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将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
王様を詰ませよう!
17/60

合い駒

 日曜日の公園。お散歩日和のぽかぽかとした日に、私は苦悩していた。

 腕組みをしたまま、膝の上に置いた盤面を睨み続ける。

「うーん……」


挿絵(By みてみん)


 ※将棋世界編集部「やさしいビギナー向け1手詰め」

 『将棋世界』2014年3月号、222頁より。


 これさあ……本当に1手詰め?

 5手かかっちゃうんだけど……。

「とりあえず、これは詰むよね」

 私はそう呟きながら、駒を動かしてみる。

 

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 4四角、2三歩、同飛成、2二歩、同龍の5手詰め。

 歩合いじゃなくて、桂合いでも何でも同じ手順。

 だけど「やさしいビギナー向け1手詰め」だから、1手詰めじゃないの?

 タイトルが間違ってるのかな? それとも、引っ掛け問題?

 そもそも、最後に持ち駒が余ってるから、おかしいんだよね。

「……1手じゃ詰まないね」

 私はあれこれやってみた後、ギブアップした。

 問題が間違ってるのかもしれないし、諦めよ。

 明日、歩美(あゆみ)ちゃんに確認すればいいよね。

 じゃ、携帯ゲームでも……。

「ずんでで♪ ずんでで♪」

 ん? 何の音かな?

「ばりばりばり♪ ぎゅいーん♪」

 うわぁ……公園でひとりエアギターしてる人がいるよ……。

 危ない人だね。場所を変えるよ。

 私が腰を上げると、その人はこちらに猛スピードで近付いてきた。

 逃げる間もなく、いきなり声をかけてくる。

「よッ! そこのお嬢さんッ!」

 うわーん、変質者に絡まれちゃったッ!

 誰か助け……あれ? この人、女子高生だよ?

 よく見たらセーラー服だし……藤花(ふじはな)女学園の人だね。

 でもあそこって、お嬢様学校なはずなんだけど……。

「なになに、それって将棋? 将棋?」

 少女はにやにや笑いながら、私が隠した将棋盤を覗き込む。

「そ、そうです……」

「やっぱりね。どこ中?」

 どこ中? ……失礼だなあ。私は高校生だよ。

 身長が150センチないからって、舐めてもらっちゃ困るよ。

駒桜(こまざくら)市立の1年生です」

 私が高校生であることを明かすと、少女はびっくりしたらしい。

「あちゃ、同学年か、めんごめんご」

 ……この人、ほんとに女子高生だよね?

