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幽霊編02

この話では主人公の外見に関するコンプレックスが長々と語られますが、すべてフィクションですのでご容赦ください。

 いきなりこんなことを言うのはどうかと思うけど、これが夢でないとするなら、どうも私は「幽霊になっている」らしい。


 勘違いしないでほしい。

 私は至って冷静だ。

 そして、冒頭の発言は至って真面目に、真剣に言っている。


 なにしろ体が風景に透けるというシースルー仕様になっているのだから、これはもう安直に考えれば誰だって自分が死んで幽霊になったとでもしか考えられないだろう。自身の身体は目につく部分……、それは手の平から、愛用している着回しできるシンプルな黒のスーツまでもを通常の50%は透過してしまっている。いや、この透け具合は70%か。とにかく、黒のスーツが灰色に見えるくらいの透過具合だ。最近の映画やドラマによくある特殊効果が使われているみたいだ。全く嬉しくないが。ああ、空にかざした手が気持ちいいほど青く染まる……。


 しかし、幽霊と言えば暗い場所か、辺りが闇に包まれる夜にしか存在できないという鬱々としたイメージを抱いていたのだが、見上げた先の空には太陽がバリバリ存在感を主張している。つまり、現在は少なくとも夜じゃない。

 腕時計で時間を確認しようと思ったのだが、針が四時半でぴたりと止まっていた。これはあれか?私が幽霊化した時刻を表しているのか?太陽の高度から簡単に推測するなら、今は午後二時ってところだろうか。なんにせよ私のイメージからすると、幽霊が大手を振って活動する時間帯ではない。


 やはりこれは私の荒唐無稽な夢の中なのではないか。そうした猜疑心がむくむくと私の内側で育っていく。

 大体、幽霊というものは現世になんらかの相当な未練、あるいは執着があるのではないか。

 その点、私はと言えば、特に執着できるような未練の対象は今のところ思い浮かばない。

 まあ、自分が死んだ時の記憶がハッキリしないから、もしかすると私の死因に何らかの未練が存在するのかもしれない。だが、そりゃあ私だって死にたくないが、かといって生に執着するかといえばそうでもないのだ。そこまで今の人生に生きがいを感じていない。


 そう、特に未練はない、ハズだ。

 でもこうやって死んだアトなのに中途半端に思考する時間があると、こう思わないでもない。

「結局私の人生って何だったんだろう」って。

 なんだか、ただ流されるままに生きてきたような気がしてくる。

 私の人生において衝撃的だったことと言えば、自身のあずかり知らぬところでゴツく成長したこの顎くらいで、あとは至って平坦なものだったと思う。


 今思えば、私は自分的には良かれと思って行動した結果ゴツくなってしまったこの顎をコンプレックスだと思いたくなくて、綺麗だとか可愛いだとかいう話題から自らを遠ざけていたのだろう。

 多分、小さい頃は人から可愛いと言われることが好きだった。

 でも、想像し得なかった顎の進化により私は可愛くなくなったのだと、そして、これからも整形しない限り可愛くはなれないのだと敏感に悟って、容姿に関するほとんどすべての努力を私は怠った。


 あの時。

 男女と言われた時。

 私は心の奥底にある柔らかい所で実は傷ついていて。

 綺麗になるための努力を怠ったことでこれ以上傷つけられることがあっても、自分のみそっかすみたいな矜持を守るために、それへの努力を自らの意志で遠ざけた。逃げたといってもいい。それは自分なりの処世術だったに違いない。


 だって。

 たとえば、精一杯に化粧を施して、流行のファッションに身を包んだとしても、この顎のおかげですべてが滑稽に変化してしまう。そして周囲の人間にニヤニヤと陰であざ笑われるだろうことがしごくたやすく想像できたからだ。

 幸い、色恋沙汰には昼ドラを見て以降一向に興味を持てなかったから、意中の男子に告白してなじられた(特に顎について念入りに)なんてエピソードは生まれなかったが。そうなっていたらきっとトラウマもんで、こんなに顎に対して楽観的ではいられなかっただろう。



 ***



 これは私がまだ真面目だった小学生の頃。

 当時の先生の教え「食事の際に一口三十回必ず噛むこと」を忠実に守り続けた私が得たのは、男ばりに角ばった、強靭で、ゴツゴツした顎のフォルムだった。


 今の若者はよく噛むことをしないから男性であっても女性のように細い顎なんだと先生はおっしゃった。そして、それはよくない傾向なのだと、小さく華奢な顎のその女教師は確かにそう、眉をひそめて言ったのだ。

 でもそれは裏がえしてみれば、(もうみなさんもご存知のように!)噛めば噛むほど顎が太くがっちりと成長するということだった。

 私は、よく噛んで食べることは良いことだと言った細い顎の持ち主の先生の言葉をとても素直に信じ込んだ。ほとんどの同級生たちが面倒臭くなって投げ出す「一口三十回」を、私だけはひたすら守った。愚直なほどに。先生に「美咲ちゃんはよく噛んでるね。えらいえらい」と褒められてからは、なおさら守らなくてはいけないと躍起になった。


 噛むことは決して悪しきことではない。噛むことは良いことだ。


 しかし、私の顎は私の意図しないところで着々と進化を遂げ、中学に入った頃にはもうすでに私の顎の骨格は強固なものとなっていた。

 異性を意識し始める頃になると、大概の人は外見の向上に腐心するようになる。

 そんな中で美人と称されもてはやされるのは大体のところ細い顎の持ち主たちであった。

 そして私はその頃よく男女と呼ばれた。

 その時私ははっきりと悟ったのだ。女は化粧で変わるとは言うけれど、鼻の形や目の大きさ、まして顎のラインなんてものは化粧の魔法をもってしても整形でもしない限り取り繕いようがなく、そしてゴツい顎を有する私は男女なのだ。それは中学にしてすでに変えようのない普遍的な事実であった。


 私は一気におしゃれというものに心血を注ぐ気が失せた。

 もともと好きでも得意でもなかったのに加えて、する意味がないと自覚した時にはどうなるかなんて、考えなくてもわかる。いわゆる女を捨てた者に進化したのだ。

 おしゃれなんてものは所詮まやかし。

 努力する意味もない。

 努力してそれが相応に反映されるのならそりゃあ私だって少なからずは女だし、羞恥心も持ち合わせているからおしゃれに精を出していただろう。でも、一度勇気を出して母の化粧品の口紅を塗りつけた自分の顔が、無理して女装している男の顔に見えてしまった時から完全に諦めた。


 最低限清潔に見られる程度に身綺麗にしていればいい。

 別に「かわいい」、なんて思われなくてもそれでよかった――。

 


 

よく噛む→顎がゴツくなる、なんて単純なわけではないのでしょうが、フィクションですので誇張表現なのは大目に見て下さると助かります。

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