第14話「剣と心」
王都グランフェリアの空に朝陽が昇る頃、訓練場にはすでに掛け声が響いていた。木剣の音、鎧の擦れる音、息を切らす若者たちの声――その全てが、苛烈な日々の始まりを告げていた。
カムイとリアンもまた、その中に身を置いていた。
「足を止めるな! 守りは形じゃない、流れだ!」
オルフェンの叱咤が飛ぶ。
カムイは必死に木剣を構え、仲間からの打ち込みを受け続けていた。何度も腕に衝撃が走り、砂地に足を取られそうになる。それでも彼は踏み止まる。
「う……ぐっ!」
額から汗が滴り落ちるたびに、父アイガスの背中が脳裏に浮かんだ。守るために剣を振るった父。その姿を思い出すたび、カムイは歯を食いしばって木剣を支えた。
一方、リアンは攻めの稽古に回されていた。軽やかな足運びで相手を翻弄し、鋭い突きを繰り返す。
「もっと速く! 獲物を仕留めるつもりでいけ!」
オルフェンの檄に応え、リアンは笑みを浮かべて踏み込む。
「任せろ!」
二人の姿は対照的だった。守りを固めるカムイ。攻めを磨くリアン。だがその両方が、互いを補い合うように輝いていた。
◆
休憩時間、訓練場の片隅で水を飲む二人に、他の志願者たちが近づいた。
「お前ら、意外とやるじゃねぇか」
粗野な青年が肩を揺すりながら笑う。
「特にそっちの赤毛。攻めの速さは中々だな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」リアンは肩をすくめる。
「……でも俺だけ? こっちの相棒は?」
視線がカムイに注がれる。
「守ってばかりじゃ、試験で通らねぇぞ」
挑発のような言葉に、カムイはわずかに眉を寄せた。
「守りがなければ、攻めは続かない。俺はそう思ってる」
淡々とした声が返ると、青年は鼻を鳴らし去っていった。
リアンは苦笑して肩を叩く。
「真面目だな、お前は」
「そうか?」
「俺は攻める方が性に合ってる。勝てばそれでいい。……でもお前は違うんだろ?」
カムイは答えず、ただ木剣を見つめていた。
◆
夜。宿舎の薄暗い灯りの下、二人は藁布団に横たわっていた。
「なぁカムイ」
リアンの声が闇に響く。
「俺はさ、王国騎士団に入って栄光を掴むんだ。名を上げて、強さを証明してやる。……それが俺の夢だ」
カムイはしばし黙してから答えた。
「俺は……守りたいものがある。そのために強くなりたい」
「守りたいもの?」
「まだ、言えるほど整理できてない。でも……ずっと胸にある」
リアンは一瞬黙り、やがて笑った。
「お前らしいな。じゃあ俺が勝って名を上げて、お前が守る。いい組み合わせかもしれない」
二人の言葉が交差し、夜は静かに更けていった。
◆
翌日の訓練を終えた後、オルフェンはカムイを呼び止めた。
「お前の剣は“守る”ためにあるようだな」
「……はい」
「だが、守るために剣を振るえば、必ず奪うことにも繋がる。その覚悟はあるか」
その言葉に、カムイの心は大きく揺れた。
奪う――父が背負ったもの。母を失ったあの日の記憶。
胸の奥に、冷たい刃が突き刺さる。
「……わかりません」
絞り出すような答えに、オルフェンはただ頷いた。
「それでいい。すぐに答えが出せるものではない。だが覚えておけ。覚悟のない剣は、人も自分も救えぬ」
オルフェンの声は、重く、深く、カムイの胸に刻まれた。
◆
数日後。訓練場に告げられる。
「来週、入団試験を行う!」
ざわめきが広がり、志願者たちの顔が緊張に強張る。
カムイは拳を握りしめた。
――守るために、強くなる。だがその先にある“奪う”という現実。
心に宿る問いは答えを得ぬまま、眠れぬ夜が続いていくのだった。
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