第22話「山の試練」
夜の山林に、焚き火の明かりが小さな輪を作っていた。先ほどの戦闘試練を突破したばかりのカムイたち小隊は、疲労を癒すため休息を取っていた。
フィオナは隅で息を整えながら、膝の上に置いた杖をぎゅっと握っている。杖の先端には淡く光を宿す魔石が埋め込まれており、その輝きは力を使い果たした証のように鈍っていた。
「大丈夫か?」
カムイが小声で問うと、フィオナは小さく頷く。
「……魔石がちょっと焼けついてるの。休ませれば、また使えるようになるはず」
彼女のか細い声に、リアンが豪快に笑ってみせた。
「はっ、心配いらねえよ! 次は俺が派手にやってやるからな!」
「無茶をするな。力任せでは持たない」
セリウスが冷静に釘を刺す。
だがそのやりとりを聞いていたラトが、鼻を鳴らした。
「だったら俺が前に出ればいいだろ。敵の気配を察知して、すぐ動けば被害は出ない」
「お前は索敵に集中しろ。勝手に動くな」
セリウスの言葉に、ラトの眉がぴくりと跳ねる。
疲労と緊張が積み重なっていたせいか、小さな口論が絶えなかった。ダリオが「落ち着けよ……」と宥めようとするも、その声は焚き火の爆ぜる音にかき消されてしまった。
カムイは仲間を守りたい気持ちでいっぱいだったが、どう言葉を挟むべきか分からず、拳を膝の上で固く握ることしかできなかった。
――そして翌朝。
一行の前に現れたのは、深い峡谷にかかる細い吊り橋だった。風に揺れ、古びた板がきしむ。渡るには勇気が要る代物だ。
「ここが次の試練か……」
セリウスが険しい顔で呟いたそのとき、山霧の中から低い唸り声が響いた。
霧を割って現れたのは、黒い毛並みに赤い眼を光らせた幻獣。模擬戦用とはいえ、牙も爪も鋭く、油断すれば命を奪われかねない迫力を放っていた。
「よし、俺が先に!」
ラトが足を踏み出すが、セリウスが腕を伸ばして遮った。
「待て。陣形を組む」
「ちっ、悠長にしてたら襲われるだろ!」
「だからこそ連携が要る」
しかし、そのやりとりの最中に幻獣が咆哮を上げ、橋に飛びかかってきた。
ラトは反射的に橋へ駆け出し、リアンも「俺が前だ!」と叫んで追い抜こうとする。二人がもみ合った瞬間、吊り橋が大きく揺れた。
「ぐっ……!」
ラトの足が板から外れ、体が宙に投げ出される。
「おいっ!」
リアンも無理に支えようとして体勢を崩し、共に落下しかけた。
「――させるかっ!」
カムイが飛び出す。両腕を伸ばして二人の体を同時に掴み、必死に橋へ引き戻す。だが幻獣の爪が迫り、支えている余裕などなかった。
恐怖に体を固くしたフィオナの瞳が、カムイを映す。
「わ、私……!」
迷う声。しかし次の瞬間、彼女は杖の魔石に意識を集中させ、震える手を前に突き出した。
魔石が火花のように光を走らせ、眩い閃光弾を放つ。
それが幻獣の顔面を撃ち抜き、一瞬動きを鈍らせた。
「今だ、押し返せ!」
セリウスの指示が飛び、ダリオが剣で追撃。リアンも立ち直り、力強く前に出る。
カムイは二人を守るために剣を構えながらも、一歩、前へ踏み込んだ。
「守るだけじゃ、前に進めない……!」
仲間を支えながら前へ進む剣筋。守勢からの一撃が幻獣を押し返し、最後はセリウスの合図と共に一斉攻撃で撃退に成功した。
吊り橋を渡りきった小隊は、その場にへたり込むように息をついた。
「……怖かった。でも、みんながいたから、できた」
フィオナが小さく笑うと、ラトとリアンも互いに目を逸らしつつ「悪かったな」と呟いた。
セリウスは冷静に言葉をまとめる。
「連携の乱れが命取りになる。互いの役割を信じろ」
その言葉に、カムイは心の中で強く頷いた。
――守ることは、一人で抱えることじゃない。仲間を信じて支え合ってこそ、皆を守れる。
山風が霧を払った時、遠く峡谷の影でひとつの人影がこちらを見ていた。
赤狼団の斥候が、試験を突破した小隊の姿を目にし、冷ややかに呟く。
「……順調に進んでやがるな。だが、ここからだ」
その背後には、さらに暗い気配が揺らめいていた。ノクス・オーダーの影が、彼らの進む道を見据えているかのように。
面白ければ評価、ブックマークを
よろしくお願いします。