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将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
駒の動かし方を覚えよう!
2/60

王、歩、金

 私の名前は、木原(きはら)数江(かずえ)

 駒桜(こまざくら)市立高校に入学したばかりの、1年生だよ。よろしく。

 中学生のときは帰宅部だったけど、高校はクラブ活動を頑張りたい。でもでも、練習がキツいのは嫌だし、できればインドアがいいなあ。そう思って、今日は将棋部に来てみました。

 ちょっと怖かったけど、眼鏡を掛けたショートボブの優しそうな女子が出て来てくれて、ひと安心。いったい、どんなことは始まるのかな? 楽しみだね。

「というわけで、大川(おおかわ)先輩、よろしくお願いしまーす」

「こちらこそ、よろしくお願いします。木原さんは、将棋について、どれくらい知識をお持ちですか?」

 将棋については……えーとね……。

「おじさんがふたりでボードを挟んで、木の駒をちょこちょこ動かすゲーム!」

 あれ? 先輩、何だか困ったような顔をしてるね。

 私、変なこと言ったかな?

「確かに、それが将棋に対する一般的なイメージかもしれませんが……。それはさておき、将棋がどういうルールのゲームか、ご存知ですか?」

 ルールは知らないなあ。どうすれば勝ちなのかも分かんないや。

 私は首を左右に振った。

「では、そこから説明しましょう。将棋はズバリ、『相手が所有している王様を取ったら勝ち』というゲームです。細かいルールはたくさんありますが、最初に覚えるのは、このルールからですね」

「王様って何ですか? キング?」

「王様というのはですね……」

 大川先輩はそう言って、箱から小さな駒を取り出した。


挿絵(By みてみん)


「これが、王様です」

「……王将って書いてありますけど?」

「それは正式名称です。普通は王様(おうさま)(おう)あるいは(ぎょく)と呼びます。しばらくは、王様で固定することにしましょう」

 ギョクっていうのがよく分かんないな。卵のことかな? ネギだくギョク!

「この王様を取れば、勝ちなんですか?」

「そうです」

 ふーん……でも、どうやって? 先輩の手から奪えばいいのかな?

 私が王様をしげしげと見つめていると、先輩はそれを盤の上に置いた。


挿絵(By みてみん)


「将棋では、駒をマス目の中に置きます。いわゆるフィールドですね。ひとつのマス目につき、置ける駒は1枚までです。駒の上に駒を重ねることはできません。さらに駒は、このフィールドの上を、マス目からマス目へしか移動できません。線の上とか、盤の外側へ出るのは反則です」

 何だかサッカーみたいだね。ちょっと狭いけど。

「自由に動かしてもいいんですか?」

「あ、それはダメです。駒にはそれぞれ、決められた動き方があるんですよ。ちなみに、王様は、縦横斜めのいずれかのマスへ、1回につきひとつだけ移動できます。つまり……」

 先輩は赤いおはじきを取り出して、王様をぐるりと囲う。

 

挿絵(By みてみん)


「おはじきの置かれている箇所が、王様の移動範囲ですね」

 うーん、凄く足が遅いんだね、この王様は。

「では、木原さん、ちょっと動かしてみてください」

「どこへですか?」

「木原さんの好きなところでいいですよ。但し、ルールは守ってくださいね」

 好きなところかあ……とりあえず、端っこへ行ってみよう。

 私は王様を持つと、ぴょんぴょん跳ねて端っこへ移動させた。

 

挿絵(By みてみん)


「はい、よくできました」

 えっへん。私は胸を張る。

 でも、王様の捕まえ方を習ってないよね。どうすれば勝ちなのかな?

「どうやって王様を捕まえるんですか?」

「他の駒を使って捕まえます」

 他の駒……? どこにあるのかな?

 私が疑問に思っていると、先輩は新しい駒をひとつ取り出した。


挿絵(By みてみん)


「これは、『歩く』と書いて、()と言います」

「王様とは違うんですか?」

「違います。歩は、一番下っ端の兵隊です。動き方は……」


挿絵(By みてみん)


 ええッ!? 前に一個しか動けないの?

