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将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
王様を詰ませよう!
19/60

必至

 放課後、私は机に座って、メモ帳を睨んでいた。

 スケジュール調整してるわけじゃないよ。

 私がやってるのは……。

 

挿絵(By みてみん)


 ※行き詰まり氏『詰将棋パラダイス』1989年3月号。

 

 詰め将棋ッ!

 なんだけど……難しいね、これ。

 3手詰めらしいけど、分かんないや。

数江(かずえ)ちゃん、何やってるの?」

 クラスメイトの女の子が、メモ帳を覗き込んできた。

 ちょっと不審だったかな?

 とはいえ、他人のメモ帳を覗き込むのは、どうかと思うよ。

 デートの約束が書いてあったら、どうするの。

「詰め将棋」

「つめしょうぎ? ……将棋?」

 詰め将棋って言うのは……。

 って、この子に説明しても、しょうがないね。

「パズルだよ」

「そっか、パズルね」

 嘘じゃないよ。パズルの一種だもん。

「じゃ、掃除も終わったし、先に帰るわね。ばいばい、数江(かずえ)ちゃん」

「ばいばーい」

 彼女が出て行くと、教室は静まり返った。

 そろそろ部室に行こっか。もっと簡単な詰め将棋を探そうね。

 私は鞄を持つと、教室を飛び出した。

 1階に降りて、渡り廊下を……。

 あれ? グラウンドのベンチに座ってるの、(まどか)ちゃんじゃないかな?

「円ちゃーん!」

 私が大声を出すと、円ちゃんも振り向いた。

「何だ、木原(きはら)か」

 何だって言い方は酷いなあ。乙女心が傷付くよ。

「ここで何してるの? 部室へ行こうよ」

「おっと、今日は無理だ。応援部があるからな」

 あ、そうなんだ。ほんとに忙しそうだね。

 でも、「また明日」って言ったから、約束は守って欲しいかな。

「宿題の答え合わせは?」

「ああ、それならいいぜ」

「サボっても大丈夫?」

「今は休憩中」

 私は、グラウンドの方を見た。

 ……怖そうな人たちが、いっぱいいるね。

 でもでも、円ちゃんが、一番イケメンかも。

「休憩中でもいいの?」

「構わねえよ。将棋指すのだって休憩みたいなもんだ」

 そうかな? 学校の宿題より頭使わない?

「じゃ、詰めろのパターンを全部挙げるよ」

 昨日の夜見つけたパターンを、私は列挙していく。

 

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


「よし、正解だ」

 やったね。

 ただ、ちょっと気になったことがあるんだよね。

 せっかくだから、訊いてみようかな。

「ねえねえ、これって詰めろじゃないの?」

 私はそう言いながら、王様の斜め上に金を置いた。

 

挿絵(By みてみん)

 

「……そりゃ王手だぞ」

「でもさ、次に1三香と走ったら、2二金で狭義の詰みだよ?」


挿絵(By みてみん)


 これ、詰めろの定義に該当してるんじゃないかな?

 円ちゃんは「うーん」と唸った後、複雑な顔をする。

「……違うな。それは詰めろじゃねえ」

「何で? 理由は?」

「王手放置は反則、だよな?」

 王手放置は反則……だね。それはもう習ったよ。

「うん」

「3二金は王手だよな?」

「うん」

「じゃあ、2手目1三香は、反則じゃないか?」

 1三香は反則……あ、そっか、王手を放置してるから、反則だね。

「そうだね……反則だね……」

「ってことは、その時点で反則負けだよな? ゲームセットだ」

 ……だんだん分かってきたよ。整理しようか。

 3二金は王手、1三香は王手放置の反則。

 反則は負けだから、そこでゲームは終わり。だから2二金打は指せないね。

 2二金打とできないなら、狭義の詰みは発生しない。

 狭義の詰みが発生しないなら、詰めろの定義に該当しない。

 うーん……何だか複雑だけど、論理的にはそうなるよね。

「理解したよ。2二金打で詰む前に、ゲームが終わってるんだね」

「そういうことだな。……と、あんま時間ねえし、次行くぜ」

「詰めろの練習だね」

 私がそう言うと、円ちゃんは微妙な顔付きになる。

「詰めろの練習も兼ねてるが……今日は『必至』だな」

 今日は必死? 円ちゃん、何かヤバいのかな?

