指し手の呼び方
「やっほー、八千代ちゃんいるぅ?」
部室のドアを開けると、みんなが一斉にこちらを振り向いた。
えっと、八千代ちゃんは……。
あ、いたいた。奥で本を読んでるね。
「八千代ちゃん」
私がもう一度名前を呼ぶと、ようやく振り向いてくれた。
ずいぶん読書熱心だね。
「木原さん、授業中に問題を解いては……」
「あのさ、ひとつ質問があるんだけど」
私は八千代ちゃんの台詞を遮って、問題の局面を見せる。
「ここから、王様が捕まると思う?」
「……初手、銀打ちですか。それは金を寄りますね」
なるほどね、ちゃんとこれも考慮に入れてあるんだ。
だけど、だけど。
「こうして、こうして、こうだと?」
桂先生と相談した局面まで進めると、八千代ちゃんは眼鏡を直した。
「銀成ですか……この手は見えていませんでした」
やった、一歩先を行ったよ。
「ただ、これでも捕まらない気がしますね。しばらくお待ちを」
そう言って八千代ちゃんは、局面を検討し始めた。
あらら、これじゃ教えてもらえないよ。
今日は久しぶりに、別の人に教えてもらおうかな。
空いてる人は……。
「歩美ちゃん」
窓際でうつらうつらしている歩美ちゃんに、私は声を掛けた。
歩美ちゃんはぼんやりとした目で、私を見つめ返す。
涎が垂れてるよ。
「……何?」
「八千代ちゃんが考え中だから、何か教えて」
歩美ちゃんは目を擦り、口元を拭った。
わくわくする私の前に、盤が置かれる。
「じゃあ、そろそろ詰め将棋を……」
あ、詰め将棋って、桂先生も言ってたね。何のことだろ?
……あれ? そう言えば、何か質問があったような……。
そうだッ! 思い出したよッ!
「ねえねえ、8二桂成って何?」
私の質問に、歩美ちゃんは目をぱちくりとさせる。
それからおもむろに、桂馬を手にした。
「8二桂成って言うのは……」
「こうすることよ。2番目の図が、8二桂成の状態」
やっぱり、そうだったんだ。何となく推測できてたよ。
「8筋二段目に桂馬を成る、ってことだよね?」
「そう、それを短縮した形。普通は、この短縮形しか使わないわ」
あ、そうなんだ。
じゃあ今までは、分かり易いように、長いバージョンを使ってたんだね。
「他にもあるの?」
「他にもって言うか、全部あるわ。まずは、盤を見てちょうだい」
歩美ちゃんは全ての駒を脇に退けて、空っぽの盤を指し示す。
「横が『筋』、縦が『段』っていうのは、覚えてる?」
「もちろんッ!」
「で、見ての通り、筋には算用数字、段には漢数字が書いてあるわよね」
そうだね。
筋は1、2、3、4、5、6、7、8、9。
段は一、二、三、四、五、六、七、八、九。
「うん、それも分かるよ」
「後は簡単よ。盤上のマス目を、筋→段の順で表記するの。例えば……」
歩美ちゃんは、4筋五段目の地点を指差す。
「ここを4五と呼ぶの」
「よんごーだね」
私は、歩美ちゃんの真似をする。
「そう、で、ここは4四」
よんよん……ししじゃないのかな?
「『しし』じゃないの? 九九だと、『ししじゅうろく』って言うよね?」
「『しし』とは言わないわ。それぞれの数字の読み方は、こうよ」
歩美ちゃんは、ホワイトボードに数字とその読み方を記入していく。
1 いち 2 にー 3 さん
4 よん 5 ごー 6 ろく
7 なな 8 はち 9 きゅう
「漢数字も一緒。これ以外の読み方はしないわ」
「え、じゃあ、9を『く』って読んだりもしないの?」
「しない」
歩美ちゃんは、あっさりとそう言って退けた。
何でだろうね? 『きゅうきゅう』よりも、『くく』の方が言い易いよ?
それに、2が『に』じゃなくて『にー』なのも、何だか間抜けだね。
「どうしてこうなってるの?」
「理由は単純。耳で聴いたときに、分かり易くするためよ。例えば、『しちしち』って言うのは、『いちいち』と紛らわしいし、『にに』って短く言うのは、聞き逃すおそれがあるでしょ。それを防止するために、わざと特殊な読み方をしてるの」
へえ、合理的にできてるんだね。
「最初は難しいかもしれないけど、慣れれば簡単だから」
「ちょっと時間をちょうだい。全部ノートに書くから」
歩美ちゃんは黙ったまま。これは、オッケーってことかな?
