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将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
王様を詰ませよう!
20/60

自玉と速度計算1

 今日の昼休み、廊下で(まどか)ちゃんとばったり会ったけど……。

 何にも言われなかったね。あれが体育会系のノリなのかな?

 蒸し返してもしょうがないし、今日も部室に行こうね。

「やっほー、こんにちは」

 ドアを開けると、室内には大川(おおかわ)先輩と歩美(あゆみ)の姿が。

 あれれ? 円ちゃんは?

「円ちゃんは来てないんですか?」

 私が尋ねると、大川先輩がノートから顔を上げた。

 何してるのかな? 宿題?

「いえ、まだです」

 そっか……もしかすると、また応援部なのかもしれないね。

 だったら、グラウンドに行った方が……。

 なーんてこともないか。邪魔しちゃ悪いし、先輩に訊こう、と

 歩美ちゃんは熱心に本を読んでるから、先輩の方が暇そうかな。

「先輩、後でパズルの答え合わせしてくれませんか?」

「いいですよ。会計の仕事が終わった後で」

 あ、帳簿をつけてたんだね。

 先輩は真面目そうだし、字も奇麗だから、ぴったりだよ。

「……はい、できました」

 先輩は帳簿を閉じると、それを棚に納めた。

「パズルということですが……」

「これです」

 私は昨日の問題を、大川先輩に見せた。


挿絵(By みてみん)


「えっと……これは……」

「これが必至になってるかどうか、チェックしてください」

 先輩は難しそうな顔をして、じっと盤を見つめた。

 1分……2分……3分……結構、時間掛かってるね。

 10分ほど経ったところで、先輩は溜め息を吐く。

「分かりません」

 え? 分からない?

「答えがですか?」

「はい……すみません、私の棋力では、そろそろ限界が……」

 そうなんだ……先輩は、あんまり強くないのかな。

 じゃあ、しょうがないね。歩美ちゃんに訊こうか。

 私が口を開く前に、大川先輩が声をかけてくれた。

駒込(こまごめ)さん、ちょっといいですか?」

 先輩の呼びかけに、歩美ちゃんは本から顔を上げる。

「何ですか?」

木原(きはら)さんの宿題を手伝ってもらえませんか?」

「……いいですよ」

 やったね。歩美ちゃんも、たまには優しいね。

 私は歩美ちゃんのそばに座って、盤面を見せた。

「これだよ」

「……どういう問題?」

 そうだね。いきなりパズルだけ見せられても、意味が分からないよ。

「3三金が必至かどうか、だよ」

「……そう」

 うわーん、まだ無関心な返事だよ。

 でも、ちゃんと答えてね。

「ちょっと考えさせて」

 歩美ちゃんはそう言って、3分ほど盤面を睨み続けた。

「……だいたい分かったかしら」

 凄い。どうやら歩美ちゃんは、この部でも上の方っぽいね。

 尊敬するよ。

「とりあえず、数江(かずえ)ちゃんの答えを聞かせてちょうだい」

 うんとね……答えは……。

「必至じゃない、かな」

 ただ、あんまり自信がないんだよね。

 読む量が多過ぎて……結局、考えながら寝ちゃったし……。

「……そう」

 そ、その返事は、どっちなのかな? 合ってる? 合ってない?

「じゃあ、王様側の最善手は何?」

「さいぜんしゅ?」

「ベストな手よ」

 あ、最善な手ってことか。了解。

 この場合は、必至にならない守りの手ってことだよね。

「次に2二金打か3二金打で詰んじゃうから、そこを受けて……」


挿絵(By みてみん)


 こう。

「……一番単純な形を選んだのね。その先は?」

 それも、ちゃんと考えてあるよ。順番にいこうね。

「必至は詰めろか王手の連続だから、2三金打ってするよ」


挿絵(By みてみん)


「王様のターンね。3三の金と2三の金、どっちを取る?」

 それはねえ……。

「3三ッ!」

 私は威勢良く、3三金とした。

 

挿絵(By みてみん)


「同金で最初の形に戻るから、2二金、2三金打、3三金以下、千日手」

 金が王様の目の前でぐるぐる回るだけ。詰まないよ。

「ちなみに、2三の方を取ると?」

「それは同金で必至になっちゃうよ」


挿絵(By みてみん)


「そこまではいいわね。じゃあ、3四桂だと?」

 ……3四桂?

