第47話 抱擁、そして
『主様、まずは今お考えになっている気持ちを素直にお伝えするのがよろしいかと』
(わかった……)
リクレールも、ヴィクトワーレがいかに自分のことを大切に想ってくれているかを改めて感じていたが、彼には彼の譲れない一線もある。
「トワ姉……トワ姉が僕のことを心配してくれるのはとてもうれしいけど、僕はもう弱いままじゃいられないんだ。たしかに僕は体も心もガラスのように脆いかもしれないけど、ガラスそのものでできているわけじゃない。強くなろうと思わなきゃ、僕はいつまでたっても強くなれないし、それは僕だけじゃなくてきっとトワ姉やシャル、それにサミュエルたち家臣のためにもならない」
「っ! そ、それは……」
「僕は、いつまでも守られる弟じゃなくて、マリア姉さんみたいに共に戦える仲間でありたい。トワ姉からみれば、僕のことはとても頼りなく見えるかもしれないけど、絶対に姉さんの仇を討てるくらい、強くなるから!」
リクレールからそのように反論されると、ヴィクトワーレはとっさに言い返すことができなかった。
ヴィクトワーレの主張は、極論を言えば今後彼女がリクレールを庇護の名目で傀儡化するに等しい。
しかし、リクレールが求めているのは、庇護してくれる存在ではなく信頼できる心強い仲間なのである。
「わかったわ…………リク、私が間違ってた。良かれと思って、むしろリクを傷つけていたかもしれないと思うと……私はお姉さん失格、かもね」
「ううん、そんなことはないよ。トワ姉がいてくれてすごく助かっているのは事実だから。これからも、僕とともに戦ってくれるかな?」
「もちろん! 今やリクは、私の一番大切な人だから! たとえコンクレイユ家が敵に回ったとしても、私はリクの味方だから」
(う、嬉しいんだけど……実家より僕を優先するっていうのはさすがにやりすぎ?)
一体リクレールの何がヴィクトワーレにそこまでの想いを抱かせるのか不思議でならなかったが、ともあれこれでひと段落したかのように思えたところで、エスペランサがとんでもないことをつぶやいてきた。
『では主様、ヴィクトワーレ様に口づけをいたしましょう』
(わかった、口づけを……………キスするの!? トワ姉と!? ななな、ナンデ!?)
『はい、正直なところ主様の唇はわたくしが独占したいところでございますが……ヴィクトワーレ様でしたら、わたくしができないようなことを肩代わりしていただくのにうってつけですわ。さあ、ヴィクトワーレ様の顔が近い今のうちに、男らしく強引に唇を奪ってくださいませ、主様』
(いや、いきなりそんなこと言われても)
突然エスペランサからヴィクトワーレとキスしろと囃し立てられ、リクレールはたちまち混乱してしまった。
リクレールにだって心の準備というものがあるし、ヴィクトワーレが必ずしも受け入れてくれるわけではないだろう。
『何を躊躇っていらっしゃるのですか。ヴィクトワーレ様は主様のことを心からお慕いしているのですよ? この期に及んでためらう理由などございませんわ』
(え、エスペランサ……さすがにそれはまずいんじゃ)
『いいえ! むしろ今が好機です。主様がヴィクトワーレ様に口づけをなされば、きっと受け入れてくださいます! いえ、もはや今行うか後で行うかの違いでしかありません!』
「ど、どうしたのリク……? なんだか目を白黒させてるけど」
リクレールがわずかに逡巡していると、さすがにヴィクトワーレが違和感を抱いたようだ。
(だめだ、もう後には引けない! かくなる上は……トワ姉、ごめんっ!)
意を決したリクレールは……ヴィクトワーレに軽く抱き着いて、彼女と自分の唇を重ねた。
「んむっ!? ……っ」
リクレールに口づけをされた瞬間、ヴィクトワーレは目を大きく見開いた。
突然のことに驚きを隠せなかったが、それでも彼女は拒むことなく、目を閉じて受け入れていた。
(トワ姉の唇……やわらかくて甘い)
今まで感じたことのないその感触に、リクレールは全身が燃えるように熱くなる。
しかし、すぐに息が苦しくなるのを感じたので、重ねていた唇を離すと、二人の間に細くきらめく架け橋がかかった。
「り……リク、そんな……いきなりだなん、て……?」
いい雰囲気になり掛けたところで、ヴィクトワーレは突如別の誰かの気配と強烈な視線を感じ、顔を上げると……リクレールのすぐ後ろにいる薄絹を纏った黒髪の美女が、複雑な表情でヴィクトワーレのことをじっと眺めていた。