私は手帳を取り出して、全ての組み合わせを書いていく。
九九と同じで、81通りだね。
1一 いちいち 2一 にーいち 3一 さんいち
1二 いちにー 2二 にーにー 3二 さんにー
1三 いちさん 2三 にーさん 3三 さんさん
1四 いちよん 2四 にーよん 3四 さんよん
1五 いちごー 2五 にーごー 3五 さんごー
1六 いちろく 2六 にーろく 3六 さんろく
1七 いちなな 2七 にーなな 3七 さんなな
1八 いちはち 2八 にーはち 3八 さんはち
1九 いちきゅう 2九 にーきゅう 3九 さんきゅう
4一 よんいち 5一 ごーいち 6一 ろくいち
4二 よんにー 5二 ごーにー 6二 ろくにー
4三 よんさん 5三 ごーさん 6三 ろくさん
4四 よんよん 5四 ごーよん 6四 ろくよん
4五 よんごー 5五 ごーごー 6五 ろくごー
4六 よんろく 5六 ごーろく 6六 ろくろく
4七 よんなな 5七 ごーなな 6七 ろくなな
4八 よんはち 5八 ごーはち 6八 ろくはち
4九 よんきゅう 5九 ごーきゅう 6九 ろくきゅう
7一 なないち 8一 はちいち 9一 きゅういち
7二 ななにー 8二 はちにー 9二 きゅうにー
7三 ななさん 8三 はちさん 9三 きゅうさん
7四 ななよん 8四 はちよん 9四 きゅうよん
7五 ななごー 8五 はちごー 9五 きゅうごー
7六 ななろく 8六 はちろく 9六 きゅうろく
7七 なななな 8七 はちなな 9七 きゅうなな
7八 ななはち 8八 はちはち 9八 きゅうはち
7九 ななきゅう 8九 はちきゅう 9九 きゅうきゅう
でーきたッ! これは大事に取っておこうね。
「全部書けたよッ!」
私が手帳から顔を上げると、歩美ちゃんはまたうつらうつらしていた。
「眠いの?」
「徹夜でネット将棋してたから……」
へえ、ネットでも将棋が指せるんだ。インターネットで対戦するのかな?
でも、徹夜は良くないよ。
「どうする? 眠いなら、他の人に質問するよ?」
「うーん、じゃあ、最後に問題だけ出すわ」
そう言って歩美ちゃんは、盤の上を5ヶ所指し示した。
「それぞれの呼び方を言ってちょうだい」
オッケー、順番に言うよ。
「さんなな、きゅうはち、いちにー、ろくごー、ななきゅう、だよ」
「正解」
そう言うと、歩美ちゃんは目を閉じた。
おやすみー。
さてと、そろそろ八千代ちゃんに……。
「木原さん」
うわッ! びっくりした。
いきなり後ろから声をかけるのは反則だよ。
私が振り返ると、盤を持った八千代ちゃんが立っていた。
できたのかな?