「どこで?」

「2三金打に代えて、3四桂」


挿絵(By みてみん)


 こうかな?

「そう、その形よ。3三金なら、2二金で詰むわよ」

 ……ほんとだね。金を取れないよ。

 放置は、2二桂成で負けだね。3一玉は2二金、4一玉、4二金……。

 何か受けないと……。

「ちょっと考えるね」

「いいわよ。ゆっくり考えてちょうだい」

 そう言って歩美ちゃんは、また本を読み始めた。

 私はパズルに集中するよ。

 まず、2二の地点を受けないといけないから……。

 3一歩とかは、全く意味ないよね。3一香、桂、飛も意味なくて……。

 3一銀はあるかな?

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は数江ちゃんの脳内イメージです。)


 これなら受かって……ないや。2二桂成、同銀、3二金打で詰みだね。

 ってことは、3一角も一緒。2二桂成、同角、3二金打。

 3一金はどうかな? 2二桂成、同金、3二金打に、同金って取れるよ。

 だけど、3二に打つ必要はなくて、2三金打とすれば……。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は数江ちゃんの脳内イメージです。)


 あれ? これで助かったんじゃないかな?

 2三金打のパターンは、もう調べて……。

「あッ」

 私の喫驚に、歩美ちゃんは顔を上げた。

「分かった?」

「な、何でもないよ」

「……そう」

 歩美ちゃんは、また本で顔を覆う。近眼になるよ。

 まあ、それはよくて……この2三金打、さっき検討した局面と違うね。

 さっき検討したときは、持ち駒が桂馬だったよ。今は金。3三金って取っちゃうと、2二金打の頭金で詰みだね。だからって、2三金は同金が必至の形……。

 

挿絵(By みてみん)


 じゃないね。持ち駒に桂馬がないよ。

 持ち駒が金2枚の形は、まだ全然やってないから、受かるかも。

 2二金、3三金打、3一金、2二金(ちょく)、同金……。

「あッ! 分かったッ!」

 私の大声に、歩美ちゃんは三たび本を置いた。

「分かった?」

「うん、分かったよ」

 私は手の平をひらひらさせながら、歩美ちゃんに読み筋を披露する。

「3四桂には3一金、2二桂成、同金、2三金打、3一金以下、千日手だよ」

 私の解答を聞いた歩美ちゃんは、顎に手を当てて考え込む。

 そして一言。

「……それ、間違ってるわよ」

「え? どこが?」

「並べてごらんなさい」

 じゃあ、並べるよ。

 3四桂、3一金、2二桂成、同金、2三金打。


挿絵(By みてみん)


 ここで3一金とすれば……あれ? 金はどこ?

「3一に打つ金がないわよね。全部で4枚しかないから」

 ……そっか、枚数制限があるんだね。

 今までちゃんと数えてなかったけど、歩が18枚、金銀桂香が4枚、角と飛車が2枚、それに王様が2枚。攻撃側の金が3枚になった時点で、こっちは金1枚だよ。

 持ち駒が一気に増えて、わけがわからなくなってたかな。反省。

「ごめん、間違ってた」

「まあ、いいわ。続きを考えましょう。金以外で受かるかどうか」

 そうだね。3一金って打てなくても、他の駒で受かればオッケーだよ。

 例えば……。

「3一銀と打つよ」


挿絵(By みてみん)


「それはダメ。2二金直、同銀、3二金打まで」

 ……だね。歩美ちゃん、読むの速いなあ。羨ましいよ。

 気を取り直して、頑張るよ。

 3一歩、香、桂、飛は意味ないよね。銀がダメで、角も同じで……。

 あれれ? 全部ダメ?

「3一に打つのは、全部ダメだね……」

「そうね、3一は全滅。……他はどう?」

 他は……他は……。

「ダメっぽいね」

 これは諦めるよ。もしかして、3四桂で必至なのかな?

「うーん……諦めるのは、まだ早いけど……」

 そう言って歩美ちゃんは、持ち駒の飛車を拾い上げた。


挿絵(By みてみん)


「これが、かなり難しいと思うのよね」

 私は、ぽかーんと口を開ける。

 飛車? これで受かってるの?

