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将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
王様を詰ませよう!
16/60

詰め将棋

 昨日の問題は、頭の体操になったね。

 ベッドの中で解いて、アハ体験しちゃったよ。

 今日も部室に行こうね。

「こんにちは」

 私がドアを開けると、部室には大川(おおかわ)先輩たちが揃っていた。

 4人ともテーブルを囲んで、何か議論してるよ。

「こんにちはッ!」

 私が少し大きめに声をかけると、みんなが一斉に振り向いた。

「あ、木原(きはら)さん、こんにちは」

「何してるんですか?」

 大川さんは少し右によけて、私のためのスペースを作ってくれた。

 あ、みんなで盤を見てたんだね。私も見るよ。

 

挿絵(By みてみん)

 

 ※酒井克彦『詰将棋パラダイス』1965年9月号収録。

 

 うわ、何だか、凄くごちゃごちゃしてるね。

 把握するのも大変だよ

「これは何?」

「これは詰め将棋です」

 なるほどね、これが詰め将棋なんだ。

 でも、何が詰め将棋か、まだ習ってないよ。

「ところで、詰め将棋って何ですか?」

 私が尋ねると、歩美(あゆみ)ちゃんが顔を上げた。

「詰め将棋というのは、以下の条件を充たす広義の詰みのことよ」

 そう言って八千代ちゃんは、ホワイトボードに長々と箇条書きを始めた。

 

 1 敵の王様に広義の詰みが発生しており、

  = 1.1 たとえ相手が最善の対応をしても、

    1.2 次の自分のターンから王手の連続で、

    1.3 狭義の詰みにもっていける状態。

 2 現在は攻撃側のターンであり、

 3 狭義の詰みにもっていく最善のパターンが原則的にひとつしかなく、

 4 盤上にも攻撃側の持ち駒にもない王様以外の駒は、王様側の持ち駒であり、

 5 狭義の詰みが発生した時点で、攻撃側の持ち駒が余らないもの。


 うわーん、ルールがめちゃくちゃ長いよッ!

「分かった?」

「分かんない」

「……そう」

 歩美ちゃんは冷酷だなあ。氷の女だね。

「じゃ、前回の宿題の答え合わせをしてから、先を続けましょう」

 そうだね、答え合わせが先だよ。

 問題は……。


【第3図】

挿絵(By みてみん)


 (※初手の7三角は着手済み。)


【第6図】

挿絵(By みてみん)


 これだね。

「第6図から解いてもいいかな?」

「いいわよ」

 歩美ちゃんの了承を得た私は、第6図に取りかかる。

「えっとね、正解は9一飛、同玉、8三桂、8一玉、9一香成だよ」


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


「正解」

 やったね。

「一点だけ。3手目の8三桂は、正確には8三桂不成(ならず)よ」

「ならず?」

「『ならない』の古典的な読み方。不成と書いて、ならずと読むの」

「8三桂じゃダメなの?」

「8三桂成と区別するためよ」

 そっか、単に8三桂だと、成ったか成ってないか分かんないもんね。

「分かったよ。正解は9一飛、同玉、8三桂不成、8一玉、9一香成」

「完璧ね。ちなみに、8三桂不成のような手を『開き王手』と呼ぶわ」

「あきおうて?」

 王手の一種かな? 「あき」の意味が分からないけど……。

「意味は、『それまで邪魔していた駒を移動させて、背後の駒の利きを通す』王手。6番のパズルでは、初期位置で桂馬が香車を邪魔してるでしょ。8三桂不成は、その香車の通り道を開けるから、開き王手って言うの」

 あ、なるほどね、開き王手だね。分かったよ。

 さっきのだと、桂馬を跳ねた瞬間に、香車のダブル王手になってるもんね。

「じゃ、第3図は?」

 これねえ……すごい迷ったんだけど……。

「多分……9二金じゃないかな?」


挿絵(By みてみん)


「それで?」

「同玉に9三歩って打つよ」


挿絵(By みてみん)


 ここで同玉なら、8三金で詰みだよね。

 9一玉なら9二金で詰み。

「最善は、8一玉かな?」

 私は、王様を斜め後ろに引いた。

「それから?」

「そこで8三龍と入るよ」


挿絵(By みてみん)


「8二角は7二金、9一玉、9二歩成までだから、8二金に金を打つわ」

「それも7二金として、9一玉、8二金、同角、9二歩成」


挿絵(By みてみん)