「検討してみた結果、捕まるかもしれないという結論に達しました」
八千代ちゃんはそう言って、盤を私の前に置く。
「まず、8筋二段目に銀を打つのは悪手で……」
「あ、ちょっと待って」
私は、八千代ちゃんを制する。
「何ですか?」
「えっとね、マス目の呼び方を教えてもらったから、それで呼んでいいよ」
私がそう言うと、八千代ちゃんはホッとしたような顔をする。
「そちらの方が、私としても助かります。では……」
八千代ちゃんはひと呼吸置くと、先を続けた。
「まず8二銀打として……」
「ちょ、ちょっと待って」
2度目の制止。
「何ですか?」
「うちって何?」
私が尋ねると、八千代ちゃんは8二の地点に銀を打ち込む。
あ、駒を打つってことか。
「ひとつ前の局面を見てください。その段階では、8一の銀が8二に移動するパターンと、駒台の銀を8二に打つパターンの、2通りがあります。このような場合、後者を『打』と表記し、前者の無印と区別するんです」
《8二銀》
《8二銀打》
へえ、単に移動する場合は、無印なんだね。覚えたよ。
「オッケー、続けてちょ」
「まず、8二銀打は悪手です。それには5五角として……」
「ちょっと待って」
私は再度、八千代ちゃんに待ったをかける。
「何ですか?」
「5五角じゃなくて、5五角打じゃないの?」
「『打』を表記するのは、『同じ種類の駒を単に移動するパターンと打つパターンの、両方がある場合』に限られます。5五角と打った局面では、他に5五へ移動する角がないので、単に5五角と呼び、5五角打と呼ぶ必要はありません」
省エネなんだね。了解。
「いいよ、続けて」
八千代ちゃんは眼鏡を直し、それから先を続けた。
「7一角ならば8二成桂、同銀とし……」
「ちょっと待って」
四度目の待ったに、八千代ちゃんは少しイラッとしたような顔をした。
怒ると皺が増えるよ。
「何ですか?」
「どうぎんって何?」
八千代ちゃんは盤に向かう。
「これは8二桂成ですね?」
うん、そうだね。
これは8二に桂馬を成ってるから、8二桂成だよ。
「そしてこれは、8二銀ですね?」
うんうん。これは8二に銀を移動してるから、8二銀だよ。
「さて、さきほどの桂成りと銀は、同じ8二に移動してますね?」
「うん、それも分かるよ」
「これがヒントです。つまり、『同じマスが2連続登場するときは、繰り返さずに、2回目以降を【同】と表記するのです』」
……あ、なるほどね。
8二桂成、8二銀と2回言うのが面倒だから、同銀とするわけだね。
「2回目以降ってことは、3回とか4回連続でもそうなの?」
「はい、例えば……」
八千代ちゃんは、別の盤に別の局面を作る。
「この場合は、5五香、同歩、同銀、同金、同飛です」
「どうひっていうのは?」
「同飛車の略です。飛車は普通、『飛』と省略します。桂馬は『桂』、香車は『香』です」
ほんと省略が多いね。将棋の世界は、エコブームなのかな?
さすがに、これで全部だといいけど……。
「ありがと、続きをお願い」
「はい……では本題へ戻ります……」
八千代ちゃんは最初の盤へと向き直る。
「この8二銀打が悪手なのは、5五角の切り返しがあるからです。そこで8四銀は、9一角成と王様を取られて、ゲームセット。また、受けずに5六角などとすると、8二角成、同銀に7二銀が好手で、逃れられません」
うーん、説明が早いね。順番に追いかけるよ。
8二銀打、5五角、5六角、8二角成、同銀、7二銀……。
こうだね。
「はい、その局面です。これは次に、8一金の一手詰めですから、受けなくてはなりません。しかし、適当な受けがないのです。8一角なら、同銀成、同玉、7二角、7一玉、6一金までです」
ふむふむ、だんだん分かってきたよ。
確かに、これは王様が絶対に捕まっちゃうね。
「5六角に代えて、7一角の受けを見てみましょう」
私は言われた通り、盤面を戻す。そして、7一に角を打った。
これは、見るからに堅そうだね。
「木原さんなら、どうしますか?」
「うんとね……やっぱり8二角成じゃないかな?」
「同銀か同角ですね。同銀の場合は?」
「そこで7二銀と打てば……」
「正解です。8一角と受けても、同銀成、同玉、7二角、9一玉、8一金までです」
やったね。勘が当たってたよ。
「問題は、同角の場合だね」
私は局面を戻して、同銀の代わりに同角とした。
「いかがでしょうか?」
……分かんないや。私には難し過ぎるかも。
「とりあえず、同成桂とすると?」
私は角を取って、王様に突撃した。
八千代ちゃんは、こめかみを二本指でさする。
「同玉は捕まると思います」
「え? ほんとに?」
私は王様で成桂を取った。逃げ場所が広過ぎる気がするけど……。
私が困惑する中、八千代ちゃんは8四に銀を置く。
……あれ? これって、どっかで見たような……。
「あ、これ、桂先生と検討した局面に似てる」
「……桂先生と検討?」
あちゃ、口が滑ったよ。
「何でもないよ。えっと、これは次に、7三角から詰むんだよね?」
「その通りです」
うん、ちゃんと覚えてるよ。あのときは……7二銀って受けたかな?
7二に銀を……ん? 銀がないよ。桂馬と角だけ。
「7二角は……ダメだよね?」
「それは7三角、7一玉、6二金までです」
だね。7二桂馬も一緒だし……。
「7一玉と逃げるよ」
「6三角とします」
ん? この角は、意味が分からないよ。
何を狙ってるのかな?
