絵(By みてみん)


 2二と、同飛、同龍、同玉……あれ?

 ダメだね。まともな王手がかからなくなったよ。

 2一飛成は3三玉と逃げられちゃうし……ってことは……。

「ごめん、もう宿題解けちゃったかも」

「……正解は?」

 私は、3二飛成と指した。

 

挿絵(By みてみん)


 王手がこれしか残ってないんだよね。

「1一玉ですね」

 えーと、3一龍は2一歩で止まっちゃうから……。

「1二歩だね」


挿絵(By みてみん)


 これで狭義の……ん?

「……打ち歩詰めだね」

「そうですね。これは木原さんの負けです」

「詰め将棋でも、打ち歩詰めは禁止?」

「禁止です。二歩なども全てダメです」

 ……そっか。

「……ごめん、帰ってから、もう一度考えるね」

「どうぞ。あまり焦る必要はありませんから」

 そうだね。

 ここまでゆっくりやってきたし、これからもゆっくりやっていこうね。

 焦りは禁物、と。

「じゃ、八千代ちゃん、ゴールデンウィークを楽しんでね。バイバイ」

【今日の宿題】

八千代ちゃんが出した詰め将棋を解きなさい。



《将棋用語講座》

○禁じ手

ルール違反の手のこと。移動できない場所へ駒を移動する、成れないところに成る、成らなければ成らないところで成らない、二歩を打つなど、様々なルール違反が考えられる。注意しなければならないのは、ルール違反全てが禁じ手ではない、ということである。禁じ手は指し手・打ち手に関連するルール違反であり、相手の持ち駒をこっそり盗むなどは、禁じ手とは呼ばない(もちろんルール違反である)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