「バックできないんですか?」

「できません。ひたすら、前にひとつずつです」

 えぇ……それって、すっごく弱いよ……。

「さて、この歩を使って、王様を取ってみましょう」

「どうやってですか?」

「将棋では、『自分の駒の移動先に敵の駒がいる場合、それを取る』ことができます」

 駒の移動先に敵の駒がいるとき……あッ! 分かったよ。

「一歩、二歩、三歩、四歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 わーい、取れちゃった。簡単だね。

「はい、正解です。歩は前にひとつしか動けませんから、4回目で王様を取れますね」

 そうだね。ちょっと時間は掛かるけど、歩も役に立つんだ。

 あれ? でも……。

「王様も動けるんですよね?」

 私がそう尋ねると、先輩はしたり顔で頷いた。

「ええ、そうなんです。ですから今のは、王様が逃げない場合に限られます」

「お互いに、好きなときに動かしてもいいんですか?」

「ダメです。プレイヤーは、交互に指さないといけません。パスは禁止です」

 交互に? だったら、さっきのは私が4回連続で動かしてるから、本当は反則になっちゃうんだね。ちょっとぬか喜びだったかな。

「今度は、交互に指してみましょう。王様は、私が動かします」

「はーい」


 1、歩を前に出す。

 2、王様が横に逃げる。

 3、歩を前に出す。

 4、王様が横に逃げる。

 5、歩を前に出す。

 6、王様が横に逃げる。

 7、歩を前に……。


挿絵(By みてみん)


「あれ? ……王様がいない」

 先輩は、ちょっと慰めるような顔をして頷いた。

「そうなんです。王様が横に逃げると、捕まらないんですね。斜めでも同じです」

 うーん……やっぱり歩は弱いね。

 もっと強い駒はないのかな?

「というわけで、歩はひとまず卒業です。次の駒に移りましょう」

 先輩は箱の中から、歩よりもちょっと大きな駒を取り出した。


挿絵(By みてみん)


「これは、(きん)といいます。お金と同じ漢字ですよ」

 要するに、ゴールドだね。戦争にもお金が必要なのかな。

「金は、歩よりも多くの場所に移動できます。正確に言うと……」


挿絵(By みてみん)


 凄いッ! こういうのを待ってたんだよッ!

 でも、ちょっと動きが複雑だね。

「最初は覚えにくいと思いますが、ポイントは『斜め後ろに下がれない』です」

 斜め後ろに下がれない……。あ、ほんとだ。

「じゃあ、今度こそ王様を捕まえまーす」

 私と先輩は、交互に金と王様を動かした。

 今度は横にも動けるから、簡単だよね。

 

 1、金を真っ直ぐ前に動かす。

 2、王様が向かって左に逃げる。

 3、金を斜め左に動かす。

 4、王様が向かって左に逃げる。

 5、金を斜め左に動かす。

 

挿絵(By みてみん)

 

 次で王様を取れるね。でも、今は先輩のターンだから、一回待たないと。

 うきうきしながら待つ私の前で、先輩は金を持ち上げて、盤の外に置いた。

 

挿絵(By みてみん)


「……あれ?」

「残念。金を取られてしまいましたね」

 先輩はそう言いながら、両手を合わせた。合掌。

 私は混乱する。なんで金が、盤の外に移動したの? なんで?

 ……あ、そっか。私が先輩の駒を取れるんだから、先輩は私の駒を取れるよね。

 単純明快。

「んー、もう一回ッ!」

 私は金を取戻して、それをフィールドの中央に置いた。

 タネが分かれば大丈夫。今度は取られないようにするよ。

 金を動かして、王様が逃げて、金を動かして……。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 

挿絵(By みてみん)

 

 あれ? 捕まらないよ。やり方が悪いのかな?

「なかなか捕まりませんね」

 先輩の一言に、私はじっとフィールドを睨んだ。

 えーと、ちょっと整理するよ。

 駒は、交互に動かさないといけない。

 私は先輩の駒を取れるけど、先輩も私の駒を取れる。

 王様と金は、1回につき1マスしか動けない。

「……あ、そっか」

「分かりましたか?」

 うん、分かった。ちょっとイジワルだね、これ。

「金を王様に横付けすると、取られちゃう。でも、横付けしないと、王様を取れない」

「そうです。だから私の王様は、このままだと絶対に捕まらないんですね」

「……もっと強い駒はないんですか?」

 私は金から指を離して、箱を覗き込んだ。

 まだまだ知らない駒が一杯見えるよ。

 だけど先輩は、それを取り出そうとはしなかった。

「金より強い駒はありますが、もう少し金だけで頑張ってみましょう。1枚では捕まりませんが、2枚だと、どうでしょうか?」


挿絵(By みてみん)


 わお、金が2枚。強そう。

「では、王様を捕まえてみてください」

「1回に動かせる駒は、1枚だけなんですよね?」

「そうですね、でないと強過ぎます」

 私は腕組みをして、2枚の金を睨んだ。

 どっちから動かそうかなあ……。こっちかな? えいッ!