「7二銀と受けるよ」
同角成、同玉、7三金打は、6一玉、6二銀、5二玉で逃げ切れるよね。
銀はサイドがスカスカの法則だよ。
「7三銀成とします」
あれ? 角を逃げずに、銀を突っ込んで……。
「あ、そっか、同銀なら7二金で詰むね」
「はい。6三銀と角の方を取っても、6二金、8一玉、6三金です」
これは終わってるね。
7一角は7二金、9一玉、8二銀、同角、同金まで。
9一角は7二金の一手詰み。6一角も8二銀の一手詰み。
9三角は7一角の場合と一緒。
9三歩は7二金、9二玉、8二金まで。
桂馬打ちは、どこも意味なし。
持ち駒が角と桂馬だから、全然受からないよ。
「じゃあ、7二銀としないで、別の受け方をするよ……6二角はどう?」
5二金なら、8四角と銀を取るよ。
私だって、ちゃーんと考えてるんだから。
「それは、8一角成と対処します」
「え? 角を切っちゃうの?」
「はい、同玉に8三銀成です」
うわ……これも終わってるね……。
8二金と7二金の詰みが、同時に受からないよ。
1九角も、7二金、9一玉、8二銀、同角成、同金で詰んじゃうね。
「と、取らないで、6一に王様を逃げるよ……」
「その場合は、6三馬と引きます。8四角なら、5二銀、7一玉、7二金までです」
うわーん、また詰んじゃった。
でも、まだ諦めないよ。
「6二角じゃなくて、7二角なら?」
「それも7三銀成です。6二桂なら、5二金とへばりつきます」
「どこにも角を打たないで、単に6一玉と逃げると?」
「5二金、7一玉と追い返し、それから7三銀成と縛ります」
「6三角のあと、王様を逃げずに1九角ッ!」
「一番厄介ですが……7三金と打ちます」
「6一玉と逃げるなら、4一角成と左右挟撃にします。次に6三金と寄れれば必勝ですので、王様側は7三角成ですが、同銀成で挟撃が続き、6二金の受けには、6三馬が鬼手。同金は、同成銀、5一角、5三角、6二桂、7三金で受けがなくなりますし、先に7三金と銀の方を取った場合、すぐには取り返さずに、4三角と打ち、7一玉、7三馬とすれば、これまた受けなしになります」
ちょ、ちょっと待って。混乱してきたよ。
さすがに盤を使って確認しようね。
まずは、6一玉と逃げて……。
4一角成、と。
なるほどね、これは左右挟撃だね。
7三角成、同銀成、6二金、6三馬。
この6三馬は、びっくりだね。自分から取られに行ってるよ。
同金なら同成銀で、持ち駒に角と桂馬しかないから受からないね。
7三金とすると、4三角、7一玉、7三馬で、王様を追い詰められる。
何だか手品みたいだよ。
「どっちの駒も取らない場合は?」
「その場合は、王様を逃げるしかありません。5一玉なら、3三角、4二桂、6二成銀までですし、7一玉は6二馬の一手詰みです」
「じゃあ、6三金と馬を取って、同成銀に7一玉と逃げるのは?」
「その場合は、7三金と打って、逃げ道を封鎖します。5一角なら、5三角、6二桂、同角成、同角、同成銀で詰みです。と言っても、他に受けはありません」
オッケー、これは降参だね。
だから、えーと……6一玉って逃げたのが間違いだね。
素直に、7三の金を取るよ。
「ここから検討し直すよ」
私は袖をまくって、金を持ち駒に加えた。
「当然、同銀成としますね」
そうだね。まずは駒を取り返すよね。
でもでも、今回は持ち駒が角と桂馬じゃなくて、角と金だよ。
これまでの感覚からして、金は角よりもずっと受けに役立ちそう。
打つ場所は……7二、6一、6二かな? 順番に検討するよ。
「7二金は、同角成、同銀、6二金で、ダメだよね?」
「そうですね、7二金は受けになっていません。同様に6一金は、8一角成、同玉、8二銀で即詰みです。ですから……」
「6二金かな?」
私は金を持ち上げて、6二に打ち付けた。
うーん、これはナイスじゃない?
同成銀なら、同玉で一気に逃げ道が広がるよ。
八千代ちゃんは眉間に皺を寄せて、眼鏡のフレームを上げた。
「これに一番悩んだのですが……おそらく、5一角で捕まります」
え? 5一角?
