第一章 双生の星
「お前って、狼と森は必ずと言っていい程。舞台に登場させるよな。別に、他の動物でもよくね?何で、あんな固執すんの?」
「毎回必ずフィナーレを、宇宙と星に集結させる、君に言われたくないんだけど…。」
公演を終え、観客の拍手や声援から逃げるように、俺達は舞台裏へと速攻で逃げ帰っていた。疲れたらしく、若干ふらふらしている彼女を椅子に座らせ、次の演奏者達を幕の隙間から、二人して覗き込む。
「お前は、森やら動物ばっかだからな。偶には、あの子みたいに神話と花園の掛け合わせとか、してみたらいいじゃねえか。」
「その言葉そっくりそのまま、返すから。」
不満気な彼女の言葉は聞き流し、Pianistの少年が必至で描き出す、秘密の世界に少々溺れておく。花々が満開に咲き乱れたと思えば、女神達が祭事を執り行い、言葉を持ってして、より深めていった。
「なんだかアンバランスなコンビだな。」
「小説に生きる少年と、花々に聡明さを抱く少女ね。共通点はあると思うけど、女の子の方が持つ楽章に、偏りが在るから。」
「楽章:Myrthen(ミルテの花)か…。」
「男の子は、The Sleeping Beauty(眠れる森の美女)が楽章だね。」
色彩が増える度に、少年の瞳に焦りが見えるが、少女によって織り成される世界は、ロマンスと神々が愛す庭園に、思わず引き込まれる優美さを兼ね備えて、美しかった。
「そろそろ、彼等の舞台も終わるみたいだし。行こうか。」
「ああ、そうだな。」
黒いドレスを早く脱ぎたいのだろう。まだ疲れた顔をしていたが、楽屋に戻ろうと立ち上がる彼女の手を取って、俺は舞台上の彼等に背を向け、歩いて行ったのだった。
「ん?おお、双子ちゃんじゃねえか!」
「うえ…。」
「人の顔見て第一声が、それはないから…。」
隣を歩く彼女に、窘められるが。勢いよく駆け寄ってくる男の姿に、俺は思わず顔をしかめた。
「早く行こうぜ。」
「声かけてくれたんだから、挨拶ぐらいしなよ。」
黄金の瞳が、俺の顔を見上げて呆れたような色を作る。そうは言えど、馴れ馴れしい態度の奴は嫌いなんだと、反論しようとすれば、既に彼は目と鼻の先まで、近付いてきていた。
「近い、どけ。」
「相変わらずだな。」
笑いながら橙の髪に、良く日焼けした肌の彼は、隣に居る彼女にも会釈を交わした。
「双子ちゃんは、顔は似てるけど。性格は似ていないな。」
「そういうものじゃない?」
廊下を歩く人々が、彼女に話しかける男の姿に、不思議そうな顔をしたり、嫌悪を示す様に眉を顰める。その一人一人を気づかぬ内に、睨んでいたのか、顔が怖いぞと彼に笑われた。
「メイちゃんだっけ?こんな怖い兄ちゃん持って、君も大変だな。」
「うん、本当にそう。」
「おい!」
二人で勝手に会話を繰り広げていくのが、気に入らず。思わず突っ込めば、怖い怖いと言って彼が逃げるふりをする。
「ワイセイも、そんな気を張ってたら、気疲れするぞ?もっと楽に生きなって。」
「お前に忠告される筋合いはないけどな。でも、ありがたく言葉だけは受け取っておこう。」
「…もう少し、俺に優しくするっていう心はないのか?」
「なんで、そんな必要がある?」
そう言葉を返せば、大袈裟に心が痛いとポーズを取る彼。無視して、もう行こうと合図すれば、彼女が頷いた。
「じゃあね。ええと…名前は忘れちゃったけど。」
「俺も、お前って誰だっけ?」
「なんか二人とも、ひでえな!?」
俺の名前はゲオルクだ!と叫ぶ声が、背後から聞こえてきたが。恐らく、次に会う時には彼の名前など、奇麗さっぱり忘れている事だろうと。なんだかんだ、面白い青年の事を考えて、俺は少しだけ笑みを浮かべたのだった。
「しかし、疲れる一日だったな…。」
「本当にね。」
対のDollとPianistに一つ与えられる楽屋に入り、思わず二人して溜息をついてしまった。大きな公演と言うだけあって膨大な待ち時間と、忙しなく動き回る人々。しかも、観客の数も桁違いだった為に。とてもじゃないが、最後まで舞台袖で待機していることなど出来なかった。
「まあでも、ゲオルクさんだっけ?彼も、一人でフラフラしていたっぽいし。もう楽屋に居ても良いでしょ。」
「最後に観客席を回ったり、挨拶したりするらしいが。別に俺達が居なくても、バレねえだろ。」
公演中、不自由なく泊まれるよう。ご飯も飲み物も、仮眠するベッドまで在る楽屋。引き籠るには最強の場所なので、取り合えず重苦しかったジャケットだけ脱いで、椅子に座る。
「俺達が出るのって、三日間ある内の一日目と最後の締めくくりだけだよな。確か。」
「多分そうだけど。二日目の夜は、良く知らない人達と食事会が在るかも。」
「…行きたくねえ。」
蚊の鳴くような声で呟けば、メイが困ったように笑う。いつの間に着替えたのか、既に黒いドレスを脱いで、ラフな格好をしていた。三つ編みにしていた黒髪も、解いてふわふわと風に波打っている。
「何が悲しくて、知らんおっさんと飯食わなきゃいけないんだよ…。」
「同感。」
大きな鏡が置かれた目の前に座っていた俺は、鏡に映る彼女の姿と自分の姿を見て、少しだけ意識を飛ばす様に頭を振った。青い瞳の俺と、黄金の瞳のメイ。それ以外は、ほとんど変わらない顔に、少しだけ安心感がある。けれど、彼女が不思議そうに自分を見ているのに気づいて、俺は鏡から目を逸らした。
「いつまで、この生活が続く事やら…。」
「ワイセイくんはPianistとして、私はDollとして生きる生活がって事?」
的外れな言葉に、思わず吹き出せば、彼女がむっとした顔をする。違う違うと、手を振って。俺は俺自身の片割れに向けて、言葉をつぶやいたのだった。
「自由がない今が、いつまで続くのかって事だよ。バカだな。」
星は俺たち二人を望んだ。一人でもよかったはずなのに、対の存在として、芸術と創世の吹く風を受ける影は、二つが良いと望んだのだろう。それが音楽である、今の俺達にとって。自由と言う言葉が何を意味するのか、俺にもまだよく分かっていなかったのだった。