第四章 ただ、与えられた休息に…
「ただいまー。」
「…いつも思うけど、誰に言ってるの?」
「え?俺自身にだけど?」
「てっきり、部屋に言ってるものだと思ってた。」
三日目のグランドフィナーレも大成功を収め、公演を終えた俺達は。久々に楽団の寮へと帰って来ていた。トランクを部屋に運び入れ、二人で手分けして荷解きをする。とはいえ大した物は入っていないので、数十分もすれば片付けも終わっていた。
「なんか楽屋の方が広かったな…。この部屋、そこら辺のホテルと同じくらいのスペースしかないんじゃ…?」
「しょうがないよ。学園の寮に、そのまま住んでるんだから。」
十二歳の成人を迎えるまでは二人とも、学園に通っていた。それから、七年の歳月が経っている訳だが、未だに部屋が変わる気配はない。とはいえ、DollとPianistは自分で居住を構え、生活を送ることが禁止されている為、此処を出ていく事も叶わなかった。
「俺達はまだ、兄妹だからいいけど。大抵のPartnerは、赤の他人なわけだろ?こんな小さい部屋で過ごすの、きつくないか?」
「基本的にDollの方が、クローゼットとか廊下で過ごしてるんじゃないかな…。Pianistの性格にもよるとは思うけど…。」
「同じ学園で学び合って、最後には永遠のPartnerになる存在だろ?よく分かんないよな…。」
ベッドで横たわっていた体を起こし、俺の横に座っている彼女の表情を窺う。思いがけず、暗い話題になってしまったからか、少しだけ曇った表情をしていた。
「この話題止めようぜ。腹減ってるなら、なんか作ってやるけど?」
「そうだね…。なにかデザート食べよっか。」
帰ってきたばかりなので、対して材料も無いが。戸棚は緑色、鍋類は真っ赤という、クリスマスカラーなキッチンを漁る。彼女もベッドから立ち上がって、俺の足元に在る戸棚を探り始めたが、見つかったのは粉類ばかりだった。
「やべえ、スーパーぐらいは、寄って来ればよかったか…。」
「学園内に在るとは言っても、結構遠いもんね…。」
ホットケーキミックスとココアパウダーに、賞味期限が明日までの卵と牛乳…。デザートを食う分には丁度いいが、今日の夕飯に出来る物が何一つとしてなかった。
「ホットケーキは作れるよ。」
「ああ。でも、夕飯は食堂に行くしかないな…。」
俺、あの場所嫌いなんだよな…。思わず呟けば、メイが苦笑いを返してくる。その表情を見て、更に溜息を付きながら、俺はホットケーキを作り始めたのだった。
「美味しかった~。」
「そりゃ、良かったな。」
ワンルームに小さなキッチン。キッチンと寝る場所を分けるように置かれた木製のテーブル。そして、二人で一つしかないクローゼットに、大きな鏡。一応、シャワールームもあるが、二人で住むには些か狭い。けれど、小さい頃から暮らしてきた為に、懐かしさが彷彿とする部屋。
白いカーテンからは、橙色をした午後の陽が差し込み、俺の向かいで美味しそうにホットケーキを完食した彼女を優しく照らしていた。
「ブルーベリーとか、乗っければ。本当はもっと、美味かったんだろうが…。」
「十分だよ。私にはこれくらいが丁度いい。」
「そうか?」
空になった皿を眺め、心地の良い風に…ただ一瞬微睡む。小さい頃の、彼女を見た気がして視線を移せば、コルクボードに貼られた俺達の想い出が目に留まった。
いつ撮ったのか分からない写真、折り紙で作った四つ葉のクローバー。二人で買った、小さなぬいぐるみは互いに寄り添うよう、目を閉じている。公演に行った時、メイが買った絵葉書は過去の記憶で。俺が買った、世界地図は当時の夢だったのかもしれない。
彩られた、軌跡が光る。そんな切なくも、優しい時の流れ。少ないが、自分達の宝物だけは無くさずに。俺達は、この世界に生きている…。
「このまま昼寝でもしようかな…。」
「ええ?どうして、突然その思考になったの…?」
「暇なんだから、いいじゃねえか。今は、与えられた休暇を満喫する時だろ?」
自由はなくとも、俺は幸せな今を手放さずに、ただ彼女と在りたい。けれど、それがいつまで許されるのか。俺の楽章が、永遠に輝く星を演じている。そんな今だけに与えられた、奇跡なのか。
その答えを出すのが怖いまま、テーブルの上に肘をついて目を閉じる俺は。彼女の手を握って、微笑んだのだった…。