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将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
王様を詰ませよう!
15/60

詰みの定義2(広義の詰み)

 昨日、帰って宿題やったんだけど……。

 あっさり分かっちゃった。部室にいたとき、何で気付かなかったのかな?

 前から思ってたけど、将棋って、簡単なことが盲点になり易いよね。

 これも将棋の醍醐味かな。

「こんにちはーッ」

 私が部室に入ると……あ、ちゃんと歩美(あゆみ)ちゃんがいるね。

 いないと、答え合わせができないから、良かった。

 今日は眠そうじゃないね。ちゃんと寝たのかな。

「あら、もう来たの?」

 もうって、放課後だよ。

「答え合わせしよ」

 私が盤の前に座ると、歩美ちゃんも席についた。

「えっとね、間違っていたのは銀飛で……」


挿絵(By みてみん)


 こうだね。3つの条件、

 

 1、王手がかかっており、

 2、反則になる手を指さない限り、

 3、その王手を解除する方法が存在しない。

 

 を全部充たしてるよ。

 だから、銀飛がステイルメイトっていうのは間違いで、詰みだね。

「正解。じゃあ、次、行きましょ。と、その前に……」

 歩美ちゃんは、盤面の駒を動かして、別の局面を作った。

 

挿絵(By みてみん)

 

「この状況で、王様側の番なんだけど……詰んでるかしら?」

 んーとね、これは……。

「詰んでないよ」

「正解……なんだけど、実はね、将棋の世界では、これも『詰んでる』って言うの」

 ??? 意味が分からないよ。

 だって、これは王手がかかってないよね。

 しかも、ステイルメイトですらないよ。歩を突けば反則にならないもん。

 王様は反則をせずに逃げることができるから、2の条件も充たさないよね。

「それって、おかしくない? 詰みの条件を全然満たしてないよ」

「そう、満たしてないわ。だけど詰みには、ふたつの種類があるのよ。ひとつは、昨日教えた『狭義の詰み』。今日は、『広義の詰み』について話すわね」

 うわーん、最近、用語が多過ぎるよ。

 でも、頑張って勉強しないといけないね。

 えーと、狭義って言うのは、「本来の意味では」ってことだよね。

 広義は、「二次的な意味では」かな?

「狭義の詰みは、王手が解除できない状態だよね?」

「そう、そして広義の詰みは、次のように定義されるわ」

 歩美ちゃんは、ホワイトボードに要件を書き始めた。

 

 1、たとえ相手が最善の対応をしても、

 2、次の自分のターンから王手の連続で、

 3、狭義の詰みにもっていける状態。

 

 うぅ、さっきの定義より、難しくなってるね。

 例題を手掛かりに、少しずつ整理していこうか。

 まず、相手が最善の対応をするんだよね。

 この局面だと……9三歩か8一玉かな? 8二玉は反則だから、最善じゃないよ。

 でも……。

「9三歩としても、8二銀成で詰みだよね?」

 あるいは、8二歩成でも詰みだよ。8一玉も一緒。

「その通りよ。こういう状態を『広義の詰み』と言って、普通は単に『詰んでいる』というの。ただ、ここで『詰んでいる』っていうのは、『狭義の詰み』とは別。問題なのは、普段将棋を指すとき、この『狭義の詰み』と『広義の詰み』を区別せずに、どちらも『詰む』とか『詰んでいる』と表現することね」

 ええ? それってどうなのかな?

「紛らわしくない?」

「んー、紛らわしい気もするけど、会話に支障は出ないわよ。日常生活でも、『景色を味わう』は『景色を見て楽しむ』の意味だけど、『料理を味わう』は『料理を食べる』って意味でしょ。両者を混同して、『景色は食べられない』なんて言う人がいないのと一緒ね」

 そう言われれば……そうかな……。

 何か、凄く難しい話になってる気がするけど……。

「分かったよ。この局面も、詰んでるんだね。他にもあるのかな?」

「無数にあるわよ。いろいろ見ていきましょ」

 そう言って歩美ちゃんは、いろんな駒の配置を見せてくれた。

 

【第1図】

挿絵(By みてみん)


【第2図】

挿絵(By みてみん)


【第3図】

挿絵(By みてみん)


「それぞれ、王様側のターンと仮定しましょ。まず、1番目はどうかしら?」

 1番目は……。

「詰んでるかな」

「どっちの意味で?」

「広義の詰みだよ。8一玉と逃げられるけど、8二銀成で狭義の詰み」


挿絵(By みてみん)


