第8話 温もりの中で
「リク……その、入っても構わないかしら」
「う、うん! いいよ!」
リクレールの入室許可を得たヴィクトワールは、やや遠慮がちに部屋に入ってきた。
その間にエスペランサはやはりどこかに姿を隠してしまった。
「どうしたのトワ姉? こんな夜遅くに」
「ええ、その……今日はあんなことがあったばかりだし、リクも疲れてるかなと思ったの」
「トワ姉こそ、マリア姉さんとはすごく仲良しだったから、僕と同じくらい……それ以上に辛いと思うんだけど」
「勿論……私もとても悲しかった。私がもう少し駆けつけることができたら、親友を救えたかもしれない。そう思うと今でも胸が張り裂けそうよ。だけど、涙は帰るとき全部流しきったから……リクを悲しませないために、私が心を強く持たないとって思ったの」
そう話しながら、彼女はリクレールの隣にゆっくりと腰を下ろした。
まるで夏の花のような爽やかな香りがリクレールの鼻腔をくすぐる。昔からこの香りを吸い込むと、心なしか元気になれる気がした。
「トワ姉……ありがとう」
「だから、今日はリクのことを慰めてあげたいなって思ってるの」
ヴィクトワールはリクレールの顔をじっと見つめながら話を続けた。
「あの場で私は何もできなかったけれど、それでもリクが悲しんでいるのを見ると私も悲しいわ。だから、今日は私がリクをいっぱい甘やかしてあげる」
「!?」
ヴィクトワーレはリクレールの頭を自分の胸に引き寄せ優しく頭を撫で始めた。
まるで小さな子どもに戻ったような気分だった。だが、不思議と悪い気はしない。むしろとても心地よい。
「本当は無理してほしくないの。リクはずっと優しいままでいて、私が代わりにあの机をたたき割ってもよかった。そうするべきだった。でも、リクはもう決めたんだよね、強いリーダーになりたいって」
「うん……聖剣を継ぐことはできなかったけれど、僕には僕なりにやれることがある。そのためには、無理にでも先頭に立ってみんなを引っ張っていかなきゃならないんだ」
(それに、いつまでもトワ姉に頼りきりっていうわけにもいかないし)
ヴィクトワールは少し残念そうな顔をしていたが、それでもリクレールの決意を否定しなかった。
「わかったわ。けど、これだけは覚えておいて。私は……たとえ何があっても、リクの味方だからね」
そういいながら彼女は我が子をあやすように優しくリクレールを抱きしめ続けた。
(それにしても……ここまで甘えたのは久しぶりだけど、トワ姉の胸、また少し大きくなった?)
落ち着いたら落ち着いたで、急に失礼なことを考えるリクレールだったが……ふと視線を上にやると、術式蠟燭の明かりに照らされたヴィクトワーレの顔は紅潮しており、瞳がとろんとしている。そして、そのまま無言でリクレールの身体ごとベッドに倒れ込んだ。
「わ、ちょっ!?」
危うく圧し潰されそうになったが、ギリギリで態勢を整えるリクレール。
一方ヴィクトワーレは目を閉じてすやすやと寝息を立てている。
「寝ちゃったね……まったく、疲れてるのはどっちなのやら」
リクレールはヴィクトワーレの身体に掛け布団をかけてあげると、自らはベッドから立ち上がり、自室をあとにした。
『よろしかったのですか? ヴィクトワール様に寝台を譲られるとは』
「知り合とはいっても、さすがに同じベッドで寝るのは……ね。今夜だけは、姉さんの部屋のベッドを使わせてもらうよ」
こうしてリクレールは、いまや使う人がいなくなった姉の部屋に入ると、あまり手入れがされていないベッドに横になった。
『主様、お疲れさまでした。今宵はゆっくりとお休みください』
「うん……僕ももう、眠く」
リクレールにとって怒涛の一日がようやく終わった。
しかし、明日からはもっと大変な日が続いていくことだろう。