 実はセーラー服マニアの変な人とかいうオチじゃ……。

 私が不審がっていると、少女は親指を立てて自己紹介を始めた。

「あたしの名前は、甘田(かんだ)幸子(さちこ)藤女(ふじじょ)の1年だよ」

 ……ほんとに女子高生かな。フルネームで名乗っちゃってるけど。

 個人情報は、大事にしないとダメだよ。

「駒桜ってことは、冴島(さえじま)(まどか)ちゃん知ってる?」

「し、知ってる」

「そっかあ、彼女、中学の同級生なんだよね。まぶだちって奴?」

 えぇ……円ちゃん、友だちは選ぼうよ……。

 公園でエアギターする女子高生なんて、聞いたことないよ……。

「もしかして将棋部?」

「う、うん……始めたばかりだけど……」

「そっか、そっか、分からないことがあったら、あたしに訊きなさいッ!」

 ……さようなら。

 と言いたいところだけど、ちょっと質問してみようかな。

 ちゃんと解いて行きたいし。

「これ、1手で詰む?」

 私は宿題の詰め将棋を、幸子ちゃんに見せた。

 幸子ちゃんは数秒睨んだだけで、あっさりと口を開いた。

「4四角でしょ?」

「4四角? ……それは5手詰みだよ」

「???」

 幸子ちゃんは、大げさに首を捻ってみせる。

 あんまり強くないのかな? 実は初心者だったりして。

 私は歩を持ち上げて、それを2三に打った。

「ほら、こうやって打てば……」

「ああ、それ、無駄合いだから」

「むだあい? むだあいって何?」

「むだあいって言うのは『取られる以外に意味のない無駄な合い駒』だよん」

 取られる以外に意味のない、無駄な合い駒……。

 2三歩なら、同飛成。取られる以外に、仕事をしてないね。

「えっと、無駄合いだと、どうなるの?」

「無駄合いは、詰め将棋だとノーカン。だから、4四角で終わりッ!」

 うーん、そっか。だったら、1手詰みだね。

 歩美ちゃんも、イジワルだなあ。1時間くらい考え込んじゃったよ。

「ありがと。これで解けたよ」

 私はお礼を述べて、その場を去ろうとした。

 すると幸子ちゃんは、手揉みをしながら私を引き止めた。

「他には? 他には?」

 ……うわ、友だち認定されちゃったかな、これ。

 でも、悪い人じゃなさそうだし、もうちょっとくらいいいかな。

 これも何かの縁だよね。悪縁じゃなきゃいいけど。

「無駄合いと無駄じゃない合い駒って、どう違うの?」

「難しい質問だねぇ。例で考えてみようか。そこのベンチでね?」

 そうだね、立ち話も何だよね。さっきからジロジロ見られてるし。

 私たちはベンチに移動すると、早速合い駒について考え始めた。

「とりあえず、無駄合いの条件を書き出すよ」

 幸子ちゃんはそう言って、生徒手帖を取り出すと、何やら書き物を始めた。


 1、遠距離の王手が掛かっている状態で、

 2、その間に駒を打つ→取るという動作を行ったにもかかわらず、

 3、その合い駒を取った駒の位置以外に、変化が生じていない。


 ……すっごい字が汚いね。内容も難しいかな。

「分かった?」

「……分かんない」

「じゃ、例を挙げていくよん。まずはこれッ!」


挿絵(By みてみん)


「9九香と打ちまーす」

 幸子ちゃんは、楽しそうに香車をパチリと打った。

「さて、どう対応すればいいでしょうか? ちなみに、これは合い駒の練習だから、詰め将棋じゃないよ。むしろ、合い駒で王様を逃げる練習かな。王様サイドで考えてね」

 なるほど、詰め将棋じゃなくて、逃げ将棋なんだね。

 そんな言葉があるかどうか、知らないけど。

「ゆっくり考えるよ」

「どうぞ、どうぞ」


挿絵(By みてみん)


 王手は掛かってるけど、単純に解除できるよね。

「王様を横に逃げるよ」


挿絵(By みてみん)


「正解。他には?」

 他には……。

「8二玉って逃げるのもいいし、9二歩って打つのもいいよ」


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 9二歩は、合い駒だね。無駄じゃないよ。

「オケオケ、なかなかやるね。じゃあ、こうすると?」

 幸子ちゃんは歩を持ち上げて、それを9七に打ち付けた。


挿絵(By みてみん)


 え? 何これ? 意味が分からないよ。

「そんなの取っちゃうよ?」

 幸子ちゃんは、びしりと親指を立てる。

「そう、これが無駄合いッ!」

 ……あ、そういうことか。確かに、無駄だよね、これ。

 さっきの条件と比較してみようか。


 1、遠距離の王手が掛かっている状態で、

 2、その間に駒を打つ→取るという動作を行ったにもかかわらず、

 3、その合い駒を取った駒の位置以外に、変化が生じていない。

 

 まず、9九香の時点で王手が掛かったから、1の条件は充たしてるよ。

 次に、駒を打つ(9七歩)→その駒を取る(同香)だから、2もオッケーだね。

 最後に……3もオッケー。香車の位置以外に、何も変化が起きてないよ。

「分かったよ。さっきの3つの条件を、全部充たしてるね」

「その通り。じゃあ、これは?」

 幸子ちゃんは、歩を9三に移動させる。


挿絵(By みてみん)


「これは無駄合い?」

「え? 無駄合いじゃないの?」

 これも、そのまま取られちゃうよ。意味がないよね。

「ほんとに?」

 幸子ちゃんは、にやにやと笑う。

 うーん、分かり易く「間違い」って言ってるね。

 ちょっと考えるよ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 うん、やっぱり無駄合い。幸子ちゃんの笑いは、フェイントかな?

「無駄合いだと思う」

「じゃ、ちょっとやってみようか。9三歩にどうする?」

 どうするって、やることはひとつしかないよ。えいッ!

 

挿絵(By みてみん)


「はい、取ったよ」

 王様で取り返せないから、やっぱり無駄合いだよね。

「9三香成の状況は、9九香の状況と一緒?」

「うん、一緒」

「ほんとに? ほんとに?」

 え、何が違うの? 突っ込みの押し売り強盗してるわけじゃないよね?

 私は、もう一度盤面を見る。

「……あ、そっか」

 私は喫驚した。これ、状況が一緒じゃないね。

「9三香成の瞬間は、王手が掛かってないよ」

「正解ッ! 9三香成としちゃうと、王手解除になるのよね」

 うにゅにゅ……でもでも……。

「じゃあ、成らないよ」

 私は9三香不成(ならず)に置き換えた。

「それは、いい発想だね。だけどだけど」

 幸子ちゃんは王手を避けて、8二玉と上がる。

「あ……香車取られそう……」

 9一香成、9二香成には、どっちも同玉だね。

「歩で香車を守るね」

 私は、香車のお尻に歩を打つ。9四歩だ。

 

挿絵(By みてみん)


「そこで王様を引くのが味良しッ!」

 幸子ちゃんは、王様をまっすぐ後ろに引いた。

 

挿絵(By みてみん)


 え? そこに逃げるの?

「あなたの番だよ。……と名前聞いてなかったね」

 うーん、名乗った方がいいのかな?