「何に必死なの?」

 私の質問に、円ちゃんは一瞬きょとんとした。

 あれ? 何か勘違いだったかな?

「『必至』っていうのは、『必ず至る』と書いて、『王手あるいは詰めろの連続で、広義の詰みを発生させること』だ。要するに、『王手あるいは詰めろの連続で、解除不能な詰めろを掛ける』ってことだな」

 解除不能な詰めろを掛ける……例えば……。

「昨日のこれは、必至?」

 私は、部室で教わった形を再現する。

 

挿絵(By みてみん)


「ああ、それは必至だ。両サイド金の形は、超有名だぜ」

 ふーん、そっか……これが必至なんだ……。

 実際、この詰めろは(ほど)けないもんね。解除不能だよ。

「でも、何でわざわざ、必至って言うの? 詰めろの一種じゃないの?」

「そりゃ、解除可能な詰めろよりも、解除不能な詰めろの方が強いだろ?」

 ……そうだね。解除不能な詰めろは、王様が広義に詰むってことだもんね。

 敵の駒の移動先に王様のいる状態が、王手。

 反則をしない限り王手を解除できない状態が、狭義の詰み。

 連続王手で必ず狭義の詰みにもっていける状態が、広義の詰み。

 広義の詰みを発生させた状態が、必至=解除不能な詰めろ。

 凄い。全部繋がってるんだね。

「もしかして、狭義の詰みまでもっていくパズルが詰め将棋で、広義の詰みを発生させるパズルが、必至なのかな?」

 私が尋ねると、円ちゃんはパチリと指を鳴らした。

 上手いね。様になってるよ。

「いいとこに気付いたな。そういうことだ」

 なるほどね、今日は冴えてるかも。

「じゃあ、詰め将棋と同じくらい、難しそうだね」

 当たり前のことを言ったつもりだったけど、円ちゃんは指を左右に振る。

「そりゃ必至を甘く見過ぎだ。1手必至の難易度は7手詰め相当だぜ」

 ……え? 7手詰め? そんなの、解いたことないよ。

 3手詰めでも大変なのに……。

「そんなに難しいの? 1手だよ? 1手?」

「やってみりゃ分かるさ。……まずは、この問題からだ」

 円ちゃんは、宿題の解答のひとつに立ち返る。

 

挿絵(By みてみん)


「こいつは必至か? 検討してみな」

 必至かどうか……要するに、詰めろを解除できるかどうか、だよね。

 よーし、検討するよ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ん? 簡単じゃない?

 ここに金を置いて……。


挿絵(By みてみん)


「これで解除できてるよ」

 私が右手を上げると、円ちゃんは「ふふん」と笑って3三桂と打った。

 

挿絵(By みてみん)


 ……こんな手があるんだ。

「王手だね……」

「だな。解除しないと負けだぜ」

 王手を解除……王手を解除……。

「横に逃げるよ」


挿絵(By みてみん)


「金を打つぜ」


挿絵(By みてみん)


 ……あれ? 詰んじゃった?

「ま、待って、逃げないで桂馬を取るよ」


挿絵(By みてみん)


 私の手が離れた瞬間、2二に金が置かれる。


挿絵(By みてみん)


「頭金の詰みだな」

「……そうだね」

 打つ駒を間違えたかな?

 2二歩だと……3二金打で詰みだね。

 2二香、2二桂、2二銀、2二角も、3二金打で詰み。

 2二飛車だと……2二金と同じ。3三桂、3一玉、4一金まで。

 ってことは、2二に何を打ってもダメなんだね。打ち場所を変えるよ。

 金を離して……例えば3一金……は全然ダメだね。3三桂一発だよ。

 3一歩、3一桂、3一銀、3一角も、全部3三桂まで。

 だけど3一香なら……あ、今度は2二金打だね。3一飛も同じ。

「どうした? 降参か?」

「ご、ごめん、もうちょっと考えさせて」

「ああ、ゆっくり考えな」

 円ちゃんはそう言って、駒桜の校歌を歌い始めた。

 愛校心に満ちあふれてるね。私はパズルを解くよ。

 2二も3一もダメなら、3二かな? 3二金とか……。

 あ、やっぱり3三桂だね。同金は2二金打。逃げて3一玉は4一金まで。

 歩、香、桂、銀、角はもっと早く詰むし、飛車もダメ。うぅん……。

 私は、全部のパターンを見境なく読み始めた。

 3三角は3二金。銀も同じ。3三歩、香、桂、金、飛は2二金打。

 4一はそもそも意味ないし、1二も同歩成でノックアウト。

 4二は……飛車だけ意味あるかな? あ、もしかして、これが正解?

