第19話「森の罠――赤狼団の牙」
森の空気はひんやりとしていた。昼だというのに鬱蒼とした木々が陽を遮り、あたりは仄暗い。小隊は慎重に進路を選びながら、落ち葉を踏みしめて歩を進めていた。
「……気配が多すぎる」
前方を探るラトが立ち止まり、小声で告げる。
「鳥や獣じゃない。足音がある、しかも複数」
セリウスが視線を巡らせ、眉を寄せた。
「……訓練で伏兵を置くなら、もっと巧妙に隠すはずだ。これは雑すぎる。罠の臭いがするな」
一同の緊張が高まる中、カムイは違和感を胸に感じていた。
(これは……ただの試験じゃない。何かがいる)
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やがてラトが茂みをかき分けて戻ってきた。
「見ろ、道を塞ぐように倒木が仕掛けられてる」
倒木の裏には、さらに大きな岩が不自然に固定されている。少しでも触れれば転がり落ちそうだった。
「こんなの……試験に使うには危険すぎる」
カムイが剣を握り直し、険しい表情で呟く。
そのとき、茂みの奥から荒い声が響いた。
「おい、そこを通りたきゃ荷物を置いていけ!」
武装した数人の男たちが姿を現す。汚れた革鎧に刃こぼれした剣――だが、その動きは野盗にしては鋭すぎた。
「ふざけんな! 相手するぞ!」
リアンが怒鳴り、真っ先に前へ出る。
「全員構えろ!」
セリウスの指示で、小隊は瞬時に陣を取った。
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短いが激しい交戦が始まった。
「俺が守る!」
カムイはフィオナの前に立ち、迫る刃を受け止める。重い衝撃に腕が痺れるが、踏ん張って剣を押し返す。
「カムイ!」
フィオナの声に応えるように、彼は仲間の盾として立ち続けた。
「おりゃあっ!」
リアンが正面から突撃し、敵の剣を弾き飛ばす。
「回り込む!」
ダリオは横から敵を押さえ込み、ラトは素早く背後に回り牽制を加える。
「フィオナ、撃て!」
カムイが叫ぶ。
「わ、わかった!」
フィオナが杖を振り上げ、炎の矢を放つ。敵の動きが鈍った瞬間、カムイの防御が攻勢へと転じる。
「全員、右へ! 一気に崩すぞ!」
セリウスの指示が飛ぶ。小隊の動きが一つに繋がり、敵は数合のうちに劣勢へ追い込まれた。
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そのとき――
一人の男の腕から袖が裂け、赤い刺青が露わになった。
狼の爪痕を模したような禍々しい紋様。
「……あれは!」
カムイが息を呑む。
「赤狼団……!」
セリウスの声に、小隊全員が凍りついた。
「やっぱりただの野盗じゃなかったか!」
リアンが吼え、渾身の突撃を見舞う。
同時にフィオナの魔法が炸裂し、敵は一気に退いた。
「くそっ、引け!」
呻き声とともに、数人の男たちは森の奥へと逃げ去っていった。
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「はぁ……はぁ……」
フィオナは肩で息をしながら杖を握り締める。
「怖かった……でも、みんながいたから、大丈夫だった」
カムイは剣を下ろし、深く息を吐いた。
「これは……試験なんかじゃなかった」
セリウスが冷静に告げる。
「これ以上の深追いは無意味だ。試験を続けよう。だが、気を抜くな」
カムイは剣を見下ろし、強く握り直した。
(俺は――守り切った。みんなを。これが俺の戦い方だ)
小隊は再び歩みを進める。
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その頃、森の外縁部。
ガレスとバルドが馬を進め、周辺を警戒していた。
「やはり痕跡があるな。赤狼団のものだ」
ガレスが落ち葉に残る足跡を見て低く呟く。
バルドは鼻で笑った。
「王都の訓練場の近くにまで出張ってきやがるとはな。だが、背後にいるのは奴らだけじゃねえ」
「……ノクス・オーダーか」
ガレスの声に、森の奥から吹き抜ける風が重苦しく響いた。
赤狼団の牙は、確かにまだ潜んでいる。
そしてその影は、カムイたちの未来へと静かに迫りつつあった。
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