「……こう?」
な、なんか凄いことになってるね……パニックだよ……。
「6三金で、角を取ると?」
「同成銀とします。これで木原さんの持ち駒は、角と桂馬になりました」
私はそう指して、駒台を見る。
……ほんとだ。角と桂馬だけになってるね。これはもう受からないよ。
「じゃあ、成銀の方を取るよ。7三金だよ」
「それは同角成とします」
「……これもダメっぽいね」
「はい、次に6二金で詰みですから、何か受けなければなりませんが、6一銀なら、8一角成、同玉、8二銀までです」
なるほどねえ。これまで読んだのは、全部捕まっちゃうみたいだね。
「じゃあ、他に逃れる方法はないの?」
「最初に立ち返ってみましょう。8二銀打が受からないことは分かりましたから、5五角と打たれないように、先に1九角と打っておきます」
ふむふむ、さっきのは、5五の角が五月蝿かったからね。
「それで?」
「こちらは6三角と打ちます」
これは……。
「放置すると、8一角成、同玉、7二銀、9一玉、8一金で詰んじゃうね」
「しかし、適当な受けがありますか?」
適当な受け……適当な受け……。
「7二銀打だと?」
「同成桂、同銀、同角成で、終わっています」
……終わってるかな? 桂馬の受けは意味なさそうだけど……。
「8二角成だと?」
「それは7三銀と打ちます。同馬なら、同馬が王手。8二銀、7二銀までです」
うわ、ほんとだ。終わってるね。
「成銀じゃなくて、馬の方を取ると?」
「それは同成銀としたとき、持ち駒に角と桂馬しかないので受けが効きません」
……だね。8二角は8一金、8一角は8二金、9三歩も8二金。
全部詰みだよ。
「よし、発想を変えるよ。7二に銀を打たないで、8二角成ッ!」
「同成桂、同玉に8四金と打ちます」
「8三銀は7三角で意味ないから……7三銀?」
「8一角成と切って、同玉に7三金と入ります」
……ああ、これもダメだね……また持ち駒に、角と桂馬しかないよ。
角と桂馬だけになると、ほんと受けが効かなくなるね。
「7三銀じゃなくて、7二銀打だと?」
「それは……6四角、7三桂、同角成、同銀、8一角成、同玉、7三金とします」
うわ……今度は角2枚……これも受からないね。
「6四角に、7一玉と逃げるのは?」
「その場合は……5二角成はどうでしょうか?」
「これで、もうお手上げかと思いますが」
……そうっぽいね。私は持ち駒がないや。
動かすなら8二銀くらいだけど、5三角成で終了だよ。
「というわけで、桂先生の8三銀成が、かなりいい手のようですね」
「うん……そうだね……」
って、私が考えたんじゃないこと、バレてるや。
まあ、人の手柄を自分のものにするのは、良くないよね。反省。
「私自身、ばらばらにして捕まらないと思っていました。新しい知見です。とりあえずは、『持ち駒を使うと、攻め方にも守り方にも、バリエーションができる』こと、『王様は簡単には捕まらない』こと、そして『将棋の符号を使うと、簡単に会話ができること』を押さえてもらえれば、十分です」
そうだね。王様を捕まえるって、本当に難しいね。
「今日の宿題は?」
私が尋ねると、八千代ちゃんは眼鏡を直した。
「今日はなしにしましょう。お疲れさまでした」
【今日の宿題】
いきなり符号が飛び出したので、今回は読むのが難しかったかと思います。もう一度符号の部分に目を通して、駒の動きを追ってみてください。
「どうしても宿題がやりたい!」という方は、下図を考えてみてください^^
木原さんたちが検討しなかった局面です。
但し、検討編は次回には載せませんので、ご了承ください。
攻防の練習は、今回でおしまいです。
《将棋用語講座》
○マス目の呼び方(1一、1二etc...)
将棋を始めたばかりの人が本を読むときに、最初にぶつかるであろう壁。しかし、覚えればこれほど便利なものもない。横を算用数字、縦を漢数字で表し、グラフの座標を定めるように表記する。読むときの特徴として、聴き間違いがないように、「いちにー」などと伸ばすことになっている(「いちに」と短く言わない)。この点は、ひたすら言い易さと速度を追及した九九と対照的。算用数字を用いた部分は、開国後の発案であり、坂田三吉という棋士が「英語で書くな! 俺が読めないだろ!」と怒ったのは、有名なエピソード。