 

挿絵(By みてみん)


 王様が左右に逃げたら、そのまま取れるよね。

 斜めも取れるし……真っ直ぐなら……。

「金を取りますね」

 先輩はそう言って、上の金を取った。

 

挿絵(By みてみん)


 1枚は取られちゃったけど……。

「今度は、私の番ですよね?」

「はい、木原さんの番ですよ」

「だったら、こうして……」

 私は王様を摘まみ上げて、それを盤の外に置いた。


挿絵(By みてみん)


「おめでとうございます。私の負けですね」

「やったー」

 私は両手を挙げて万歳をする。いいよ、いいよー。

 喜ぶ私の脳裏に、ちらりとある疑問が浮かんだ。

「……これって、正解はひとつしかないんですか?」

「……木原さんは、どう思いますか?」

 うーん……何か、どうやっても勝てそうだけど……例えば……。

「こういうのは?」

 私は最初の並びに戻して、それから左の金を真っ直ぐに上がった。


挿絵(By みてみん)


「横に逃げますね」

「左の金を寄って……」

「今度は、斜めに逃げます」

「もう一回、同じ金を寄って……」

 先輩は王様を持ち上げて、また斜めに逃げた。


挿絵(By みてみん)


 あれれ? 今度は捕まらないよ?

「これじゃダメなんだ……」

「永遠に逃げ回れるかどうかは分かりませんが、当面は無理そうですね」

「じゃあ、正解はひとつだけ……」

「とも限りませんよ?」

 んん? 何だか意味深な発言だよ。

 もうちょっと考えてみようか。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あ、そっか。もうひとつみーつけたッ!

「こうですね」


挿絵(By みてみん)


「正解です。これも、金取りから王様取りで、木原さんの勝ちですね」

 凄い。こんなシンプルな形でも、いろんなパターンがあるんだね。

「さて、説明したいことは山ほどあるのですが、今日はここまでにしましょう」

 えぇ……せっかくノってきたのになぁ……。

 私は指をくわえて、フィールドに視線を落とす。

「あまり一度に覚えても、すぐ忘れてしまいますからね。ひとつひとつ、丁寧に覚えて行きましょう」

 数学の勉強と同じだね。中途半端に理解してると、いつか破綻しちゃうよ。

「では、せっかくですから、今日の宿題を出しましょう」

 宿題? 将棋の宿題だよね?

 心配する私の前で、先輩は駒を並び替えた。


挿絵(By みてみん)


「これが宿題です。金2枚が木原さん、王様が私。最初は木原さんから動かしてください。私の王様を捕まえたら勝ちなわけですが……さて、木原さんが最短で勝つ場合、何回駒を動かせばいいでしょうか? その数も答えてください」

 最短で……。つまり、王様を捕まえるだけなら、何通りもあるってことかな?

「ひとつ重要な点を。王様を逃げるときも、最善の逃げ方を考えてください。相手のベストを考えるのも、将棋では非常に重要です。『こう逃げてくれれば勝てる』という自分に都合のいい考えを、業界用語で『勝手読み』と言いますから、注意してくださいね」

「はーい」

 うーん、見た感じ、簡単そうだけど、何か引っかけがあるのかな?

 早速、帰って解こうっと。

 大川先輩、また明日ッ!

【今日の宿題】

最終図において、プレイヤー同士が最善の動き方をした場合、何回駒を動かせば王様を捕まえることができるか。ここで、「最善の動き方」とは、「王様は一番長く生き延びられるように動き、攻撃側は王様を一番早く捕まえられるように動く」ことを言う。なお、金2枚の側が、最初に駒を動かすものとする。



《将棋用語講座》

○勝手読み

相手の動きを、自分に有利な形でのみ想定すること。

将棋に限らず、日常生活全般で見られる現象である。


用例:

俺「次はストレートを投げてくるだろうから、全力で振ろう」

 →変化球で三振。

俺「この問題は試験に出ないだろうから、勉強しないでおこう」

 →見事に出題。しかも配点がデカイ。

俺「一発でツモるか裏が乗るだろうから、このリーチで逆転だな」

 →一発でツモれないし裏も乗らない。


友人「そりゃ勝手読みだよ」

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