「どうしたの? 攻撃側のターンよ」

「えっと……に、2二金かな」

「どっち? 2二金直? 2二金左?」

 どっちでも良さそうだけど……。

「直で」


挿絵(By みてみん)


「同飛と取るわ」

「こっちも同金だよ」

「同玉ね」


挿絵(By みてみん)


 うわ、さっぱりしたね。

 とりあえず、王様の頭を押さえたいかな。

「2四金って打つよ」

「2三金」


挿絵(By みてみん)


 素早い対応だね。

 私が感心していると、歩美ちゃんは指を立てて補足を始めた。

「ちなみに、2三金に代えて、歩、香車、桂馬は、3三金打、3一玉、3二飛、4一玉、4二飛成まで。銀なら、3三金打、3一玉、5一飛、4一合駒、2三金直で終わり」


挿絵(By みてみん)


「2二金直と4二銀の詰みを同時に防ぐには、4二飛くらいしかないけど、3二銀、同飛、同金右で、4一の合駒が何でも詰みね」


挿絵(By みてみん)


 ほんとだ。詰んでるね。

「2三金に代えて、2三角は?」

「3三金打、3一玉、5一飛、4一合駒、2三金と同じように進めて、4二飛の受けに2二角と打つわ」


挿絵(By みてみん)


 ふんふん、同飛は同金直で詰みだね。

「2一玉って逃げるよ」

「1一角成、同玉、4一飛成、2一合駒、1二香、同飛、同歩成まで」


挿絵(By みてみん)


「これで詰みよ」

 うわー、凄い。何か感動しちゃった。

 さすがは歩美ちゃんだね。師匠と呼ばせてもらおうかな。

「というわけで、2三金か2三飛の受けが最強だと思うんだけど……」

 うんうん、だけど?

「初手に戻りましょう」

「え? 初手に戻るの?」

「全部の分岐を読んでたら、1日あっても足りないわ。初手の最善手が先決よ」

 そう言いながら歩美ちゃんは、盤面を元に戻した。

 

挿絵(By みてみん)


 うーんと、2二金が間違いだって言ってるんだよね、暗に。

 考え中。考え中。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ん? これはどうかな?

「3二金は?」


挿絵(By みてみん)


 私は金の位置を、ひとつずらした。

 歩美ちゃんは黙って、3四桂と打つ。


挿絵(By みてみん)


 あれ? これって、2二金のときと、一緒の対応だよね?

「3三金だと?」

「2二金打」

 ……そっか、詰みまで2二金バージョンと一緒なんだ。

「これもダメかな……」

「諦めるのは早いわよ。よーく考えてみてちょうだい」

 ん? 何かあるのかな?

 例えば3一金と打って……あッ! 分かったッ!

「さっきと形が違うね。3一金打で受かってるよ」


挿絵(By みてみん)


「2三金打だと?」

「3三金、同金、3二金打、2三金打、3三金以下、千日手だよ」


挿絵(By みてみん)


「正解。じゃあ、2二金打だと?」

 2二金打? それは読んでなかったかな……でも……。

「同金(あがる)、同桂成、同金、2三金打、3一金、2二金直、同金、2三金打、3一金……これも千日手になるよ」


挿絵(By みてみん)


 今度は、ちゃんと金を2枚持ってるね。

「正解。よくできました」

 やったね。

 ということは、3三金型は、千日手で逃れてるってことかな。

 少なくとも、必至にはならないよ。

「無効試合だね」

「そうね。必至については、とりあえず『難しい』くらいの認識でいいわ。実を言うと、必至は将棋パズルの中でも最難関の部類で、プロでも出題ミスが多発する分野だから。谷川浩司プロが『将棋世界』で出題ミスしたのは、ちょっとした伝説よ」

 へえ、なんかよく分からないけど、名人だから、偉い人なんだろうね。

 というか、将棋のプロって、何してる人なの?

