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そのときの風景  作者: 水砲


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1/1

第1話 スマホの先の風景

1話完結の不定期掲載です


やっと水曜日の仕事終わり。

ヘロヘロになって部屋に辿りつく。随分遅くなってしまった。


だが今日はまだ終わらない。終わらせてなるものか。

恒例にしているスマホチェックの時間を始まるのだから。


月曜火曜水曜と社畜の日々を送って週がターンする瞬間だと思っている。

木曜金曜とまだまだ続く生活のほんのひと時の『お楽しみタイム』だ。


Web小説で掲載を始めたのは1年も前のこと。何事も経験。

日々の繰り返しに石を投げて波を立てたかった、そんな気持ちからだ。


当初に掲載していたのは何年も前に下書きしてあったもの。

仕事の隙間時間で出来るのはせいぜい『下書きを清書する作業』くらいのものだった。

たまに週末チビリとやりながら先を書き足そうとするけども進む気配はなし。


月曜日は朝から会議があるから頭がそっちに引っ張られる。

業績が、企画が、うまくいってる次の週はいい。お小言がチョッピリですむから神妙な顔でやり過ごせばいい。

だが自分が『やり玉にあがってしまう』週はそうはいかない最悪だ。

誰かがスケープゴートにならなければ会議は進まないし、数字を見れば今回は誰の番か始まる前にわかっている。

ただの業績の谷間なら、改善の見込みがあるのなら、せめて改善案にちょっぴりでも手がついているなら。嵐の被害は少なくて済む。

何も言えない最悪な状況に陥ると進行側だって振り上げた手を降ろせない。終わりが無くなる。



小説を書いたからバラ色の未来が待ってる、転職できる。有名になるお金に余裕ができる。もちろんそんなハズがない。

なったら喜んで享受させてもらうけど、そんな甘い希望は頭の隅の手提げ金庫にしまってある。

宝くじと一緒だ。夢をみせてくれて、ほんの一瞬でも現実から逃避させてくれる心の安寧ってやつ。おかげで今日も働けているのだからそれでいいだろう。


さて、宝くじの当選発表に平気な顔しているくせして心中はワクワクする、ような。

そんな瞬間をお金を出さなくても味わえるわずかなお楽しみ時間の始まりだ。

物語を書いて掲載した人だけが得られるささやかな特権。

Web小説って分野は『知っていたけど遠い存在』だったはずだ、アレは『今どきの若いヤツラ』がやるものだと思っていた。でも手間はかかるけど、自宅で、会社の昼休みに、スマホ1台あればいつだってできる簡単なものだ。


恥ずかしくて誰にも教えずに始めた物語は、少しづつ読んでくれる人がついてくれた。

XにインスタにLINE。何もやってないからアピールなんてどうすればいいかわからない、それなのに見つけてくれる人がいる。どうやって見つけてくれたのかサッパリわからないけど、まるで世の中の縮図みたいに感じる。

死に物狂いに全力で仕事を続けて、誰にも気づかれず時間ばかりが過ぎてると思っていても。手を抜かずに必死にやっていれば何年も経つ頃にポンと声をかけられたりする。自分だって忘れていたコトを懐かしく褒められたりすることだってある。


スマホの画面では自分の作品がWeb上で何回開かれたか、何人が見てくれたか日別に教えてくれるし、評価をつけてくれる人もいる。ごく稀には感想を書いてくれる人だっている。

目立つ作品ではないしエンタメ感も薄い。少しだけ慣れてきた文章だって『この程度』だというのに、

それでも予想外に多くの人が閲覧してくれてニンマリしたり、渾身の話の数字が全く振るわなくてションボリしたり。

そんな悲喜こもごもを全部含めて、この瞬間だけが週中に自分へ戻れる時間だ。


掲載している物語はまだ中盤を過ぎたあたり。

まだまだ先は長いのに書き溜めた『在庫』はもう残り少ない。最近はストーリーの修整に必要な最低限のバッファだけを残して自転車操業だ。書いても書いても余裕が無くなるのはどうしたものかしら。

更新頻度を下げているのは『せっかく見にきてくれてる』誰かに申し訳ない。とくに最近は次に盛り上がるための布石をバラまいてるところだからお楽しみはまだ先だ。

しばらくは読んでくださってる方の閲覧回数が下がるのは仕方ない我慢の時期。なんとか『飽きたからもうイイヤ』なんて思われないよう粘る時期がきてる。そのハズなんだ。



「なんじゃこりゃーっ!」


昔ドラマで殉職した刑事のセリフが頭で木霊した。

本当に声をだせば安普請のアパートでは近所迷惑だから脳内の話。

とにかくビックリした。


スマホを見ると前回の更新日は数字がすごいことになってる。

いつもの15倍も人が見てる。もちろん最高の数字だ。

翌日も10倍近い数字が記録されている。掲載を始めてから『もっとも多くのヒトが見てくれた』『その次に多くのヒトが見てくれた』知らない間にワンツーフィニッシュが決まってるのだから驚きは通り越した。


いよいよ作品に火がついたのか!?


