第87話 君は僕にとっての一番の英雄だ
「それよりも、改めてごめんなさい。リク君を助けようとしたのに、むしろ迷惑を掛けてしまったこと」
「そんな……! 迷惑だなんてとんでもない! むしろ僕は嬉しかった。あの場でセレネが割って入って止めてくれたことが。セレネが来てくれなかったら、確実に生徒同士でけが人が出ていただろうし、僕も頭に血が上って決闘相手を殺していたかもしれない」
「リ、リク君……」
「だから……その、ありがとうセレネ。やっぱり君は、僕にとっての一番の英雄だ」
「そんな、英雄だなんて……えへへ」
そういってリクレールは照れたように、けれどもまっすぐセレネに謝辞を述べた。
リクレールからの感謝の言葉に、セレネはわずかに頰を赤くしながらも、嬉しそうに微笑んだ。
そんなどこか甘々な雰囲気になったところで、二人がいる居間の扉がノックされた。
「セレネ様、リクレール君、お茶が入ったわよ」
「あ! ありがとうございますエレノアさん! わざわざ使用人みたいなことをしていただいて」
「いいのいいの、私が好きでやってることだから♪」
入ってきたのは、麻色の長髪で全体的にふんわりした雰囲気がある女性エレノア。
エレノアはセレネの父親の妹……すなわち叔母にあたるが、歳は意外と若く、今年でちょうど30歳になる。
「私からもお礼申し上げます叔母様。まさかうちが、リク君の家の使用人を全員引き抜いていたなんて……」
「こればかりは仕方ないよ。彼らも生活がある。むしろ、ミュレーズ家で引き取ってくれるのであればありがたいくらいだ」
「ふふっ、優しいのねリクレール君は」
彼女の言うように、彼女がわざわざアルトイリス家の邸宅で雑用をしているのは、表向きはミュレーズ家が使用人を引き抜いてしまったことの埋め合わせだったが、それ以上にエレノアが暇だったからというのもある。
エレノアは10年ほど前に一度結婚して他家に嫁いだのだが、夫が不倫をした挙句不倫相手に正妻の座を奪われてしまい、怒り狂ったセレネの父により嫁いだ家とは絶縁し、彼女自身も家に出戻りしてきたという経緯がある。
ただ、セレネがこの年ですでに誰もが振り返る美少女であることから察せられる通り、エレノアもかなりの美貌の上、片方だけでも顔と同じくらいの大きさがあるのではないかと、まことしやかに語られるほどの胸の膨みを持っており、出戻った後も再婚を望む男性が後を絶たないが、離婚した経緯が経緯なので、しばらくは結婚したくないと考えているようだった。
そんなエレノアも、会うたび親戚の子供のように接してきたリクレールには特に抵抗がないようで……
「お茶に合う新しいジャムを作ってみたのだけど、どうかしら?」
「え……えと、なんだかトロっとしてるけど、甘くていい香りですね!」
「……叔母様、そんなに近づくとリク君が困ってますから」
リクレールにべったりとくっつき、上目遣いでジャムを勧めるエレノア。
そんな叔母の様子を見たセレネは、リクレールがドギマギする様子を察してそっと引き離した。
『……なるほど、主様はもっと大きな方がお好み、と。ヴィクトワーレ様のこともありますし』
(エスペランサ?)
そして何やらエスペランサがぶつぶつ呟いているようだが、セレネとエレノアの声のせいでリクレールにはよく聞き取れなかったようだ。