「さてと、将棋を指す準備段階も、そろそろ終わりね」

 ってことは、もうすぐ初心者卒業かな? どきどきしてきたよ。

「最後は何?」

「最後は、速度計算」

「速度計算……?」

 小学校の算数を思い出すね。車が時速何キロメートル云々。

 あるいは、物理かな。私はどっちも苦手。

「速度って、何の速度?」

「相手の王様を詰ませる速度」

 ……どういうことかな? よく分からないよ。

「ごめん、詳しく説明して」

「と、その前に……」

 歩美ちゃんは、駒箱から王様を取り出し、それを盤の上に置く。


挿絵(By みてみん)


「今から、攻撃側も王様を持つことにしましょう」

 うわ、王様がふたりになったよ。何だか新鮮。

「自分が指揮する王様を、自玉(じぎょく)、相手のを相手玉(あいてぎょく)あるいは敵玉(てきぎょく)と呼ぶわ」

 うーん、発音は分かったけど……。

「『ぎょく』って何?」

「王様の別名。駒をよーく見てちょうだい」

 よーく見るよ……あれ? 片方は、王将じゃなくて玉将って書いてあるね。

「こっちの点が多い方、これって玉将(ぎょくしょう)?」

「正解。それを略して(ぎょく)

 玉将なんて、初めて聞いたよ。日常生活では使わないかな。

「どういう意味?」

「んー、それは知らない。八千代(やちよ)ちゃんに訊いて」

 ……丸投げだね。

 とりあえず、王将と玉将がいることは覚えたよ。

「で、王様が2つになったら、どうなるの?」

「難しく考える必要はないわ。今までは『相手の王様を詰ませたら勝ち』だったけど、これからは『相手の王様を先に詰ませたら勝ち、自分の王様が先に詰んだら負け』というルールに変わるだけ」

 自分の王様が先に詰んだら負け……。

 あ、分かったよ。相手も、私の王様を追っかけることができるんだね。

「じゃあ、速度計算について説明するわよ。将棋では、お互いに相手の王様を追って、先に詰ませた方が勝ちになるの。そして、そのときの『どっちが先に詰むか?』という計算を、速度計算と言うのよ」

 なるほどね、どっちが先に相手を詰ませるかの競争だね。

「でも、そんな計算できるの?」

「できるわよ。例えば……」

 歩美ちゃんは、ふたつの王様の回りに、それぞれ駒を配置した。


挿絵(By みてみん)


「さて、歩美ちゃん側が先に動くとしましょう。どっちが先に詰む?」

 これは……。

「2三金って打ったら、必至だよね?」


挿絵(By みてみん)


「そうね、それで必至ね。でも……」

 歩美ちゃんは、9八に金を置いた。

 

挿絵(By みてみん)


「……先に詰んじゃったね」

 ちょっと考えるよ。

 私は、2三金で必至をかけた。

 でも次のターンで、私の王様は詰んじゃう。

 つまり、私の王様には詰めろがかかってて……。

「そっか、私が詰めろで、歩美ちゃんはまだ詰めろじゃないから、私の負けだね」

「正解。ちゃんと計算できるでしょ?」

 ほんとだ。なんか不思議だね。

「他に例はないの?」

「いくらでもあるわよ。ただ……」

「ただ?」

「続きは明日にしましょ」

 あらら……そう言えば、もう遅いね。今日は、これまでかな。

「じゃ、宿題を出すわよ」

「オッケー」

 歩美ちゃんは、しばらく考えた後、3つの図を私に示した。

 

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


「それぞれについて、どっちの速度が速いか、答えてちょうだい。できれば、どちらがどういう状況か、もね。必至がかかってるとか、広義の詰みとか、いろいろ。先に動くのは、常に数江ちゃんの方でお願い」

 基本はさっきと一緒だね。おうちで考えるよ。

「今日はありがとね。また明日」

【今日の宿題】

最後の3つの図について、それぞれどちらの速度が速いか答えなさい。なお、「数江ちゃんの方」とは、盤の下側にいる王様の陣営を指す。



《将棋用語講座》

○速度計算

「どちらの王様を先に詰ませることができるか?」という計算を、速度計算という。但し、速度計算の【速度】は、寄せの速度であって、詰みの速度ではないことに注意。詰みが発生していない局面でも、速度計算は可能である(定義とは矛盾しない)。これについては、次回詳述する。将棋の終盤において最も重要な判断材料であり、「終盤は駒の損得よりも、寄せの速度」という格言にも現れている。

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