「……正解」

 やったー。合ってたよ。

「頑張ったわね。多分この6問の中で、一番難しかったと思うわ」

 うん、昨日の時点で、7三角が見えなかったもんね。

 歩美ちゃんに指摘されなかったら、1九角成、7一龍だと勘違いしてたよ。

「初手8二金打、同角、同金、同玉のパターンが詰まないのは分かった?」

「それも、ちゃんと読んだよ。そこで7三角は、7一玉、5一角成、7二金、同龍、同玉、7三金、8一玉で、まともな王手がかからなくなるよね」


挿絵(By みてみん)


 7一玉のところで9三玉は、8四龍で即死。8一玉は8三龍、7一玉、8二龍、6一玉、6二龍で詰むから、注意、注意。

「正解。7三角に代えて6四角と離して打つのは、9三玉、7三龍、8三金とガード。7五角成で一瞬びっくりするけど、9四玉と出ればノープロブレムよ」


挿絵(By みてみん)


 8三龍、同玉、7四金、7二玉で捕まらないもんね。

「ちなみに、7三角に代えて9三角だと?」

 歩美ちゃんは局面を戻して、9三に角を移動した。


挿絵(By みてみん)


「これは……」

 ちょっと待ってね。考えるよ。

 うっかり7一龍は、同角なんだよね。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あ、分かった。さっきと一緒だ。

「9二金、同玉、7二龍、8二金、7三金、9一玉、9二歩、同金、同金までだよ」


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


「正解。やるわね」

 わーい、どんなもんだい。

「だけど、深読みし過ぎかな」

「……え?」

「最短は、8一金、同玉、7二龍、9一玉、9二龍」


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 ……あ、ほんとだ。もっと早く詰んでるね。

 8一金は、7三角のときに登場しなかったから、思い浮かばなかったよ。

「ま、それは全然問題なしよ。詰め将棋じゃなきゃ、最短である必要はないから。さて、今日はその詰め将棋に触れるわけだけど……昨日の図を思い出してちょうだい」


【第1図】

挿絵(By みてみん)


【第2図】

挿絵(By みてみん)


【第3図】

挿絵(By みてみん)


【第4図】

挿絵(By みてみん)


【第5図】

挿絵(By みてみん)


【第6図】

挿絵(By みてみん)


「詰め将棋のルールを再掲するわよ」


 1 敵の王様に広義の詰みが発生しており、

  = 1.1 たとえ相手が最善の対応をしても、

    1.2 次の自分のターンから王手の連続で、

    1.3 狭義の詰みにもっていける状態。

 2 現在は攻撃側のターンであり、

 3 狭義の詰みにもっていく最善のパターンが原則的にひとつしかなく、

 4 盤上にも攻撃側の持ち駒にもない王様以外の駒は、王様側の持ち駒であり、

 5 狭義の詰みが発生した時点で、攻撃側の持ち駒が余らないもの。

 

「さて、このルールに該当しているかどうか、チェックしていきましょう」

「はーい」

 まず、1〜6番は全部、ルール1に該当してるよね。

 だって、広義の詰みの練習だったんだから。

 ルール2からチェックしていこうね。

「1番は……ルール2に該当しないかな。2番と3番も」

「そうね、1、2、3番は、王様側が先に動くルールだったわね」

 思い出したよ。1、2、3は詰め将棋じゃないって、昨日言ってたね。

 他には……。

「5番も違うかな」

「理由は?」

「答えが2つあるから」

 これも昨日、ちらりと考えたね。

 5番は、9二銀、同銀、8二銀で詰むけど、8二銀、同銀、9二銀でも詰むよ。つまり、解答が2つあって、ルール3に該当しないね。

「正解。詰め将棋では、複数解答可能な問題を基本的に含めないことになってるわ」

「何で?」

 私が尋ねると、歩美ちゃんは顎に手をあてて、しばらく考え込んだ。

「これは推測だけど……その方がパズル性が高いからだと思う。ただ、いくつか例外はあるのよね。それについては、後日やりましょう。他には?」

 残りは……4番と6番だね。

 4番は簡単だから、4番からいくよ。

「ルール1、2はオッケーで、8一飛成、同金、8二金しか答えがないから、ルール3も充たしてるね。狭義の詰みになったとき、攻撃側は持ち駒を持ってないから、ルール6も万全だよ。後は……」