「4二に飛車を打つよ」

 

挿絵(By みてみん)


 私が駒音高く打つと、円ちゃんは鼻歌を止めた。

 ちらりと盤面を見て、3三桂と打つ。

「3一に王様を逃げるよ」


挿絵(By みてみん)


 今度は、4一に金を打てないよ。同飛だもんね。

 私が誇らし気にしていると、円ちゃんはそれでも金を打ってきた。

 

挿絵(By みてみん)


 あッ……反対側から……。

「……負けました」

「ま、どうやっても詰むからな。2三金で1手必至ってわけだ」

 そっか、2三金と打つだけで必至になるから、1手必至なんだね。

 これって、すっごく難しいよ。読む量が半端ないもん。

「1手でこれなら、3手とか5手必至は、鬼みたいに難しいんだろうね」

 私が感嘆すると、円ちゃんは「うーん」と唸った。

「いや、詰め将棋と違って、難易度がそこまで手数と比例しないんだよな。7手必至より難しい1手必至もざらにあるし、そのへんが必至の特徴かもしれねえ。詰め将棋で7手詰めより難しい1手詰めなんて、そうそうないぜ」

 ふーん……ちょっと納得できないかな。

 手数が伸びれば伸びるほど、難しくなるような気がするんだけど。

「えっと、この形だと、他にも必至になるのかな?」

「試してみるか?」

 そうだね、試してみようか。

 まずは……1四桂の形かな。

 

挿絵(By みてみん)


 これが、一番簡単に解除できそうだもん。

「そいつからか……どうする?」

「3二に王様を逃げるよ」


挿絵(By みてみん)


 いくら何でも、この王様は捕まらないと思うよ。

「3四金だと?」

 円ちゃんは、金をパシリと打った。

 金で包囲する作戦かな?

「4一玉」

 私が王様を下がると、円ちゃんは金を進めてくる。

 

挿絵(By みてみん)


 こ、これは詰めろだね……意外としつこいよ……。

 5一玉は5二金打で詰みだから、4二に何か打ちたいけど……。4二歩は、5二金打、3一玉、4二金寄、2一玉、3二金寄で詰みだよね。4二香、4二桂、4二銀、4二角、全部一緒だよ。だから、4二金か4二飛だけど……。

「4二金って打つよ」

 私は、金の方を選択した。

「ふむ……5三金打だ」


挿絵(By みてみん)


「4三金……かな」

 4三金、同金、4二金、5三金打、4三金、同金、4二金、5三金打……。

 あれ? 同じ手順が、延々と続いてない?

 何度目かの金打ちで、円ちゃんは溜め息を吐く。

千日手(せんにちて)だな」

「せんにちて?」

「今みたいに、同じ手番の同一局面が4回現れることだ」

「4回現れると、どうなるの?」

「無試合。やり直しになる」

 へえ、将棋にやり直しってあるんだ。初めて知ったよ。

「んー、じゃあこの局面は、最初からやり直しになるの?」

 そんなことしたら、無限ループにならないかな?

 私が心配する中、円ちゃんはぐるりと肩を回す。

「もっと簡単に逃げられないか? 例えば……」


挿絵(By みてみん)


「こいつはどうだ?」

 これは……4一じゃなくて、4二に逃げたんだね。

 金に近くなっちゃってるけど……。

「4三金って打つかな?」

「5一玉と引くぜ」


挿絵(By みてみん)


 5一玉……いきなり遠くなっちゃった……。

「必至問題だから、詰めろか王手なんだよね?」

「そうだな。それ以外はルール違反だ」

 詰めろか王手……詰めろか王手……。

 あれれ、まともな王手が掛からないよ? 詰めろもないかな。

「どうだ? ありそうか?」

「……ないね」

「だな。4三金打としないで4四金も、5一玉で詰めろが途切れちまう」

 そっか、だったら、4一玉と逃げたのが良くないんだね。

 ちゃんと勝ちがあるんだもん。

「1四桂は、必至じゃねえな。……次は?」

 次は……なるべく、簡単なのにしようね。頭がパンクしちゃうよ。

「2四桂にするよ」


挿絵(By みてみん)


