第9話「仮面の影」
森の中は、昼なお暗い。
木々が密集し、道を覆う枝葉がわずかな光を
細く裂いて落とす。
カムイたちはベネットの荷馬車を守りながら、慎重に道を進んでいた。
「……足音が多すぎる」
リアンが低く告げる。
カムイも剣の柄に手を添えた。背筋に嫌な冷たさが走る。
その瞬間、左右の茂みから黒い影が躍り出た。
粗野な皮鎧をまとい、胸に赤狼の紋章――赤狼団の盗賊たちだ。
だが、その中心にひときわ異質な存在が立っていた。
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黒い外套を纏い、顔を覆うのは無表情な銀仮面。
瞳だけが深い闇を湛え、獲物を見透かすように光っている。
その男はゆっくりと前に歩み出ると、低く響く声を放った。
「……護衛か。面白い」
「お前が頭か?」リアンが剣を構える。
仮面の男は、首をわずかに傾けた。
「名を知る必要はない。だが……“ザイド”と呼ばれることはある」
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盗賊たちが一斉に襲いかかる。
カムイは咄嗟に前に出て、一人目の剣を受け止めた。
金属の衝撃が腕を痺れさせる。
リアンは後方から鋭い突きを放ち、二人目の腕を裂いた。
だが数が多く、守りが手一杯になる。
ベネットの荷馬車を背に、二人は必死で踏ん張った。
ザイドはその様子を見ながら、戦場の中を歩く。
刀を抜くでもなく、ただ静かに足を運び、時折盗賊たちの動きを制するように手を上げる。
まるで試験官のように――二人の力量を計っているかのようだった。
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一瞬、カムイの前にザイドが現れた。
仮面越しに視線が突き刺さる。
「……悪くない反応だ」
その言葉と同時に、ザイドは片手で軽くカムイの剣を受け流し、空いた手で肩口を押し退ける。
力はそれほどではない。だが、その間合いの読みと動きの滑らかさは常人のものではなかった。
リアンが援護に入ると、ザイドは数歩退き、盗賊たちに合図を送る。
⸻
「今日はここまでだ」
ザイドの声が森に響く。
盗賊たちは迷いなく動きを止め、素早く森の奥へ消えていく。
去り際、ザイドは仮面越しにカムイとリアンを一瞥し、低く告げた。
「――その剣、磨いておけ。いずれまた……選択を迫られる時が来る」
言葉の意味を問う暇もなく、その姿は闇に溶けた。
「……くそっ」
カムイは剣を下げ、荒い息を吐いた。
足は震え、腕は重い。
リアンも膝をつき、悔しげに息を整えている。
「護りきれたが……あれじゃ、まだまだだ」
「……ああ。あの仮面の男、完全に遊ばれてた」
ベネットが震える声で礼を言う。
だが二人の胸に残ったのは、守れた安堵よりも、自分たちの未熟さを突きつけられた苦い感覚だった。
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