 ルール4だね。ルール4は……。

「あ、ルール4を充たしてないね。残りの駒は、駒箱の中にあるよ」

「正解。じゃあ、4番目の問題を詰め将棋にするには?」

 それは簡単だよ。こうやって……。

 

挿絵(By みてみん)


 はい、できあがり。

 駒箱の中の駒を取り出して、王様以外を全部、敵の持ち駒に加えたよ。

「正解。これが一般的な詰め将棋の形」

 なるほどねぇ……でもさぁ……。

「これって、王様側が強過ぎない? 持ち駒がめちゃくちゃあるよ」

 私の指摘に、歩美ちゃんは人差し指を立てる。

「これには、いろいろとわけがあるの。まず、王様側の持ち駒が多くないと、受けるのが非常に難しいということ。次に、合い駒の練習になるということ。それから……」

「ちょっと待って、あいごまって何?」

 愛する駒?

「合い駒っていうのは、『飛車、角あるいは香車で遠距離攻撃されたとき、王様とそれらの駒の間に、持ち駒を打つ』ことよ」

 うわ、これも長いね。例が欲しいよ。

 私の顔色を察したのか、歩美ちゃんは例を並べてくれた。

「今、香車を打ったところよ」


挿絵(By みてみん)


「これは王手ね」

 そうだね、王手だね。回避しないと反則負けだよ。

「王様を横に逃げるという手もあるけど、歩を持ってるから……」


挿絵(By みてみん)


「こう受けてもいいわよね。あるいは……」


挿絵(By みてみん)


「こう」

 ……そうだね。どっちも王手を回避してるよ。

「そして、この歩で香車の利きを止める行為を、合い駒っていうの」

 了解。これで分かったよ。

「歩以外でもいいの?」

「何でもいいわ。ただ、歩で合い駒するときは歩合い、銀のときは銀合いという風に、その駒の種類プラス『合い』で表現するのが通例ね」

 ってことは、歩合い、香合い、桂合い、銀合い、金合い、角合い、飛車合い……。

「成り駒のときは、例えば、と金合いって言うの?」

 私の質問に、歩美ちゃんは人差し指を振る。

「思い出して。持ち駒をいきなり成った状態で打ち込むことは不可能、よ。合い駒は、持ち駒を打ったときにしか使わないから……」

「あ、そっか、ごめん。だったら、成駒の合い駒は存在しないね」

 じゃあ、さっきの7種類で全部だね。

「そういうこと。とりあえず、『敵は残りの駒全部を持っている』とだけ覚えておいて」

「はーい」

「じゃあ、最後に6番ね」

 6番は……。

「これも、4番のルールを充たしてないよ。こうすれば、詰め将棋」


挿絵(By みてみん)


「正解。9一飛、同玉、8三桂不成、8一玉、9一香成の5手詰めね」

「ごてづめ?」

「5ターンで詰むものを、5手詰めと呼ぶの」

 あ、5手詰めだね。耳で聴くと、混乱するね。普段使わない言葉だから。

「じゃあ、3ターンで詰むのは、3手詰め?」

「その通り。7手詰め、9手詰め、11手詰め……いくらでもあるわ」

 あれ? 全部奇数なの?

「偶数のはないの? 6手詰めとかさ」

「それはないわ。ルールをもう一度見てちょうだい」

 私は、ルールを再確認する。


 1 敵の王様に広義の詰みが発生しており、

  = 1.1 たとえ相手が最善の対応をしても、

    1.2 次の自分のターンから王手の連続で、

    1.3 狭義の詰みにもっていける状態。

 2 現在は攻撃側のターンであり、

 3 狭義の詰みにもっていく最善のパターンが原則的にひとつしかなく、

 4 盤上にも攻撃側の持ち駒にもない王様以外の駒は、王様側の持ち駒であり、

 5 狭義の詰みが発生した時点で、攻撃側の持ち駒が余らないもの。


 ……これと、ターンが奇数との関係が分からないよ。

「どういうこと?」

「ルール2により、現在は自分のターンよね?」

「そうだね」

「ということは、自分→敵→自分→敵→自分……と動くわよね?」

「それも分かるよ」

「自分が動くのは、奇数ターン? それとも偶数ターン?」

 歩美ちゃんの質問に、私はハッとなる。

「奇数ターンだね」

「そう。そして、狭義の詰みを決めるのは、どっちのターン?」

 それは……。

「自分が何かを指したときだから、自分のターンだよ」

「正解。というわけで、詰め将棋には、奇数詰めしか存在しないの」

 うーん、すごく論理的だね。

「ターンの数は、最善の動き方をした場合のターン?」

「そうよ。だから、例えば……」


挿絵(By みてみん)


