第79話 送別会
午前中の授業が終わり、昼食の時間が過ぎた後、紫鴉学級の生徒たちは食堂を借り切ってリクレールとシャルンホルストの送別会を催していた。
「みんな、残念がるのはもう終わり! 二人の門出と、これからの活躍を祈って、乾杯!」
『かんぱーい!』
ゼークトの音頭とともに、だだっ広い食堂にグラス同士が軽くぶつかり合う小気味のいい音が響く。
最大で一度に1000人以上収容できる空間にたった51人だけで集まっていると、傍から見れば小ぢんまりとした寂しい集まりのように見えるが、級友たちに囲まれてグラスに入ったりんごジュースを傾けるリクレールとシャルンホルストにとっては、十分すぎるほどの温かみを感じられた。
料理についても、流石に宴会レベルとまではいかないものの、パンケーキや焼き菓子、チーズと言った軽くつまめる食べ物が机の上に所狭しと並べられており、送別会のために昼食を抜いた生徒たちの鼻を容赦なくくすぐった。
「さあさあ、遠慮なく食すといいわ。この私が帝都に煌めく数多の玉石を審判の天秤にて測り、時に宵闇から姿なき形を見出した珠玉の至宝の数々……その甘味、まさに夢魔の囁き!」
「その説明だと1《《キュビット》》も旨そうに聞こえねぇんだが、ようはお菓子好きのサンシールが、帝都中の人気店から隠れた名店までいろいろ回ってこれだけ集めてきてくれたんだな。どれもこれもすげぇうまそう!」
「普段食堂で出されるメシはクソマズだからな、久々にいいものが食える!」
「ん、本当だ、甘くておいしい」
士官学校は質実剛健の気風と戦場の粗食に慣れるためという名目があるためか、提供される食事はあまり質が良くなかった。
もちろん、生徒の成長を考慮して量はそれなりに提供されるし、成績優秀な者であれば多めの配給を受けることもできるが、美食に慣れている貴族の子供たちにとって、士官学校の料理はまさに「豚の餌」ともいうべき酷さであった。
あまりのひどさに、一部の生徒は実家の権力などを利用して、寮にこっそりシェフを呼び寄せたり、高い金で外食三昧している者もいるくらいだ。
日常的にそのような食生活が続いているせいで、サンシールが帝都のあちらこちらで仕入れてきた甘味や菓子は、生徒たちにとってまさに至高の一品と言えた。
普段あまり食事に文句を言わないリクレールも、久しぶりに口に入れるものが明確に「おいしい」と感じるほど。
そんな中、リクレールが口に入れて一番おいしいと感じたのは、大皿の上に無造作に積まれた焼き立てのパンケーキだった。
「このパンケーキ、ふわふわだ。口の中で溶けて無くなっちゃいそう……これって手作りだよね、だれが作ってくれたんだろう?」
「あ……あのっ、そのパンケーキを焼いたのは、僕です。その、先輩たちのお口に合えば、嬉しいです……」
「そうだリク、すっかり紹介が遅れたな。彼はアウグスト、君がいない間に新しくうちの学級に入ったんだ」
シャルンホルストに紹介されて恐縮そうにしている、非常に小柄で、伸びた黒髪で片眼が隠れている男子生徒アウグストは、シャルンホルストが士官学校に戻って数日後くらいに士官学校に入学し、紫鴉学級に編入された新入生であった。
リクレール以上に内向的な雰囲気があり、志望兵科も衛生兵であるが、シャルンホルストによれば戦術の才も意外と悪くないらしい。
そんなアウグストは料理が趣味で、今まで会ったこともないまま退学する先輩のために、わざわざ自前でパンケーキの材料を仕入れて作ってくれたようだ。
そんなアウグストは料理が趣味で、今まで会ったこともないまま退学する先輩のために、わざわざ自前でパンケーキの材料を仕入れて作ってくれたようだ。
「うんうん、マジでうめぇなこのパンケーキ!! これだけで無限に食えそうだぜ!」
「ホントホント! あたし、このパンケーキなら毎日食べたい! ってかあたしのために毎日作って、アウグストきゅん♪」
「え、えっと……すぐにお替り作ってきます」
「そんな……私が選び抜いた漆黒の精鋭たちが負けるとは……」
「二人とも、あんまり食い尽くしてやるなよ。アウグストだって送別会の参加者なんだから、あまり働かせるな。シールも露骨に残念そうな顔するなって、勝ち負けの問題じゃないだろうよ」
「ふふっ、こうしてみんなの笑顔を見ていると、この学級の担任になってよかったって思うわ。リクレール君もシャルンホルスト君にもこの光景を忘れてほしくないから、最後まで楽しんでいってね」
「あはは、そうですね」
相変わらず個性の主張が激しすぎるが、何だかんだで喧嘩することなく自然と一体感を醸し出す紫鴉学級の生徒たち。
その後もリクレールが新しく考えたトランプを用いたカードゲームをしたり、そのトランプでシャルンホルストがちょっとした手品を披露して楽しんだ。
「さっきリクが選んだこのカード、真ん中にいれたのがいつの間にか一番上に」
「えっ! なにそれ、すごい!」
「む……悔しいが全く仕掛けがわからんぞ」
シャルンホルストの手品はシンプルだが非常に手際が良く、学級で一二を争う頭脳のリクレールとモンセーですら揃って仕掛けを見破ることができなかった。
『主様、単純なすり替えですわ。シャルンホルスト様はダミーのカードをセットで動かしていますわ』
(言われても分からないや……)
『くれぐれもこの方とカード賭博はすべきではなありませんわ。イカサマし放題ですわ』
人間たちが手品を見破れないでいる中、エスペランサだけはあっさりと手品の種を見抜いたようだ。
だがリクレールは、エスペランサに言われてもなおどうなっているのかが理解できなかった。
そんなふうに生徒たちが楽しんでいたところで――――間が悪いことに邪魔が入った。




