第54話 魔剣の野望
二人が親子のように語り合っていると、時はあっという間に過ぎていく。
気が付くと部屋は薄暗くなり、窓の外からは夕陽が差し込み始めていた。
「おや、もうこのような時間か。すまないなリクレール、またワシの長話に付き合わせてしまって」
「いえいえ、おかげさまで僕もいい気分転換になりました。あ、ひょっとして今日会いに来てくれたのも、僕が仕事で根詰めすぎているって聞いたから……?」
「さてな」
話が長いベルリオーズだが、話し方がうまいからか聞いていてうんざりすることもなく、むしろ仕事続きのリクレールにはいい気分転換になったようだ。
それに、突発的とはいえ侯爵家の当主同士が会談したことで、色々と有益な情報交換もできた。
ベルリオーズがそろそろ帰ろうかというところで、彼はふと一つだけ聞きそびれていたことを思い出した。
「そうだ、リクレールよ。そなたはもう士官学校に行かぬのか?」
「え?」
「侯爵家当主としての務めを果たしつつ、折を見て通うということもできなくはないが、まあ無理であろう。授業料も馬鹿にならぬし、退学の手続きをとるのであれば早めにやっておいた方がよいぞ」
「そうだ、すっかり忘れてました。まだ退学の手続きしてない……でも東帝国の帝都は遠いから、いつ行こうかな」
「それなら次の月にミュレーズ侯爵家の葬儀と当主交代の宣告があるはずだから、そのついでに手続きをすればよかろう。そなたにも案内が来ておるだろう」
「いえ……僕は初耳なんですが」
ミュレーズ家――――つまり親友のセレネが、リクレールと同じく当主に就任するための式典が来月にあるらしいのだが、彼はそのことを今初めて知った。
リクレールに通知されていないということは、セレネがリクレールのことを嫌いになったか、もしくは忙しいリクレールを案じてあえて出席の通知を出さなかったか……彼は一瞬、自分が何かセレネに嫌われることをしたかと戸惑ったが、すぐにもっと単純な理由に思い当たった。
「しまった! 最近ずっとこっちにいたから、アルトイリス城に来てる手紙は読んでない!」
「そんなこったろうと思った。ワシ個人やヴィクトワーレはすぐに会いに行けるから悪い気はせんのだが……そもそも、当主が本拠地以外の場所で仕事を続けているのはあまりよくない。家臣たちも心配しているだろうから、ある程度で切り上げて城に戻るのだな」
「はい……」
こうして、ベルリオーズに諭されたことで、リクレールはようやくアルトイリス城に戻ることにした。
帰ると決めた次の日には、書類一式を馬車に積み込んで、お付きの文官や護衛兵たちと共にアンクールの町を後にしたリクレールだったが…………
『ここはいい土地ですわね主様。交通と物流の要衝であるだけでなく、開発できる広大な土地がございます。領国経営が軌道に乗り始めた暁には、コンクレイユ領と合邦し、この街を本拠地とするのが望ましいと存じますわ』
(アンクールを本拠地……首都にする、か。確かに、アルトイリス城が本拠じゃなきゃいけないと決まっているわけじゃないし、それもいいかも。けど、コンクレイユ侯爵家と合邦は少し難しくないかな?)
『そこでヴィクトワーレ様の出番ですわ。ヴィクトワーレ様と主様が結婚し、ほかのコンクレイユ家一族がすべていなくなれば、コンクレイユ家の領地はすべて主様の物……開発が進めば帝国本国に負けないほどの国力が得られましょう』
(ほかの一族がいなくなる……いや、さすがにそれはあんまりだよ。二つの侯爵家の領地が一つになるのは、確かに魅力的だけど……)
コンクレイユ家を婚姻を利用して吸収するというエスペランサの提案は、流石にリクレールも賛同し難かった。
だが、土地が瘦せているせいで未開発地が多いアルトイリス領とコンクレイユ領を一つに合体させ、まるで大地をキャンバスにするように、隅々まで開発することができるのなら…………今まで考えたこともなかった壮大な絵空事にリクレールは心が高鳴るのを感じた。
『……ですが主様、国力増強はあくまでお姉さまの仇を討つための準備であることをお忘れなきよう』
(え、あ、うん! もちろん、わかっているよ!)
主が強き君主を目指すよう拍車をかけるのがエスペランサの役割ではあるが、時にはのめり込みすぎるのを止めるのも自らの役目だと、心に誓うエスペランサであった。