そんな歓喜に踊り狂うほど若くない。

せめて『渾身の盛り上がる回』掲載ならばわずかでも希望を持ったかもしれない。だけれどもそんなハズなし、そんなこと1年もやっていればわかる。疑いから入る年の功。


手癖でツラツラ操作したスマホをもう一度チェックしていく。原因は?


年の功が正解。


作品に『完結済』と書いてある。


なにそれ


ちょっと待て?

完結なんてまーーーったくしてないぞ!?


『やっちまった』感で頭が埋め尽くされて、ボルテージを振り切った叫びに脳みそが沸騰する。


その瞬間の景色。



バツンッ


激しく画面が切り替わった音がした。これもきっと頭の中でのコトだ。


真っ白な世界を抜けるとソコには暑い夏の日の風景が広がる。

街中だ、道路から陽炎が立ち昇る。

田舎のメインストリートは車ばかりで暑い最中歩いている人は少ない。

コウモリ傘を日傘代わりにさしたおばちゃんが、手提げ袋いっぱいに野菜をもってフウフウ言いながら歩いていくのが見える。


四つ角まできた。

進む歩行者信号は赤。

足を止めて、暑い日差しを見上げるとそこで景色がすり替わった。


立ち止まった俺の前には遥か高みから見た雄大な景色が広がっている。

さっきまでカンカンに道路を熱していたお店頭様が遠くの山脈に沈んでいく。一面が橙色に染まる夕焼け空。

先ほどまでの街中のゴチャゴチャと違って随分と高所だ。まるで高層ビルの屋上のへさきからみるような広大な風景が眼前にあった。


『大自然に包まれた広大な景色』だと感動するのが当たり前の感性にちがいない。

俺もそうであったらよかったのに。


フリーズしかかった体でゆっくりと足元を見ると、足元は高飛び込み競技の踏み込み台みたい。細い板が宙に伸びていてその先っちょに自分がいる。


ぎ・ぎ・ぎと首が音を立てるほどぎこちなく振り返ると、長い踏み台の根元まで地面から鉄骨をくみ上げてある。とび職人なら昇ってくるのかもしれないけど自分には3メートルだってムリだ。

なぜか地上数百メートルの鉄塔から伸びた板の上で、吹きっさらしで足元がバインバインと揺れてる今の俺。


子どものころから高いところは苦手だ。

ジェットコースターのようなスピードがあるものだけじゃない、観覧車だってそうだし、なんなら組体操の上の方だって辛かった。

その頃は周りに気付かれないよう目をつぶり歯をくいしばって耐えていたのだけれど、この10年は全くダメになっている。

社畜生活で心を壊されないよう厚い防御壁が出来上がったと思っていたのだけれど。実際にはその裏側で、壁のない方から素の自分は何度もハンマーでぶっ叩かれていたわけだ。

陸橋を渡るのもムリで目をつぶって誰かに手を引いてもらうしかない。それでも下の道路にトラックが走ると古い陸橋はグワングワンと揺れて、もう立っていられなくてうずくまってしまう。キレてしまってる。


足元が床でも道路でも。ここが高い場所だと心が思ってしまうともう『抜けて』落ちる強迫観念から逃げられない。体は言うことを聞かなくて、ガチガチに硬直した体で必死にしゃがみ込むことしかできない。


そんな自分がしゃがみ込むことだって出来ない超高所で風に揺られている。

鉄塔には人影一つないし命綱なんてつながっていない。

落ちることしかできない。


死ぬ恐怖ではなくて『落ちる』ことが怖くて怖くて仕方ない。落ちた先のことまで考えられない。

体中の筋肉は固まって貼りついて叫び声ひとつあげることだってできない。


いい年の男が『誰か助けて』頭で必死に念じても声を上げることすらできない。

面の皮一枚動かない、動けない。



優しい風がヒュルリと体を吹き抜けた、その瞬間




フィクションです

最後は書き抜けではありません


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