第6話「運命の裂け目」
翌朝、ルーネル村は夜明けとともに慌ただしさに
包まれていた。
影猟犬との戦いは終わったが、
その爪痕は村の至るところに残っている。
倒れた柵、裂けた屋根、焦げた木片──
そして、腕や脚に包帯を巻き、不自由な足取りで
歩く村人たちの姿。
死人は一人も出なかった。
それでも、負傷者の数は少なくない。
セリナはその合間を縫うように走り回っていた。
薬草を刻み、鍋で煮詰め、怪我人に温かいスープを
配る。
「はい、これ飲んで。傷が痛んだらすぐ呼んで」
その笑顔は明るいが、目の下には薄く隈が
浮かんでいた。
「なあカムイ、昨日のお前……すごかったな!」
興奮気味に話しかけてきたのはリアンだった。
「俺もあんな風に戦えるようになってさ、
一緒に王都の騎士団に──」
「……」
カムイは曖昧に笑い、視線を逸らした。胸の奥に、うまく言葉にできないざわめきが広がっていく。
⸻
日が傾き始めた頃、ガレスとバルドは帰還の支度を整えていた。
バルドは村人に一言もなく、無愛想に馬へ跨る。その横で、セリナが小さく舌打ちする。
「最後まで感じ悪い人ね……」
ガレスは彼女の視線に気づき、苦笑しながらも何も言わなかった。
「カムイ」
ガレスが近づき、低く告げる。
「お前、剣を握ったことはあるな。
……この先、学んでおけ」
何かを含んだ視線。しかし理由は語らず、
黒い水晶の欠片を懐にしまうと、
バルドと共に村を去っていった。
遠くの道端で、その様子をじっと見つめる
影があった。アイガスだ。だが、息子には
気づかれぬよう、そのまま家へと戻っていった。
⸻
夜。
焚き火の明かりが、家の前で二人を照らしていた。
「……昨日みたいな危険な真似は二度とするな」
アイガスの声は低く、鋭かった。
カムイは視線を火に落としたまま、
言葉を吐き出す。
「俺……守りたかったんだ。手が届く範囲だけでも……」
その言葉に、アイガスの胸が不意に
締め付けられる。
――かつての自分も、同じことを口に
したことがあった。
まだ若く、騎士団に入ったばかりの頃。
仲間を失った夜、焚き火の前で誓ったあの時の自分。
目の前の息子が、その時の自分と重なって見える。
「……お前は、俺に似ている」
思わず心の中でそう呟く。だが、声には出さなかった。
代わりに口から出たのは、抑えた声だった。
「……お前には、お前の生き方を見つけてほしい」
カムイは黙って頷いたが、その瞳の奥で何かが
静かに燃え始めていた。
⸻
その頃、遠く離れた闇の中。
黒い石造りの広間で、巨大な水晶が淡く脈動している。吸い込まれる魔力の光が、幹部たちの影を壁に映し出していた。
「計画は順調だ。泉はまだ他にもある」
低く響く声の傍らには、倒れた下っ端の死体。首筋に赤黒い痕が残り、冷たく目を見開いている。
報告の言葉は最後まで聞かれず、命を刈り取られていた。
残された血の匂いが、冷たい空気と混ざり合う。
「損失ではない……我らの夜は始まったばかりだ」
幹部の冷笑が、暗闇の奥へと消えていった。
⸻
村の広場は、まだ昨日の傷跡を残していた。
血の跡、割れた家具、焼け焦げた板。
カムイは一人でそこに立ち、怪我を負った村人たちの顔を思い浮かべる。
(もっと力があれば……)
その思いが胸の奥で確信に変わる。
「強くなりたい……俺の手が届く範囲だけでも、守れるように」
夜空を一筋の光が駆け抜けた。
それはまるで、遠い王都への道を指し示すかのように──。
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