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聖剣を継げなかった少年は、魔剣と契りて暴君を志  作者: 南木
第3章 ミュレーズ家からの招待状
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第57話 鬼軍曹アンナ

「さて、せっかくアルトイリス城に戻ってきたから、アンナの訓練の様子も見ていこうかな」

『とはいえ、まだひと月も経っておりませんので、あまり進捗はないかと存じますが』


 当主として領内の財政状況と生産力についてはある程度把握したが、肝心の軍備についてまだあまり把握していないことに思い至ったリクレールは、アンナに任せていた兵士たちの訓練の様子を確認しに行くことにした。

 アルトイリス城はかなり大きな軍事要塞として作られているだけあって、場内ではかなり広めに兵士の訓練スペースが設けられているのだが……


「おかしいな、今アンナさんは兵士の訓練をしているって聞いたはずなのに、練兵場には誰もいないね」

『とはいえ、サボっているというわけではなさそうでございますが……と、主様メーテル。噂をすれば彼らが戻ってきましたわ』

「本当だ、野外訓練でもしていたんだろうか?」


 練兵場に誰もいないことをいぶかしがっていたリクレールだったが、すぐに城門の方からアルトイリス軍がこちらに戻ってくるのが見えた。

 だが、リクレールはすぐに兵士たちが異様な雰囲気を纏っていることに気が付いた。

 兵士たちは一糸乱れず整列して歩き、鎧や盾のあちらこちらが泥や血で汚れている。

 そして、青いフードと外套を被ったアンナが、隊列の先頭に立って彼らを導いていた。


「リクレール様、お戻りでしたか。訓練中ゆえ、出迎えができず申し訳ございません」

「いや、謝ることはないよ。僕も気まぐれで足を運んだだけだから。けど……しばらく見ないうちに、兵士たちが随分と雰囲気変わった? 目つきとか……」

「この程度はまだまだ序の口です。リクレール様ほどは劇的に変化はしておりません」

『驚きましたわ。この短期間であの烏合の衆をここまで鍛えなおすとは、やはり主様メーテルの目に狂いはございませんでした』


 ラクロの反乱が収まった後、各地から招集した兵士の半数は給金と報奨金をもらって地元に戻っていったが、もう半数ほどはそのままアルトイリス侯爵軍の正規兵になるため残留することを選んだ。

 彼らが正規兵の道を選んだ理由は様々で、単純に底辺職よりもやや高めの給金に加えて、三食支給とボロ家より断然ましな兵舎での生活ができるのと、何より先の戦いで必死になりながらも大勝利の立役者の一員となれた喜びが忘れられない者が多かった。

 正規軍に志願した招集兵はおよそ500人程度だったが、彼らに待っていたのは……鬼教官アンナによる地獄の訓練の日々だった。


「栄光あるアルトイリス軍の兵士として志願したからには、これまでのような甘えは許されないということを徹底的に教えるわ」


 まずアンナは独自に兵士たちを管理するための規則を作成し、規則に違反する兵士には容赦なく罰を与えると宣言。

 さらに訓練についても、まずは徹底的に基礎固めをすべく厳しいトレーニングメニューを課した。


「城の外周をランニングで10周できるようになるまで、徹底的に走り込みをする。それが終わったら木剣の素振りを200回ね。今まで以上の栄誉を得たいなら、これくらいこなせるようになりなさい」

「「「ひ、ひえぇぇっ~」」」


 魔族軍残党と戦った時の度重なる連闘も厳しかったが、アンナの訓練はそれ以上に新兵たちの身体に悲鳴を上げさせた。

 数日もすると体調を崩す者や脱走を図る者も出始めたが、脱走兵はアンナ直属の弓兵が見せしめに射殺し、彼らにもはや強くなる以外に道はないのだと警告した。

 しかし、その甲斐あって彼らは数日間で今までのある種の甘さが抜け去り、正規軍の兵士としての自覚を持ち始めたのだった。


「そうか……新兵と言えども容赦はしないんだね」

「リクレール様は私が軍に残る条件として、訓練内容に口を出さないとお約束いただきました。その言葉にもちろん二言はございませんよね」

「ああ、当然だとも。むしろ、とても頼もしいよ。それで、彼らが血や泥にまみれているのは?」

「基礎訓練については一定の目途が立ちましたので、昨日から実戦訓練として領内に屯する盗賊や流族の討伐に赴いていました。わずかな犠牲は出たものの、彼らは実戦を積むことでようやく兵士として形になってまいりました。リクレール様が命じれば、兵士たちは一糸乱れずご命令の通り動きます」

「なるほど…………」


 リクレールは試しに兵士たちに全身や方向転換、陣形を保ったまま駆け足等を命じると、果たして500人の兵士たちはリクレールの言葉通りにキビキビと動いたのだった。

 その整然とした動きは直属軍すら上回るのではないかというほどしっかりしており、リクレールは内心少し不気味に感じた。


(まるで人形みたいだ……けど、これも魔族軍と戦うためには必要なことなんだ)

『お優しい主様メーテルが兵士たちのことを心配する気持ちは痛いほどわかりますが、厳しい訓練は兵士たちが戦場で死なないようにするために必要なことでございますわ』

(確かにそうだ……僕はまだどこか甘い気分があるな。アンナに呆れられないように、僕も気を引き締めないと)


 訓練結果に満足したリクレールは、引き続きアンナに兵士たちの訓練と、領内の盗賊や流族、山賊などの無法者の討伐を命じ、必要であればアンナの権限で兵士を追加で募集してよいと言い伝えた。

 アンナも自分の成果が認められたことで、無表情ながらもどこか誇らしげにしているように見えた。

 アルトイリス領は度重なる魔族との戦いへの出兵により、最近は領内の治安維持にあまり力を入れることができなかった。そのため、領内のいたるところで賊が出没し、あちらこちらの村や町に被害が出始めている。

 なので、訓練と賊退治を同時に行えば一石二鳥だ。


 兵士たちの訓練も順調に始まり、サミュエルの働きにより領内の政治体制が徐々に安定してきている。

 あとはガムランの準備と、一緒に葬儀に参列することになったヴィクトワーレの支度を待つのみとなった……が、出発の数日前にリクレールの耳に気になる情報がもたらされたのだった。


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