 本名教えるのは、怖いかも。

「……カズちゃんでいいよ」

 私が渾名の方を教えると、幸子ちゃんはパンと手を叩いた。

「じゃ、カズちゃんの番だよ。どうする?」

 どうするって言われても……歩は動けないから、香車を……。

「……あッ……香車が絶対に取られちゃう」

 私が絶句すると、幸子ちゃんは嬉しそうに頷いた。

「そうなんだよね。9三歩、同香不成、8二玉、9四歩、8一玉で香車をゲット!」

「ってことは、9三歩も無駄合いじゃないの?」

「違うよ。9三歩は香車をゲットできる分、9二歩よりいいくらいかも」

 そっかあ……これは目から鱗だね。

「んー、無駄合いかどうかって、チェックが難しいね」

「まあね。詰め将棋でも、『無駄合いかどうか』を判断させる問題があるくらいだし、簡単にはチェックできないよ。それも一興ってやつ?」

 うん、確かに面白いかも。

「さーて、次いくよ」

 幸子ちゃんは、駒の配置をがらりと変えた。

 

挿絵(By みてみん)


「これは、どう? 1一飛車を打った局面だけど」

 うんと、1一飛車は王手だから、条件1は充たしてるね。

 そして、合い駒をしないと、王様はそのまま取られちゃう。

 持ち駒は金と銀だね。どっちを打とうかな……。

「銀合いするね」

 私は8一銀と打った。

 

挿絵(By みてみん)


「正解。これは無駄合いじゃないね」

 うん、これは無駄合いじゃないよ。同飛成、同玉、8二銀に、7二玉と逃げられるから。これが金だと、同飛成、同玉、8二金で詰みなんだよね。

「8一金なら、無駄合いなんだよね?」

「うーん、残念」

 え? 残念? ……無駄合いじゃないってこと?

「でも、同飛成、同玉、8二金で詰みだよ」

「もっかい思い出して。無駄合いの条件に、『詰みが回避できない』ってある?」

 ……ないね。

「ってことは、詰むかどうかって、関係なかったりする?」

「そういうこと。王様が詰むかどうかと、無駄合いかどうかは、関係ないよん。条件1は王手が掛かっているかどうかだけで、詰むとは言ってないからね」

 んーと、じゃあこれは、飛車の位置以外に、状況が変わってるのかな?

 よく分からないけど……。

「飛車が龍になってるから、条件3を充たさないってこと?」

「あ、それはどうでもいいよ。成駒になっても、同一状況ね」

「じゃあ……1一飛の局面と8二金の局面の、どこが違うの?」

 私が尋ねると、幸子ちゃんは指を1本立ててみせた。

「ひとつ、詰んだときの王様の位置が違うよね」

 王様の位置……あ、ほんとだ。9一じゃなくて8一で詰んでるよ。

「ま、それ自体はあんまり重要じゃないかな。重要なのは、2番目。1一飛の王手が、8二金の王手に変わってるよね?」

 1一飛の王手が、8二金の王手に……そうだね。

「分かってきたよ。これは同一状況じゃないんだね」

「そういうこと。同一状況の判断は難しいけど、無駄合いかどうかは普通、直感的に判断できるかな。例えば……」


挿絵(By みてみん)


「これが無駄合いなのは、一発で分かるよね?」

 そうだね。これは明らかな無駄合いだよ。金をプレゼントしてるだけ。

「合い駒って面白いね。8一金だと詰むけど、8一銀なら詰まないんだもん」

「そそ、こういうのを『合い駒の選択』と言って、8一金を『間違った合い駒』、8一銀を『正しい合い駒』って言うから、覚えておくといいよん」

 8一金は詰むから間違い、8一銀は詰まないから正しい、だね。

 理解、理解。

「じゃ、あたし、そろそろ行くから」

 そう言って幸子ちゃんは、ベンチから腰を上げようとした。

「幸子ちゃん、今日はありがとね。……そうだ、何かパズル出してよ」

 私がせがむと、幸子ちゃんは嬉しそうに盤面を作り始める。

「じゃ、これを解いてちょ」

 幸子ちゃんはそう言って、盤を返してくれた。そこには……。


挿絵(By みてみん)


「ルールはね、『連続王手で王様が詰むか』だよん。今は9九香を打ったとこ」

 連続王手ってことは、王手が途切れたら負けだね。分かったよ。

「幸子ちゃん、ほんとありがとね」

「ま、そのうち大会で顔合わせると思うけど、とりまバーイ」

 幸子ちゃんは再びエアギターの構えをして、「ぎゅんぎゅん」言いながらその場を去って行った。……周りの視線が痛いね。帰ろうかな。

【今日の宿題】

最後の図において、連続王手で王様が詰むかどうか、検討しなさい。なお、王様側が先に動くものとする。



《将棋用語講座》

○合い駒

遠距離攻撃の王手に対して、持ち駒を打ち、それを防ぐこと。実戦でも詰め将棋でも多用されるテクニックである。但し、遠距離攻撃の王手に対して持ち駒を打つということは、その合い駒を取りうるということであり、駒の種類を間違えると、とんでもないことになりかねない。普通は歩合いだが、それ以外の駒で受けることもままある。

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