第15話「試験の幕開け」
王都グランフェリアの北端に広がる試験場は、朝も早いというのに熱気に包まれていた。
訓練用に整備された広大な敷地には、木々の茂る森や小高い丘が点在している。戦場を模した環境の中に、数百人もの志願者が列をなし、緊張と期待の入り混じった視線を前方に向けていた。
「戦闘員志望は前へ。非戦闘員は左手の建物へ向かえ!」
鋭い声が響く。列を整えていたのは、鋼のような眼差しを持つ教官だった。
非戦闘員の志願者たちは、筆記と簡単な実技を受けるために試験場を離れていく。
残ったのは剣を手に、あるいは鎧を身に着けた戦闘志望者たち。数は百名を超えていた。
教官は彼らを見渡し、低く告げる。
「これより第一次試験を開始する。形式は――小隊戦だ」
ざわめきが広がる。個人の実力を試すものと予想していた者が多いのだろう。
しかし教官は一切動じず、厳然たる調子で続けた。
「六名一組で小隊を編成し、敵小隊の旗を奪取せよ。勝敗は奪取の有無で決まる。ただし、評価はそれだけではない。任務の遂行力、仲間との協調、そして各自の能力を総合して判定する。剣の腕だけを競う場ではないと心得よ!」
その言葉に、戦場を経験した騎士団の厳しさが滲んでいた。
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カムイとリアンは他の志願者と共に抽選の札を引き、割り当てられた番号に従って小隊を組むこととなった。
二人が歩み寄った先で、すでに三人の若者が待っていた。
「おい、俺はダリオだ。突撃なら任せろよ!」
大柄な青年が木剣を肩に担ぎ、豪快に笑った。筋肉質の腕と鋭い目つきが印象的だ。
続いて、冷静な声音が響く。
「僕はセリウス。君たちが加わるなら六人揃ったな。……うまく連携をとらなければ、勝ち目はない」
知的な雰囲気を漂わせた青年で、すでに戦術を考えている様子だった。
その隣に控えていたのは、一人の少女だった。
「……わ、私はフィオナ。魔法志望だけど、補助くらいならできる」
淡い金髪に澄んだ瞳を持つ少女は、緊張の面持ちながらも、はっきりと名を名乗った。
年若いが、纏う空気には芯の強さがあった。
最後に、小柄な少年が遠慮がちに声をあげる。
「ラト……です。ぼ、僕は剣は得意じゃないけど……足は速い。伝令とか、索敵とか……」
どこか怯えがちだが、観察する目だけは鋭い光を帯びていた。
こうしてカムイとリアンを加えた六名小隊が編成された。
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小隊が顔を合わせた途端、ダリオが嘲笑交じりにカムイを見やる。
「で? お前が噂の“守り専門”ってやつか。そんなもん、試験じゃ役に立たねえだろ」
「……役立つかどうかは、やってみなければ分からない」
カムイは表情を変えずに応じた。
「はっ、守ってる間に旗を取られりゃ意味ねえんだよ。俺なら最初から叩き潰すね」
ダリオの挑発に、リアンが一歩踏み出した。
「ふざけんな。守りがあるから前に出られるんだろ。カムイを侮辱するなら、俺が相手になるぞ!」
空気が険悪になった瞬間、フィオナが小さく息を吸い、一歩進み出た。
「……私は、カムイの考えに賛成。守りがあるからこそ、仲間は安心して戦える。
攻める者がいれば、支える者も必要。それが小隊でしょ?」
その声音は震えていなかった。
若い少女のはずなのに、その瞳は凛としていて、真っ直ぐにカムイを見つめていた。
カムイの胸に、不意に熱が灯る。
これまで「守り」を口にすれば、笑われるか軽んじられるのが常だった。
父アイガス以外に、正面から肯定してくれる者はいなかったのだ。
(……この子は、信じてくれるのか)
それは刹那のことだったが、彼の剣を握る手に確かな力を宿した。
「……ありがとう」
無意識のうちに、言葉が漏れていた。
フィオナはわずかに目を瞬き、そして微笑んだ。
その笑みは控えめで、けれど確かな温かさを持っていた。
胸の奥に、彼女自身もまた不思議な感覚を覚えていた。
――この人の「守り」は、ただの防御ではない。
誰かを支え、生かすための剣。そう直感したのだ。
「チッ……」
ダリオは舌打ちをして、苛立ちを木剣の素振りにぶつけた。
セリウスが冷静に場を収める。
「役割は違えど、旗を奪うには全員が必要だ。突撃も守りも、索敵も。……不満があるなら、結果で証明すればいい」
険悪だった空気がひとまず収まり、小隊は前を向くことになった。
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試験場の中央に鐘が鳴り響く。
「――試験、開始!」
合図とともに各小隊は散開した。
カムイたちの小隊も森の影へと駆け込み、セリウスが指示を飛ばす。
「ラト、周囲を偵察。フィオナは気配を探れ。ダリオとリアンは前衛、カムイは……守りの要だ。ここを突破されれば即敗北だぞ!」
カムイは頷きながら、隣に並んだフィオナと視線を交わす。
彼女は真剣な顔で周囲に意識を向けていたが、その横顔は不思議と彼を落ち着かせた。
(俺の剣は……無駄じゃない。そう言ってくれる人がいる)
父やオルフェンの問いかけが、胸の奥で静かに響く。
――守る剣は、奪うことに繋がる。
木々の間から、別の小隊の影が見えた。
セリウスが「来るぞ!」と声を上げる。
仲間たちが構えを取る中、カムイは深く息を吸い込む。
その横でフィオナも魔力を練り上げ、視線を前へと定めていた。
心臓の鼓動が重なった気がした。
次の瞬間、戦いの幕が切って落とされる――。




