14 再会のメロディー
「はぁー、。、」
作業に手がつかない。
任務の報告書だったり、活動計画、収支など任務がない日は事務作業に追われてばかり、
ネコの手ならぬ、マナの手も借りたいぐらい。
人には得意不得意があるので責めたりしないが、マナには事務作業は合わない。むしろ仕事が増えてしまうので今はここにいない。
でも人手不足なGIAでは辛いことだ。
一度休憩するために学長室を出る。
廊下は閑散としていた。
今日は職員会議という名目でGIAの特別定例会議が行われているため午前中で授業が終わった。
残っている生徒なんてほとんどいない。
何か飲み物を買いに音楽室を通りかかろうとした際にピアノの音色が聞こえてきた。
音楽室の中には卒業生が寄付したというグランドピアノが一つあったはず…
聞こえてくるメロディーには悲しみや別れと言った感情が流れてくる。
それはそこでピアノを弾いていた彼女自身を表しているのかもしれない。
彼女の黒髪が開いていた窓から入ってくる風で靡いている。
邪魔しないように聴いていたのだが、曲が終わりかけたときに誤って持っていたスマホを落としてしまった。
「誰?」彼女は振り向いたとたん、俺の顔見るなり顔を背けた。
そしてサングラスとマスクを被りいつもの重装備に戻る。
いくらなんでもそこまでしなくても…
もしかして俺嫌われてるのか?
「会長、すいません。邪魔してしまったみたいで…すぐにどこか行きますね。」
俺はすぐにその場を立ち去ろうとしたが、会長に止められた。
「待って、ひ、。道久君
何か勘違いしてるみたいだけど、このサングラスとマスクはアレルギー用で、別にあなたのことを嫌っているわけでは…」
アレルギーならなぜ今つけたのか…
疑問はあったが呼び止められたということは別に嫌われてるわけでは無さそうだ。
一度踏み出した足を止めた。
「それはよかった。もしかして嫌われたりしてたらと思ったので、」
(そんなわけないじゃないのに…)会長が何かぼそっと言っていたような。
「そんなことより会長、ピアノお上手なんですね。」
「ええ、幼い時に少しやっていたので、」
練習曲作品10第3番
ホ長調
「確かショパンの曲だったような…」
昔に少しピアノをしていた時期があったのでその時の記憶を頼りに導き出した。
すると突然会長に手を握られた。
「道久君の指はピアノをしていた繊細な感じがするのですが…以前にやっておられましたか?」
「少し、仕事の方でも繊細さは必要な職なのであまり上手ではなかったですがね。」
別に嘘をつく必要はないので素直に答える
「やっぱり、!それなら二人で一曲どうです?」
会長は俺に連弾の誘いをしてきた。
昔やってたといえ、彼女がいなくなってからはピアノにさえ触れてない。
かと言って断ることもできず、流されるまま会長の隣に座った。
「私に任せてください。少しとは言わずに、補助はしますので」
会長はそう言うと、メロディーを奏で出す。
俺が本来するべきパートまでも少しやってくれていて、ピアノの腕は相当いい。
もしも、普通の生徒ならピアノのコンサートでさえいい成績をおさめられるだろうに…。
でも会長のピアノには、どこか心の底で引っかかる。
悲しみ、不安、憎しみ、
この曲にそぐわない雑念。
本人は表に出してはいない。でもピアノは自らを曝け出す。
会長は急に弾くのをやめた。
「会長?」
「道久君、言葉で言わないで。何か思うところはない?私を見て…」
急にサングラス越しに目を凝視してきた。
何か…と言われても。アレしかない…言っても良いのかずっと迷っていたけど流石にずっと黙っているのも悪い気がして。本人には言わないでと言われたけど、これだけは礼儀として伝えるべきだと思う。
「黙っても伝わらないと意味ないんで言いますね。
会長、ありがとうございました。」
「ふへ?」
あれあ私なんか感謝されることしたっけ?
もしかして、私のこと思い出してくれた。、?
まぁ、ここまで接近しているのに、もっと早く思い出してくれないなんて、普通は有り得ないんですけどね。
いくら死んだからって、あんなにずっと側にいた女の子を忘れるなんて…ありえ…
「会長がフランスで助けていただいたこと、とても感謝してます。剣の腕前には感服しました。」
もう我慢できるかわからない。
わかってた、道久が思い出していないことなんて。
でも流石にもう良くない…私から言えるのなら今すぐ言いたい。
でもあくまで思い出してもらわないといけない。
私は一生これから先、ひさくんとは千夏として話せないのかな…
もういっそ、一生私は会長としていようか、その方がお互いのためにも、いいのかもしれない。そう思うと私は彼に言ってしまった。
「わかった、その感謝はもう受け取ったから。それだけならもう行って、」
会長の雑念がさらに増したような気がする。
「俺、何かしましたか。それなら力になりますけど…」
「もう、いいから私に話しかけないで、」
何か助けてあげたいと思ったが会長から返ってきた言葉は辛辣だった。
俺はその場を去るしかなかった…
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彼はいなくなり、一人残された音楽室
こんなこと望んでないのに。でも今はこれが最善なのかもしれない。
一人で途方に暮れてると、そこに凛さんが来た。
「凛さん、会議終わったんだ。
こっちも終わったから。もういいよ、」
「千夏、事情はわかってる。全て聞いていたからな。
でも彼は仕方ないのかもしれない。」
凛さんは書類を出して私に差し出してきた。
それは彼の脳検査の結果だった。
20X X年7月26日
ちょうど私が死んだあの日の一週間後
そこには彼の記憶障害が記されていた。
「このことはあのクソ兄貴だけが知っていた情報だ。もちろん彼は知らない。
ここに書かれている、記憶の著しい低下はある情報にかぎっている。
それはお前だ。」
私、?
「彼はお前を失ったことに対する後ろめたさやショックがあったのだろう。
完全に忘れているわけではない。
千夏との思い出、
死んだときの状況
その時の憎しみ
それらは覚えているか可能性が高いがお前の雰囲気、容姿、声は彼の記憶にはない。」
そうだとすると、仮にサングラスやマスクです隠していなくても彼には思い出すことができない。
それはわたしにとってあまりにも苦しい現実だった。
「でも、完全に忘れているわけではないと見ていいだろう。
仮に何かのことで思い出す可能性は高い。失った情報はごく限られた一部のものだから、思い出すのはそう難しくないはずだ。」
それなら、
「凛さん。私、花火行きたい」