「正解。じゃあ、2番目のパズルは?」

 2番目は……。

「これも詰んでるよ」

「どっちの意味で?」

「狭義の詰み」

 私の答えに、歩美ちゃんは眉毛をぴくりとさせた。

「ほんとに狭義の詰み?」

 ん……これは、間違いだって言ってるね。

 検証するよ。狭義の詰みの条件は……。


 1、王手がかかっており、

 2、反則になる手を指さない限り、

 3、その王手を解除する方法が存在しない。


 だよね。

 8二銀で王手がかかってるから、1は充たしてる。

 問題は、2と3だけど……。

「あ、ごめん、これは8二金で、一回王手を解除できるね」

「ということは?」

 ということは……。

「広義の詰みだよ。8二金、同歩成で、初めて狭義の詰み」


挿絵(By みてみん)


「正解。広義の詰みは、最初に王手がかかってるかどうかと関係ないから、そこを注意してね。あくまでも、その次のターンから、連続王手で狭義の詰みにもっていけるかどうか」

 はーい。王手=狭義の詰みと勘違いしてたよ。

 早とちりはよくないね。ゆっくりやっていこうか。

「じゃ、3番目に移りましょ。これは?」

 3番目は簡単だよ。

「1九角成に7一龍ッ!」


挿絵(By みてみん)


 これで王様はガード不能。狭義の詰みだよ。

「うーん、正解と言いたいけど……もうちょっと粘れない?」

「え?」

 私は、もう一度、盤面を見つめる。

「嘘だ。これで詰んでるよ」

「もちろん、その状態は詰んでるわ。ただ、王様側の対応が、あっさりし過ぎね」

 歩美ちゃんはそう言って、角を7三に動かした。


挿絵(By みてみん)


 え? 何コレ? 龍の前に角を捨てちゃうの?

「こんなの取っちゃうよ」

 私は喜び勇んで、同龍とした。

「それはダメ」

「何がダメなの?」

「広義の詰みの定義を思い出してみて」

 思い出すよ。広義の詰みの定義は……


 1、たとえ相手が最善の対応をしても、

 2、次の自分のターンから王手の連続で、

 3、狭義の詰みにもっていける状態。


 だよ。チェックしていこうね。

「……そっか、同龍は王手になってないから、2の条件を充たさないね」

「正解。広義の詰みになってるのは、あくまでも連続王手のときだけよ」

「ってことは、3番は広義の詰みじゃないの?」

「広義の詰みよ。7三角でも、連続王手で狭義の詰みへもっていけるわ」

 えぇ……ほんとかなぁ……。

 7三角に同龍でダメなら……。

 私がうんうん唸っていると、歩美ちゃんは人差し指を立てた。

「じゃ、これは宿題」

 うわーん、そうなっちゃうよね。

 でも、これが広義の詰みだって、ちょっと信じられないよ。

 連続王手っていう条件が、すごく厳しいな。7三角を取って勝ちなのに。

「さっきのは、王様側が先に動いたわね。今度は、攻撃側が先に動きましょう」

 歩美ちゃんは駒を集めて、また新しい図を作った。

 

【第4図】

挿絵(By みてみん)


【第5図】

挿絵(By みてみん)


【第6図】

挿絵(By みてみん)


「まずは、4番目から」

 これは簡単だね。即答するよ。

「8一飛成、同玉、8二金だよ」


挿絵(By みてみん)


「正解。開始時点では広義の詰み。8二金の時点で狭義の詰みね。5番は?」

 5番は……。

 んー、盤の上には、歩と桂馬しかないね。

 このコンビは、確か弱いんだよ。

 歩を成っても、同玉だし、桂馬を成っても、同玉。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 初手は、持ち駒を使うしかなさそう。

 8一に銀がいなければ、8二銀で詰むんだよね。狭義の詰み。

 でも、この場合は8二銀に同銀と取られて……。

 ……あ、そっか。それでも9二銀で詰むね。

 要するに、敵の銀を動かせばいいんだ。

「こうだね」


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


「正解。8二銀、同銀、9二銀ね。ちなみに、順番が逆でも詰むわよ」

 え? そうなの?

 ……ほんとだ。9二銀、同銀、8二銀でも詰むね。これも狭義の詰みだよ。

「最後の問題はどうかしら?」

 6番は……え、何これ?