「2四桂ね……ちょいと考えさせてくれ」

 円ちゃんは口元に手を当てて、しばらく考えた。

 円ちゃんでも即答はできないみたいだね。さすがは必至問題だよ。

「……よし、一通り考えたぞ。初手は?」

「初手は……」

 3一玉は3二金の一手詰みだよね。

 2二歩、2二香、2二桂、2二銀、2二角も同じ。

「2二金かな?」


挿絵(By みてみん)


 2三金バージョンと違って、これで逃げ切れる気がするよ。何となく。

 私が続きを考えていると、円ちゃんは早速、2三金と打ってきた。


挿絵(By みてみん)


 え? 金の頭に金?

「さて、どう受ける?」

 円ちゃんは、ポキポキと指を鳴らす。

 こ、怖いよ……。

「と、取るよ」


挿絵(By みてみん)


「おっと、そいつは詰みだな」


挿絵(By みてみん)


 ……あ、そっか、詰みだね。うっかりしたよ。

「3一玉だと?」

「3二金打、同金、同金までだな」

 ……ほんとだ。じゃあ……。

「3一香車ッ!」


挿絵(By みてみん)


 これで鉄壁だよ。どんとこい。

「ふむ……3筋の守りはできてるが……」

 円ちゃんは金を摘んで、1二に打ち込んできた。

 

挿絵(By みてみん)


 え? 香車の頭に金?

 さ、さっきから、駒と駒がぶつかり過ぎだよ。

「同……香?」

 同歩成、同金、同桂成……。

 

挿絵(By みてみん)


「あッ……」

「こいつも詰みだな。1二地点の枚数勝負で、こっちの勝ちだ」

 あぅう……ごり押しされちゃった……。

 どうすれば逃げられるのかな……。

 1二金を取らなければいいと思うんだけど、取らないと反則だし……。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ん? 逃げ道を確保しとけばいいんじゃないかな?

「香車の位置を変えるよ」


挿絵(By みてみん)


 これでどうかな?

 1二金打なら、3一玉、2二金寄、4二玉と脱出しちゃうよ。

 円ちゃんはしばらく考えた後、諦めたように目を閉じた。

「……正解だな」

 やったね。どんなもんだい。

「ただ、最初に2二玉で良くないか?」

 え? 2二玉?

 

挿絵(By みてみん)


「……ほんとだ」

 簡単だね。歩を守って1四金なら、3三玉。

 3三玉を防止して3四金なら、1三玉、1五金、1四歩。

 これはもう、どうしようもないよ。

「難しく考え過ぎちゃったね」

「ま、いろんな筋を読むのは、いいことだぜ。それじゃ、次に……」

「おいッ! 冴島(さえじま)ッ! 休憩は終わりだぞッ!」

 野太い男子の声に、冴島先輩はびくりとなった。

「やっべッ! また後でなッ!」

 立ち上がった円ちゃんの裾を、私はしっかりと掴む。

「な、何やってんだッ!?」

「宿題ッ!」

 円ちゃんは一瞬ぽかんとなったけど、私の手を振り払って駆け出した。

 あ、逃げちゃダメだよッ!

「3三金が必至かどうか考えろッ! それが宿題だッ!」

 3三金は……えーと……。

 

挿絵(By みてみん)


 これだね。

 これが必至になるかどうか、考えるよ。

「冴島ッ! 1分遅刻だッ! グラウンド10周ッ!」

「あざーすッ!」

 あ……何か悪いことしちゃったかな……。

 後でしばかれないといいけど……大丈夫……だよね?

【今日の宿題】

最後の図が必至になっているかどうか、検討しなさい。



《将棋用語講座》

○必至

解除不能な詰めろがかかること。広義の詰みが発生しているということであり、相手の王様を即座に詰ませるか、相手が間違ってくれることを祈るしかない。詰め将棋と同様に、必至問題もそれ自体で独立したパズルとして楽しまれている。人にも依るが、基本的には、詰め将棋<必至の難易度であり、『将棋世界』などでも、詰め将棋の正解率>必至問題の正解率になることが多い。

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