第3話「暁を裂く闇の囁き」
夕暮れ時、ルーネル村は茜色に染まり、
牧歌的な空気に包まれていた。羊飼いが家路を
急ぎ、子供たちの笑い声が遠くから響く。
煙突からは夕餉の煙が立ち昇り、どこまでも
穏やかな時間が流れていた。
だが、その静けさの奥底に、見えぬ波紋が
広がり始めていた。
村はずれの森の奥――そこには古くから立ち入りを禁じられた泉がある。村人はそれを「魔力泉」と呼び、近づけば体調を崩すと噂されていた。しかし、その理由を知る者はほとんどいない。
今、その泉のほとりに、月明かりを遮るほどの漆黒の外套を纏った二つの影が立っていた。
「……ここが、境界の綻びがある場所か」
低く押し殺した声が、湿った森の空気を震わせる。
「ええ、ノクス・オーダーの情報は正確です。
この泉の魔力は、人界と魔界の接点を持っている」
答えたのは、鋭い眼光を持つ長身の男だった。
二人は短く視線を交わすと、泉の水面に手をかざす。
――瞬間、淡い赤黒い光が水面に広がった。
冷たい空気が一変し、じっとりとした熱が
立ち込める。
一方その頃、村の広場では、ガレスとバルドが
天幕を片付けていた。
焚き火の赤が二人の鎧を照らし、鉄の匂いが
夜気に混じる。
ガレスはふと動きを止め、森の方角へと
鋭い視線を向けた。
「……妙だな」
「何がです?」と、バルドが眉をひそめる。
「森の気配が重い。あの泉の方角だ」
その言葉に、バルドは肩をすくめて鼻で笑う。
「気配? またあんたの勘ですか、団長」
「こういう勘は外れたことがない」
その会話を耳にしていたカムイとリアンは、
互いに顔を見合わせた。
「ガレスさん、森に何かあるんですか?」
問いかけるカムイに、ガレスは一瞬言葉を
選ぶように沈黙した後、短く答えた。
「……お前たちは知らない方がいい。あの森は危険だ」
その眼差しには、冗談や軽口の余地はなかった。
夜が訪れると、森の奥で何かが動き出す。
草木のざわめきと共に、微かな赤い光が泉から
立ち昇り、空に溶けていった。
それは村人の誰の目にも届かぬまま、
ルーネル村を包む空気を、じわじわと冷たく、
そして重く変えていった。
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