生徒会長は魔法少女
告白と爆発
春の陽気が校庭を満たす五月。桜ヶ丘学園の校舎は、穏やかな午後の光に浴していた。詩音は教室の窓際で、胸の鼓動を抑えきれずにいた。彼女の手には、丁寧に折り畳まれたラブレター。宛先は、生徒会長の佐々木悠真。あの、誰もが認める完璧な少年だ。
佐々木悠真は、女子生徒なら誰もが見惚れる存在だった。長身で、凛とした佇まい。黒髪は風に揺れるたびに柔らかく光り、鋭い眼差しはどこか遠い世界を見つめているようだった。彼の声は低く落ち着いていて、どんな混乱も一瞬で収める力があった。生徒会長としての彼は、学園の秩序そのもの。だが、詩音にとって彼はそれ以上の存在だった。心を奪う、特別な人。
「よし、行くぞ、詩音!」
自分を鼓舞しながら、詩音は生徒会室の扉を叩いた。
「どうぞ」と、中から佐々木の落ち着いた声。
詩音は深呼吸し、ドアを開けた。
「佐々木会長!あの、私、話が…!」
言葉が詰まる。佐々木は机に広げた書類から顔を上げ、穏やかに微笑んだ。
「詩音さん、急にどうしたの?」
その笑顔に、詩音の決意は一瞬揺らいだが、すぐに気を取り直した。
「佐々木会長、好きです!付き合ってください‼︎」
叫ぶように告白した瞬間、世界が揺れた。
いや、揺れたのは世界ではなく校舎そのものだった。
轟音。爆発。崩壊。
窓ガラスが砕け、炎と煙が一気に校舎を飲み込んだ。詩音は悲鳴を上げ、床に倒れ込んだ。
「詩音さん!」
佐々木の声が響き、彼女の身体が強い力で抱き上げられた。次の瞬間、詩音は校庭の芝生の上にいた。目の前には、爆風に揺れる校舎。瓦礫が降り注ぐ中、佐々木が彼女をしっかりと抱きかかえていた。
「佐々木会長‼︎」
詩音が叫ぶと、佐々木の姿に目を疑った。
彼は、フリフリのスカートをまとっていた。ピンクと白を基調とした、まるで魔法少女のような衣装。肩には小さなリボン、腰には輝く宝石のベルト。手には、星型のステッキが握られていた。
「え?佐々木会長、その姿は…?」
詩音の声は震えていた。佐々木は一瞬、困ったように笑い、こう言った。
「ごめん、詩音さん。実は俺、魔法少女なんだ。」
魔法少女と怪人
校庭に不気味な笑い声が響いた。
「やっと見つけたぞ、魔法少女佐々木!」
煙の中から現れたのは、異形の存在だった。黒いマントに包まれた人型の影。顔は仮面で覆われ、目だけが赤く輝いている。
「こんな場所にまで来るとは、執念深いですね」
佐々木の声は冷静だった。彼は詩音を背に庇い、ステッキを構えた。
「詩音さん、ここは危険だ。離れていてくれ」
「で、でも…!」
詩音が言い終わる前に、怪人が動いた。地面を這う黒い触手が、佐々木めがけて襲いかかる。佐々木は軽やかに跳び上がり、ステッキを振った。
「スターライト・ハピネスバリア!」
光の膜が現れ、触手を弾き返す。
「めっちゃキラキラネームな技!?」
驚く詩音をよそに戦いは一瞬にして始まった。佐々木の動きはまるで舞踏のようだった。フリルのスカートが風を切り、ステッキから放たれる光の矢が怪人を追い詰める。怪人も負けじと、黒い霧を操り、地面を割るような攻撃を繰り出した。
詩音は呆然とその光景を見つめていた。彼女の知る佐々木会長は、優しくて少し近寄りがたい生徒会長だった。なのに、今目の前にいるのは、魔法少女として怪人と戦う、まるで別の存在。
戦いは数分で終わった。佐々木のステッキから放たれた光の奔流が怪人を貫き、黒い霧は消滅した。
「やれやれですね」
佐々木はステッキを下ろし、軽く息をついた。フリルのスカートが風に揺れる。
彼は振り返り、壊れた校舎を見上げた。
「このままじゃまずいな」
佐々木はステッキを掲げ、静かに呪文を唱えた。
「リペア・オブ・ハピネスタイム!」
「あっ、ハピネスは固定なんだ」
詩音の突っ込みをよそに光が校舎を包み、砕けたガラスが元に戻り、崩れた壁が再構築されていく。まるで時間が巻き戻るかのように、校舎は元の姿を取り戻した。
記憶と秘密
詩音は呆然と立ち尽くしていた。
「あの、佐々木会長…」
彼女が声をかけると、佐々木は振り返り、静かに言った。
「詩音さん、私のことは忘れなさい」
彼のステッキが光り、詩音の額に触れた。柔らかな光が彼女を包み、意識が一瞬揺らいだ。
「え…?」
佐々木は悲しげな笑みを浮かべ、背を向けた。
「君には関係のない世界だ。さよなら」
彼の姿が光に溶けるように消えた。
だが、詩音の記憶は消えていなかった。
彼女は目を閉じ、佐々木の言葉を反芻した。魔法の光に包まれた瞬間、確かに何かが彼女の意識に触れた。だが、記憶はそのままだった。
「やばい…どうしよう、私覚えてるままなんだけど。」
詩音は胸に手を当て、呟いた。彼女は佐々木の秘密を知ってしまった。そして、それを隠さなければならない。
詩音の決意
次の日、詩音はいつも通り登校した。校舎は昨日の戦いの痕跡を一切残していなかった。生徒たちはいつも通りの日常を過ごし、佐々木は生徒会室で書類に目を通していた。
「詩音さん、昨日は大丈夫だった?」
佐々木が穏やかに尋ねてくる。その声には、昨日の出来事を一切知らないかのような自然さがあった。
「う、うん!大丈夫だったよ!」
詩音は笑顔で答えたが、心臓はバクバクしていた。彼女は佐々木の秘密を隠している。魔法少女の姿も、怪人との戦いも、記憶を消されなかったことも。
放課後、詩音は校庭の片隅で立ち止まり、決意を固めた。
「私は…会長の力になりたい。魔法少女だとか、怪人だとか、関係ない。会長が…悠真さんが好きだから」
詩音の言葉は、静かな校庭に響いた。
「さぁ、始めましょうか」
佐々木悠真と詩音の物語は、これから始まる。
始まりの予感
夜の学園。佐々木は生徒会室の窓から星空を見上げていた。
「詩音さん…君は、俺の秘密を知ってしまったかもしれないな」
彼の呟きは、夜の静寂に溶けた。
この物語にはまだ続きがある。
またいつか語ることになるだろう。