第81話 勝利条件
そんな中、決闘を申し込まれたリクレール本人はまるで他人事のようにこの騒ぎを静観していた。
『主様、どうやらこの男はどうしても主様に殺してほしいようでございますわ。この機会を逃さず、決闘で始末してしまいましょう』
(決闘か……でも、士官学校の決闘ルールだと、公正を期して武器は第三者が用意することになるんだけど、そうなるとエスペランサは使えないよ?)
『それについては問題ございませんわ。わたくしと主様はもはや一心同体、たとえ主様のお手元になくとも、わたくしの力は主様にお貸しすることが可能でございます』
(それなら問題ない、か。ぶっつけ本番だけど、エスペランサの言うことを信じるよ。あと、やっぱり嫌な奴とはいえ殺しちゃうと後々面倒だから、立ち上がれないくらいでいいよ)
『承知いたしましたわ。主様が望むのであれば、物理的にも、精神的にも、社会的にも、立ち上がれないように致しますわ』
決闘を申し込まれたリクレールを置いてけぼりにしたまま、教師陣があーでもないこーでもないと喧々諤々になっている中、決闘を申し込んだアヴァリスがようやくリクレールが何の反応も示さなかったことに気が付いた。
「おい、リクレール! 俺が話があるのはお前だ、なのにさっきからうんともすんとも言わねぇじゃねぇか! やっぱり怖気づいたか?」
「あー……ごめんごめん。勢いあまって決闘で殺しちゃわないように、手加減しないとって考えてたからつい」
「こいつ……」
リクレールにまで煽り返されたことで、彼の怒りはいよいよ大きく超え、頭から湯気が噴き出しそうなほど顔を真っ赤にしていた。
だが、彼は何とか怒りを飲み込むと、とりあえずリクレールが決闘を承諾したことでよしとした。
「リクレール君……こんなバカげたことに付き合う必要はないのよ。彼にはいろいろ思うところがある気持ちはわかるけれども、あなたさえ受けなければ、決闘は成立しないから」
「先生、大丈夫です。なにせ僕は……魔剣の使い手になったんですから。ねぇ、シャル」
「あ、ああ……それはそうだが」
リクレールはウルスラの心配を笑顔で受け流した。
そして、アヴァリスはというと、まるで自分が勝ったかのような勝ち誇った顔を浮かべて、食堂に集まった紫鴉学級の生徒たちに向かって宣言した。
「聞いた通りだ! この決闘は俺ことアヴァリスとリクレールの一対一で執り行う! 場所は麓の訓練場、時刻は1刻後(※この世界の1刻は現実世界の1時間相当)とするが異論はないな!」
「いや、肝心なことを忘れている。決闘というからには、アヴァリスは僕にどんな要求を突き付けてくるつもりだったの? まさか、勝者が敗者に屈辱を与えるだけってことはないよね」
「それは……俺の名誉を傷つけた侮辱について、謝罪をしろ。それが俺が決闘で要求するものだ」
「謝罪か、その程度でいいならお安い御用だよ」
「それともう一つ。お前が持っている、その仰々しい剣……それを俺によこせ。貧弱なお前にはそんな立派な剣は過ぎたるものだ。俺が有効活用してやるよ」
『!!』
アヴァリスが突き付けた条件に、リクレールより先にエスペランサが反応した。
負けてやるつもりはさらさらないが、自分の主から自分を奪い取ろうしようとすることに、エスペランサは非常に嫌悪感を抱いたようだ。
『主様……』
(悔しいのはわかる。だからこそ、その怒りは後にとっておいてほしい)
リクレールが心の中でエスペランサを宥めながら、アヴァリスに向き直る。
「わかった、僕はそれでいい」
「ほう、言ったな」
リクレールが要求を承諾したことで、アヴァリスは満面の笑みを浮かべた。




