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第48話 新たな契約者

『必要なこととは言えども、やはりあまりいい気はいたしませんわね』

「なっ!? だ、誰なのこの痴女は!? いつの間に忍び込んだのか知らないけど、リクから離れてっ!」

『まあ! 痴女とは失礼ですわ! せっかくわたくしが貴女様を主様メーテルにあてがってさしあげましたのに』

「待ったトワ姉! エスペランサが見えるの!?」

「え? エ……エスペランサ!? この女の人が!?」

『お初にお目にかかりますわ、ヴィクトワーレ様。わたくしこそ、魔剣エスペランサの意志そのもの。主様メーテルが当主となられたその日より、お姉さまの仇を討つためにお力添えをさせていただいております』


 驚くことに、今までリクレールにしか見聞きできなかったエスペランサの姿や声が、ヴィクトワーレにもはっきりと認識できるようになったようだ。


「あなたが……リクの? じゃ、じゃあ……リクが突然強気にふるまったり、魔族の武将を一騎打ちで倒したり、言うことを聞かない貴族を粛正したりしたのも……」

『はい、わたくしエスペランサがお力添えした結果でございます』

「今まで黙っていてごめんトワ姉」

「まあ……ただの魔剣じゃなそうってことは分かっていたけれど、まさか意識をもって喋ることができるなんて。今でも少し信じられないわね……」

『ヴィクトワーレ様は真に主様メーテルのことを想っていると確信しましたので、こうして主様を通じてわたくしのことを認識できるようにさせていただきました。その方が、主様もヴィクトワーレ様も何かとご都合がよろしいでしょうし、わたくしもより力を発揮しやすくなりますわ』

「それはつまり……私はリクのパートナーとして認められた、ということでいいのかしら?」

『その通りにございます。もっとも、あくまで婚約者……といったところでしょうか。身も心もすべて、主様メーテルに捧げられるかどうかは、ヴィクトワーレ様のこの先の活躍次第でございます』

「エスペランサ、流石にトワ姉に失礼なんじゃないかな……」

「……いいえ、私はそれでいいわ。私のすべてをもって、リクのことを守ることに二言はないから。それに、もしあなたがリクを操り人形にするようであれば、私が許さないわ」


 エスペランサがリクレールの後ろで保護者面しながら、上から目線でヴィクトワーレに接してくるのがいまいち気に入らないが、エスペランサの力なくしてここ数日間の難局を乗り切ることは不可能だったことも事実だ。

 聖剣の加護を失ったアルトイリス侯爵領には、やはりそれに代わる強力な武器が必要であり、それがエスペランサなのだというのであれば……ヴィクトワーレも彼女の提案を受け入れるほかなかった。


(それでも、もしリクに危害を加えるようなことがあれば、その時は命を賭してでも守らないと)

『ご安心くださいませヴィクトワーレ様。主様あってこそのわたくしでございます。危害を加えることなど万に一つもございませんわ』

「ちょっ、人の考えを読まないでっ!」


 思考を通じて会話する以上、ヴィクトワーレがリクレールの近くにいるときは、考えていることがエスペランサに対してすべて筒抜けになってしまうようだ。


「はぁ……とにかく、リクがこれからもエスペランサの力を借りるというのであれば、私も異存はない。その代わり、あなたのミスでリクを危機にさらすことがあったら承知しなわ。リクも、魔剣の力に頼ってばかりじゃなくて、時には自分の考えを強く持つのよ」

「う、うん……わかったよリク姉!」

「よろしい」


 もうこれ以上細かいことは気にしないことにしたヴィクトワーレは、改めてリクレールの身体をぎゅっと抱いた。


「それに……私はきちんと生きてる人間だから、魔剣にはできないことだって……いっぱいしてあげられるわ」

「リク姉、それって……」


 ふわふわのネグリジェと、何度も嗅いだことがある夏の花のような香りに包まれ、まるで天国のような心地よさを感じるリクレールは、思わず目を細めてヴィクトワーレの身体に自らの身体を預けてしまう。


『あら、何をなさるというのでしょうか?』


 エスペランサはまだ若干不愉快そうな声だったが、それ以上に人間同士の営みに興味津々のようだ。

 しかし――――


「なにって……それはもちろん、わたしが、りくを、いやして…………スヤァ」

「うーん、おやすみ……とわねえ」

『まあ、すぐに眠ってしまいましたわ。わたくしだって……いつか主様を安らかに寝かせて差し上げるようになって見せますから』


 別にヴィクトワーレがリクレールを寝かしつけたわけではなく、ほぼ休みなしで過ごした後、緊張が解けてきたことで自然に眠気が襲ってきたのだろう。

 それでも……戦う力を差し出すことはできても、主の気分を安らかにする力はもたないエスペランサにとって、嫉妬の感情を巻き起こすには十分だったようだ。

 それはさておき、アルトイリス家の前当主にしてリクレールの姉マリアが亡くなってからの一連の騒動は、ようやく小康状態となった。

 まだ諸々の課題が完全に解決したとは言えないが、少なくとも当分はエスペランサの力を借りながらの強行軍は必要ないだろう。


『あぁ、そういえば』


 久しぶりに安らかな寝顔で抱き合って眠る二人を見て、エスペランサはわざとらしく独り言を言う。


『ヴィクトワーレ様にはお伝えしていませんでしたわ。わたくしの望みは……主様メーテルを強大な支配者、すなわち暴君へと導くこと。ふふふ、主様メーテルもこの方も、わたくしが見込みましたので、いつか良心に囚われることなく、人々を導いていけるはずでございますわ』


 エスペランサにとっては、この一連の騒動さえも、まだほんの始まりの一歩に過ぎないのだった。

 そして最後に、エスペランサはリクレールの唇に自らの唇をぎゅっと重ねた。

 味覚のない魔剣にも、美味と思うような感覚を覚えた。


『可愛らしい寝顔ですわね……主様メーテル。今はゆっくりとお休みくださいませ』

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