「これは、何手詰め?」

 これはねえ……。

「1手詰めかな。8二馬で狭義の詰みだよ」

「正解。でも、8二歩成、9二玉、8三馬でも詰むわよね」


挿絵(By みてみん)


 ……あ、ほんとだ。

「だったら、ルール3違反かな? 解答が複数あるよ」

「そうじゃないわ。ルール3をよーく思い出して」

 ルール3は……。私は、ホワイトボードを確認する。

 

 3 狭義の詰みにもっていく最善のパターンが原則的にひとつしかなく、

 

 ……あ、分かった。

「パターンがひとつしかないんじゃなくて、最善のパターンがひとつだね」

「その通り。8二歩成、9三玉、8三馬は、1手で詰むところに3手かけているから、最善のパターンじゃないわ。こういう、無駄に手数を伸ばす動きがあっても、詰め将棋では除外することになってるの。だから、さっきのはちゃんとした詰め将棋」

「王様側が早く詰む方に逃げたら?」

「それもルール3に違反してるわ。『最善』は、攻撃側だけじゃなく、王様側のルールでもあるから。例えば……」


挿絵(By みてみん)


「この形で、8二銀に9二玉と逃げちゃダメ。9三歩成で早く詰んじゃうから。最善は、8二銀に7二玉、7三銀左成(ひだりなる)……」

「ちょっと待って。ひだりなるって何?」

 歩美ちゃんは手を止めて、盤から視線を上げる。

「左の銀を成る、よ。7三には、左の銀も右の銀も、どちらも成れるでしょ」

 ふむふむ、なるほどね。また新しい表記がでてきたよ。

 確かに、7三銀成だと、右の銀を成ったのか左の銀を成ったのか、分からないね。

「了解」

「で、7三銀左成、8一玉、8二成銀が正解。5手詰めね」


挿絵(By みてみん)


「つまり、8二銀、9二玉、9三歩成の3手詰めはカウントしないんだね」

「そういうこと」

 だんだん分かってきたよ。

「よーし、じゃあ、どんどん練習しようッ!」

「と言いたいところなんだけど」

 やる気を出した私に対して、歩美ちゃんは酷く冷淡な反応をした。

「だけど?」

「詰め将棋っていうのは、作るのがすごく難しいのと、下手な詰め将棋をあれこれ考えるよりは、ちゃんとしたものをやり込んだ方がいいと思う。だから、数江(かずえ)ちゃんにやる気があるなら、ネットとか書籍で、いろいろ調べてちょうだい」

 えぇ! 丸投げッ!?

「調べるって言っても……やり方が分からないよ」

「そこで、八千代(やちよ)ちゃんの出番ね。どうぞ」

 歩美ちゃんの呼びかけに反応した八千代ちゃんが、こちらに振り向いた。

 歩美ちゃんは、これまでの出来事を、八千代ちゃんに伝える。

「……なるほど、分かりました。木原さん、心配する必要はありません。詰め将棋は、本でもネットでも、腐るほど見つけることができます」

 パズルは腐らないよ。

「いくつか基本的なものをお教えしますので、調べてみてください。まず、簡単な詰め将棋を定期的に発表しているメディアとしては、『週刊将棋』と『将棋世界』が有名です」

「週刊将棋……週刊誌?」

「いいえ、週刊新聞です」

 週刊新聞ッ!? 初めて聞いたよ、そんなの。

 しかも、将棋ってついてるから、将棋オンリーの新聞なんだよね?

「ちなみに、うちの部は定期購読してますので。ほら、そこに……」

 八千代ちゃんは、部屋の隅を指差した。

 あ、ほんとだ。新聞みたいなのが山積みになってるね。

「この新聞は、毎週、簡単な詰め将棋と、少し難しい詰め将棋のコーナーを設けています。後者は『詰将棋ロータリー』という名前で、ここで出題されている第3問を解けるかどうかが、ひとつのハードルと言われています」

 これだけあったら、過去問だけでも相当あるんじゃないかな。

 100問以上はありそうだよ。

「それから次に、『将棋世界』です。これは月刊誌で、やはり多くの詰め将棋を載せています。定期連載としては、森信雄プロの『あっという間の3手詰め』、中田章道プロの『実戦に役立つ5手7手詰め』、編集部編の『やさしいビギナー向け1手詰め』、そして『詰将棋サロン』ですが、この通称『サロン』は非常に難しいので、まだ解かなくていいです。他にも谷川浩司プロらの『懸賞詰将棋』もありますが、これも上級者向けです」

