第13話「銀光の剣」
王都グランフェリアの朝は、すでに喧騒に包まれていた。石畳を駆ける荷車の音、露店の掛け声、遠く鍛冶場からの鉄槌の響き――街全体が巨大な歯車のように動いている。
その一角に、王国騎士団の訓練場があった。高い石塀に囲まれ、砂地の広場には木剣が打ち合わされる乾いた音が響く。志願者や若い騎士たちの声が飛び交い、熱気と緊張が渦を巻いていた。
カムイとリアンは石門をくぐり、その光景に思わず足を止めた。
「……すごいな」
リアンが低く呟く。
カムイも胸の奥に熱を感じつつ、黙って頷いた。村の静かな空気とはまるで違う。ここは、生き残るための戦場だ。
周囲からすぐに視線が集まる。
「おい、新入りか」
粗野な青年が嘲るように声をかけてきた。
「その細腕じゃ一日も保たねぇだろ」
取り巻きの笑いが広がる。
リアンは一歩前に出て肩をすくめた。
「心配するな。試験までは残るさ。……帰るのはお前たちかもしれないけどな」
挑むような調子に空気がぴりつく。
カムイは苦笑しながら口を開いた。
「俺たちは争いに来たんじゃない。学びに来たんだ」
静かな言葉に、周囲は一瞬黙り込む。青年は舌打ちを残して剣に向き直った。
そのとき――重い足音が響いた。
壮年の男が姿を現す。五十を越えてなお鍛え抜かれた体躯、片目の古傷、灰混じりの短髪。彼が現れた瞬間、訓練場の空気が一変し、ざわめきが潮のように引いた。
「……オルフェン様だ」
誰かの囁きに、志願者たちが慌てて背筋を伸ばす。
「お前たちが新顔か」
低い声が大地のように響いた。
「は、はい!」
リアンが即答する。その横で、カムイは息をのみ、だが目を逸らさずに応じた。
「俺もです」
オルフェンは二人を射抜くように見据え、無言のまま木剣を放った。
「構えろ。まずは見せてもらう」
稽古が始まる。リアンは攻め気を隠さず突き込む。カムイは受け流し、慎重に間合いを測る。木剣が砂を散らし、乾いた音が響く。
「足運びが遅い!」
「はい!」リアンが応じ、踏み込みを修正する。
「目線が剣先に囚われすぎだ」
カムイに矢のような指摘が飛ぶ。
カムイは息を詰めて頷き、剣先から相手の動き全体へと視線を移した。
数合の後、オルフェンが「止めろ」と告げると、二人は汗に濡れた額を拭いながら剣を下ろした。
腕を組んだオルフェンの片目が細められる。
「力も技もまだ未熟だ。だが――お前」
視線がカムイに突き刺さった。
「妙に、目が澄んでいる。戦い慣れた者の目だ」
「……!」
カムイは言葉を失い、思わず木剣を握り直した。
「俺は……村から出てきたばかりです。戦い慣れてなんか……」
「ならば何故だ? その目は、一度でも死地を覗いた者の目だ」
オルフェンの声は低く鋭い。
カムイは胸にざわめきを覚えた。泉での戦い、母の遺した水晶の重み、そして――父アイガスの背中。心の奥に秘めたすべてを見透かされるようで。
「……わかりません。ただ……守りたいものがある。そのために、強くならなきゃいけないんです」
その答えを聞き、オルフェンは長い沈黙ののちに片頬を歪めた。
「……ふん。悪くない」
それだけを言って、腕を組み直す。
「試験まで鍛えてやる。ただし、逃げる者に教えることはない」
重い言葉が場を支配する。
リアンは大きく頷き、カムイは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
二人が背を向け、訓練場を去ろうとしたとき。
オルフェンは誰にも聞こえぬほど小さく呟いた。
「……やはり、あの男に似ている」
その片目の奥に浮かぶ影は、かつての戦友――
アイガスの面影だった。




