第7話「旅立ちの朝」
夜明け前の空はまだ薄暗く、東の地平線だけがかすかに朱色を帯びていた。ルーネル村の木造家屋は、
朝露に濡れてひっそりと息を潜めている。
その中で、一軒の家の灯りだけがほのかに揺れていた。
カムイは玄関口に立ち、背中に小さな荷を背負っていた。
「……本当に行くんだな」
低く、しかしどこか寂しげな声でアイガスが言った。
カムイは振り返らず、息を整えて頷いた。
「ああ。父さん、俺……強くなりたい。ただ戦うためじゃなくて……俺の手が届く人たちを、ちゃんと守れるようになりたいんだ」
「……そうか」
短く応えたアイガスは、懐から小さな包みを取り出した。中から現れたのは、月明かりを閉じ込めたような銀色のペンダントだった。中央には淡く輝く透明な石が嵌め込まれている。
「これは……?」
「お前の母さんの形見だ。名前はエアリス。お前が生まれて直ぐに……亡くなった」
カムイはそっと手に取り、光を確かめるように見つめた。冷たく、それでいて温もりを感じる不思議な感触が指先に伝わる。
「母さんの……」
「エリシアは、お前みたいに真っ直ぐな人だった。俺はこれを、ずっと渡す時を考えてた。――守りたいものができた時に、渡そうと思ってな」
その言葉に、カムイの胸の奥で何かが静かに燃え上がった。
「……ありがとう、父さん。必ず、大事にする」
ペンダントを首にかけると、その重みが決意の象徴のように感じられた。
その時、外から軽い足音が駆け寄ってきた。
「カムイ!」
玄関先にセリナが現れた。息を切らし、手には小さな布包みを抱えている。
「これ……道中で食べて。干し肉とパン、それからお守り代わりに、薬草も入れてあるから」
「セリナ……ありがとう。でも、朝早くにわざわざ――」
「言わないで。行っちゃったら、しばらく会えないんだから」
セリナの瞳は潤んでいた。
「……無理はしないでね。カムイは、自分より人のことを優先するから……心配なの」
カムイは一瞬言葉に詰まり、笑顔を作った。
「大丈夫。俺は必ず帰ってくる。……だから、待っててくれ」
セリナは小さく頷き、視線を逸らすと、そっと布包みをカムイの荷物に押し込んだ。
ちょうどその時、村の道の向こうから元気な声が響いた。
「おーい、カムイ! もう出発の時間だぞ!」
リアンだ。背丈の合う革鎧に身を包み、腰には練習用ではない本物の剣を提げている。目は期待と興奮で輝いていた。
「行ってこい、カムイ」
「ああ。……行ってくる」
カムイは玄関を出ると、リアンが満面の笑みを浮かべて手を振った。
「遅いぞ。これからは俺たち二人で王都まで行くんだ。鍛えてやるから覚悟しろよ!」
「ははっ、鍛えるのは俺のほうかもしれないけどな」
軽口を交わしながら、二人は村の出口へと歩き出す。
村の端で振り返ると、セリナがまだそこに立っていた。朝日が昇り、銀のペンダントとセリナの瞳が同時にきらりと光った。
(必ず強くなる。そして、この光が示すものを
守り抜く――)
こうして、ルーネル村から二人の若者が旅立った。
その道が、やがて五大陸を揺るがす運命へと
繋がることを、まだ誰も知らない。
面白ければ評価、ブックマークを
よろしくお願いします。