 うん、すごくたくさんあることだけは分かったよ。

「『将棋世界』も定期購読してますので、棚にあるものを順番にどうぞ」

 ほんとだ。『将棋世界』っていう雑誌が、ずらりと並んでるね。

「それから、詰め将棋を収録した本も、たくさん出版されています。最近のもので特に良書と言われているのは、浦野真彦プロの『3手詰ハンドブック』ですね。これも、そこの棚にあります」

「持って帰ってもいいの?」

 私が尋ねると、八千代ちゃんは渋い顔をした。

「部の備品ですので、禁帯出ということに……」

 そっか、それは残念だね。写して持って帰ることもできるけど……。

「ネットでも見つかるんだよね?」

「ネットでもたくさん見つけられます。が、ひとつだけ注意を」

 八千代ちゃんは眼鏡を直し、真面目な表情になる。

「詰め将棋に法的な著作権が発生するかどうか、判例はありませんが、『他人の詰め将棋作品を転載するときは、出典を記す』のがマナーになっています。つまり、他人の作品を自分が考えたかのように発表してはいけない、ということです」

「出典を記せば、やってもいいの?」

「常識的な範囲内でなら。例えば……」


挿絵(By みてみん)


 ※将棋世界編集部「やさしいビギナー向け1手詰め」

 『将棋世界』2014年3月号、222頁より。


「これは許されます。しかし、そのページにある問題を全て転載するのは、ダメです。引用の基本的なルールとして、作者名、掲載場所、発表年は、最低限必要でしょう」

「へえ、まるで小説みたいだね」

 小説も、研究や紹介の範囲内ならOKで、不必要な丸写しはNGなんだよね。

「もちろんです。芸術的な詰め将棋を作る人は、『詰め将棋作家』と呼ばれ、愛棋家から非常な尊敬を集めています」

「え? 作家なの?」

「そうです。将棋界では、作家と同じ扱いです」

 そっか……すごいね。初めて知ったかな。

「じゃあ、無断転載は、盗作になるんだね」

「はい、ですから詰め将棋に関しては、自分で原作にあたることをお勧めします」

「分かったよ。解説ありがとね」

 八千代ちゃんは一礼すると、再びさっきの詰め将棋に戻っていった。

 そう言えば、さっきの詰め将棋は、誰の作品だったのかな?

「でもさ、似たようなパターンを作っちゃうことがあるんじゃないの?」

 私の質問に、歩美ちゃんは頷き返す。

「もちろんあるわ。そういうのは、作家同士でもあるもの」

「そのときは、どうするの?」

「単なる過失なら、問題ないわよ。要するに、うっかりね。これまで発表されてきた詰め将棋の全部を網羅するのは、ほとんど不可能になってるから。ただ、詰め将棋にはデータベースが存在してて、そこで過去に同じ作品がないかどうか、一応調べられるの」

 あ、そうなんだ。何かすごいことになってるね。

 ここまで体系的に整備されてるパズルって、あんまりないんじゃないかな?

 私が黙っていると、歩美ちゃんもさっきの詰め将棋に戻って行った。

 みんなが考えてるのは、難しそうかな。

 さっきの1手詰めから解こう、と。きっと簡単だよね。

【今日の宿題】

下図の詰め将棋を解きなさい。


挿絵(By みてみん)


 ※将棋世界編集部「やさしいビギナー向け1手詰め」

 『将棋世界』2014年3月号、222頁より。

 

 

《将棋用語講座》

○詰め将棋

一定のルールの下で、王様を詰ませて遊ぶパズル。いつ頃から存在するのか、正確なことは分からないが、17世紀初頭までは遡ることができる。当初は、実戦で詰みを発見する練習のために作られたと考えられるが、三代伊藤宗看の『将棋無双』および伊藤看寿の『将棋図巧』により、実戦を離れた芸術の域まで高められた。どちらも18世紀の作品であるが、史上最高の詰め将棋集と言えば、このふたつを指す。昭和〜平成にかけても巨匠を多く輩出しており、2000年代に入ってからも添川公司氏の『新桃源郷』(1205手詰め)などで話題に事欠かない。

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