第45話 今日は休め
「よおリク、お疲れさん。相変わらず鮮やかな手際だったようだが……さては寝てないなお前」
「ああ、ただいまだよ……シャル。ほとんど戦わなかったとはいえ、流石に疲れたのなんの」
「とはいえ、これで大体の面倒ごとは片付いただろ。お前もここの所働きっぱなしだし、しばらくゆっくり休め。もしどこかの貴族が反乱を起こしたら、俺が代わりにとっ捕まえてきてやるから」
「ありがとう、そうさせてもらうよ。でも、その前にせめて今回の戦いの収支をチェックしておかなきゃ。たった数日戦っただけなのに、随分とお金を使ったからなぁ。戦いが終わったらやりかけだった町の特産品開発を早く進めたいし、流民受け入れのための住宅地建設もやりたい。あぁそうだ、せっかく当主になったんだし、アルトイリス伯爵家の財産全部使えるんだから、もっと大規模な農地開拓を推進して、そのためには没収した領地の測量から――――」
「いいから休め」
「はい」
リクレールはシャルンホルストから無理やり休むよう言われたので、ひとまず汚れを落として食事をとるなどして疲れを癒すことにした。
そして、自分の寝室に戻ってベッドに仰向けになったとき、ようやくひと段落した実感が湧いてくるのだった。
『主様、今度こそお疲れ様でございました。主様はやはりわたくしが見込んだお方……常人であれば音を上げるような苦労も厭わず、すべて最速で成し遂げられました』
「いや、本当にもう……疲れたよ。それに、戦い続きのせいか体中が痛い……」
『成長痛でございます。主様の肉体はまだまだ成長途上……痛みが出るのは主様の力が向上している証拠ですわ』
「そっか……僕はここまで自分を追い込んだことがなかったから、今まであまり成長していなかったのかもしれない」
『気に病むことはございませんわ。主様は……昨日も今日も、身体の痛みと精神的な苦痛を抱えていたにもかかわらず、家臣の方々やご友人らにも悟られないようずっと我慢なさっておられました。わたくしが助力するまでもなく、弱みを見せぬよう立ち振る舞う心の強さは、常人には得難い才能でございます』
「エスペランサ……」
リクレールは生まれて初めて自分のことを褒められたような気がして、嬉しくもあり、照れ臭くも感じた。
もちろん、親友や姉、それに周囲の大人にも褒めてもらったことは無数にあるのだが、今日ほど「認めてもらった」と感じたのは初めてだった。
「僕のほうこそ、エスペランサにはすごく感謝している。君が後押ししてくれたから……僕にもできるって、力強く言ってくれたから、何とかかやり通すことができた。だから、僕もエスペランサに何かご褒美を上げたほうがいいのかもしれないけど……」
『まあ、主様! わたくしのことまで慮っていただけますのね! わたくしは剣の身ゆえ、見返りを欲する気持ちはこれっぽっちもございませんが…………強いて言えば、これ、を所望いたします』
「っ!!」
エスペランサの細い指先が、リクレールの唇にツンと触れ……美しく妖艶な顔が、リクレールの視界いっぱいに広がる。
大人しいとはいえ思春期真っただ中のリクレールにとって、唇に触れる指の感触と、艶やかな黒髪の美女の色っぽい表情は、理性をドロドロに溶かす毒そのものだ。
心臓はドクドクと激しく暴れ狂い、顔から耳の先までまるで熱湯で茹ったように真っ赤になる。
そんなリクレールの可愛らしい反応を見てエスペランサは妖艶な笑みを浮かべ……リクレールの耳元でそっとささやく。
『ありがたく、頂戴いたしますわ、主様♪』
その言葉とともに、エスペランサの唇がリクレールのそれに重なろうとした――――その時だった。




