第8話「紅葉れる森の影」
ルーネル村を発った初日の昼過ぎ。
カムイとリアンは、村はずれの道端で荷馬車を
停めている一人の男を見つけた。
男は丸い帽子を目深にかぶり、革袋の中身を確かめながら、独り言のようにため息をついている。
リアンが声をかけた。
「こんにちは。王都まで行くんですか?」
男は顔を上げ、二人を一瞥すると、にやりと口元をゆるめた。
「おう、そうだが……君らも王都か?」
「ええ。できれば一緒に行けたらなと」カムイが答える。
「俺はベネット。行商人だ。荷馬車は一台きりだが、歩きなら同行しても構わん。道中、護衛代わりになってくれるなら、なお助かる」
ベネットはそう言って手を差し出した。
リアンが笑顔でその手を握る。
「護衛ならお任せください!」
カムイも軽く頷き、握手を交わす。
「よろしくお願いします」
こうして、三人の旅は始まった。
⸻
二日目の夕刻。
荷馬車のきしむ音と、馬の蹄が土を踏む音だけが、紅葉に包まれた森の中に響いていた。
ベネットは御者台に座り、木々の間を鋭い目で見回している。
「王都まではあと三日ってところだが……この森を抜けるまでは気を抜くなよ。最近、物騒でな」
リアンが首をかしげる。
「物騒って……盗賊ですか?」
「ああ。『赤狼団』って名の連中だ。群れで動き、商隊を襲う。命までは取らんが、金目の物は容赦なく奪っていく。俺も一度やられたことがあってな……」
カムイは御者台のすぐ後ろを歩きながら、腕を組んだ。
「そういう連中がうろついてるなら、護衛を雇わなかったんです?」
「雇えるなら雇ってるさ。だが今年は不作続きでな、雇う金がなかった。それに……」
ベネットはちらりと二人を振り返り、口の端を上げた。
「腕の立ちそうな若者が二人も一緒なら、護衛はいらんだろう?」
リアンは胸を張り、笑みを浮かべる。
「もちろん、任せてください!」
「……まあ、やるだけやります」カムイは苦笑で応じた。
その時――
森の奥で、カサリと葉の擦れる音がした。
ベネットの手が手綱を引き、荷馬車が止まる。
夕陽が木々の間から差し込み、影が長く伸びる。
リアンが腰の剣に手をやり、低く呟く。
「……気配がある」
「二人分だな」カムイの声も低い。
影から、一人の男が現れた。皮鎧に刃こぼれした短剣。唇に不敵な笑み。
「旅の荷馬車か……運が悪かったな」
男は短剣を抜き、一直線にカムイへ飛びかかる。
刹那、カムイは踏み込み、相手の腕を受け止めた。鋭い金属音が響き、短剣がはじかれる。
「ぐっ……!」
男がよろめいた瞬間、カムイは肩口に拳を叩き込み、男は膝をつく。
背後の茂みから別の気配が動いたが、そいつは森の奥へと消えていった。
「逃げた……もう一人いたな」リアンが悔しげに吐き捨てる。
「仲間を呼びに行ったかもしれない。急ごう」カムイは短剣を蹴り飛ばし、ベネットへ振り返った。
「お、おい……本当に助かったよ。あんたらがいなかったらどうなってたか……」
「まだ安心できません。森を抜けるまでは警戒を」
沈む夕陽が森を紅く染め、その影の奥で、何かがこちらを見ているような感覚がカムイを捉えた。
それは、旅の先に待つ試練の予兆のようだった――。
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