 こんなの詰むわけないよ。香車と桂馬のコンビは弱いもん。

「これ、問題が間違ってない?」

「間違ってないわよ」

 歩美ちゃんは、自信まんまんに答えた。

 ってことは、詰むのかなあ……。

「現時点で、広義の詰みってこと?」

「そう」

 じゃあ、2の条件を充たすために、連続王手じゃないとね。

 王手、王手……。

「えっと、飛車を打つしか、王手がないんだけど……」

「じゃあ、そうしてみれば?」

 冷たいなあ、歩美ちゃんは。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 私は1分ほど考えて、それから溜め息を吐いた。

「詰まないよ。5一飛、7一馬、同飛成、同玉の後、角を打っても寄らないもん」

「……じゃあ、これも宿題ね」

 うわーん、宿題が増えちゃったよ。

 ほんとうに詰むのかなあ?

 悲鳴を上げる私を無視して、歩美ちゃんは先を続けた。

「さて、これで『広義の詰み』の状態が、感覚的に掴めたかしら?」

 うーん……簡単な形は、大丈夫かな。

 1番、2番、4番、5番は、確かに広義の詰みだね。これは分かるよ。

 でも、3番と6番は分からないな。

「一応」

 私は、控えめに答えた。

「そんなに心配しなくても大丈夫。詰む、詰まないは、広義でも狭義でも、簡単に理解できるようなものじゃないから。プロでも読み切れないときはあるわ」

 プロ? 将棋にプロなんているの?

 初めて聞いたよ。どういう職業なんだろ?

「もうひとつ、この『広義の詰み』『狭義の詰み』は、説明のために導入しているだけで、普段は使わないから、そこも注意してちょうだい。部外者に『広義の詰み』って言っても、多分通じないわ」

「え? じゃあ、普通はどうやって区別してるの?」

「それはさっき言った通りよ。『風景を味わう』と『料理を味わう』を問題なく区別できるように、『広義の詰み』と『狭義の詰み』も、『詰み』の一言で処理されるわ」

 それって、初心者には不親切じゃないかな? そうでもない?

「何回もやってれば、そのうち身に付くわ。日本語と同じね」

 詰みは日本語だよ。将棋用語だけど。

 ところで、(かつら)先生も、詰め将棋って言ってたよね。

 それって、このパズルのことかな? いかにもそれっぽいけど。

「ねえねえ、これって詰め将棋?」

 私が尋ねると、歩美ちゃんは難しそうな顔をした。

「うーん、似てるけど違うわね。詰め将棋は、広義の詰みの中でも、もっと特殊なルールに服する分野だから」

 あ、そうなんだ。

 もっと縛りがきついパズルなんだね。

「ただ、今日やった中でも、4番と6番は、ほぼ詰め将棋よ」

「え? ……1、2、3、5番は違うの?」

「1、2、3、5番は違うわ。これは詰め将棋とは呼ばないから」

 5番を除くのが謎だね。4、6番と、何が違うのかな?

 どっちも、攻撃側から始めてる点は同じなのに。

 あと、「ほぼ」って表現も気になるよ。

 私が首を傾げていると、歩美ちゃんは人差し指を立てた。これも癖だね。

「じゃあ、次回は詰め将棋を説明しましょう」

 やったね。どんどんパズルの種類が増えるよ。

 今日は3番と6番を解いて、明日に備えようね。

 歩美ちゃん、ばいばーい。

【今日の宿題】

〔1〕

下図は、広義の詰んだ状態である。これを狭義の詰んだ状態にしなさい。


挿絵(By みてみん)


なお、王様側が先に動くものとする。



〔2〕

下図は、広義の詰んだ状態である。これを狭義の詰んだ状態にしなさい。


挿絵(By みてみん)


なお、攻撃側が先に動くものとする。



《将棋用語講座》

○寄せ

将棋の中で、敵の王様を捕まえる行動のこと。王様を詰ませるのが将棋の勝敗基準であるから、最も重要なフェイズと言っても過言ではない。20世紀後半に入ってから、寄せの技術は格段に向上するとともに、それまで寄せではないと思われていた段階が、寄せの段階に移り変わったという歴史がある(端的に言うと、寄せが速くなった)。このあたりは、谷川浩司から羽生世代にかけての、終盤革命の影響が大きく、旧世代と新世代を区別する大きな分水嶺になっている。

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