第40話 不平貴族討伐戦 3
特に妨害を受けることなくサバチエ伯爵領に入ったアルトイリス軍は、サバチエ城にやや近い場所にある町を拠点とし、完全に陽が落ちる前に設営を急いだ。
その間偵察も出したが、どうやらサバチエ伯爵軍はすべて城内に立てこもっており、完全に籠城を決め込んだことがわかった。
「反乱軍はみんな城に立てこもったみたいだ。これは攻めるのが少し厄介そうだ」
『わたくしが相手の立場でしたら、一部は城の外で遊撃を行い、ゲリラ戦や相手の補給線を脅かすなど考えますが、所詮貴族が急いでかき集めた兵ですから、そのような高度な真似はできませんわ』
サバチエ伯爵軍には、ラクロに味方する貴族や傭兵はいるものの、多くはラクロに対してあまりいい感情を持っておらず、兵士たちも戦い慣れしていない者ばかりである。
ただ、籠城するだけであれば練度が低くても数的に十分厄介であるし、戦闘が長引けば周囲の情勢が変化することも十分考えられる。それゆえ、包囲戦と言えどあまり長引かせるべきではない。
『さて、魔族軍との戦いでは主様にはわたくしの物理的な力を存分にお見せいたしましたが、状況によっては戦わずしてかつ策略を御覧に入れましょう』
「戦わないで勝つ……? そんなことができるの?」
戦わずして勝つ――士官学校である程度軍事に関する教育を受けたリクレールでも、あまり聞きなれない言葉だった。
『主様、戦というのは戦場だけですべてを決するものではございませんわ。事前準備の段階から、戦いは始まっているのでございます』
「で、そのために、エスペランサが言った通り松明をありったけ用意したわけだけど……」
リクレールの目の前では、領内各地からかき集められた松明が山のように積み上げられており、今もまだガムランの指揮下で大量の荷車が松明を積み下ろししている。
正確な本数を数えることはできないが、少なくとも5000本以上はあると聞いている。
『では、もし主様が逆の立場……つまり籠城する側になったと仮定いたしまして、夜に城の周囲を何千もの松明で囲まれましたら、いかがしますか?』
「うーん……なるほど、実際の数以上に敵がたくさんいるって思っちゃいそう」
『まさにその通りでございます。夜の闇は真実を覆い隠し、見えないものは弱き者の心に恐怖を沸き立たせますわ。うまくいけば、反乱者たちは戦わずして武器を捨て、城門を開くことでしょう』
「うまくいくかな……? いや、僕が上手くやらなければならないか。こんなところで貴重な時間と兵力、物資を無駄にするわけにはいかない」
エスペランサが言うほど上手く事が進むかどうか、リクレールからすると正直半信半疑だった。
しかしすぐに、最終的にこの作戦を実行するのは自分であり、すでに準備も始まっている以上やらないわけにはいかないことを思い出す。
リクレールが一度自分の頬を両手で軽くペチペチ叩いて思考を切り替えた直後、太っちょ貴族のガムランが報告にやってきた。
「リクレール様っ! 御覧ください、この松明の山を! しめて4500本ほど用意いたしましたぞ!」
「ありがとうガムラン、時間がない中でこんなにたくさん集めてくれて助かる。やっぱりガムランに頼んで正解だったよ」
「にょっほっほ、それほどでもございませんぞ!」
「さあ、最後の準備を始めよう。兵士に対して一人につき4本松明を配って、それをすべて棒に固定して背負うように通達してほしい」
「なるほど、リクレール様のやりたいことがわかってまいりましたぞ。リクレール様はなかなか商才があるとお見受けしました」
「商才……そう? 僕にはよくわからないけど、とにかく頼んだよ。この作戦が成功すれば、領地の半分は物資を用意したガムランの手柄になるんだから」
「そ、それは誠ですか! おお……さすがはリクレール様、あなた様にお仕えする道を選んで正解でしたぞ!!」
苦労が報われるばかりか、今回の戦いに勝てば多大な功績を得られると聞いたガムランは益々張り切り、部下の兵士たちに命じてすぐに松明の配布をはじめたのだった。
『あの男、初めは佞臣の類と思っておりましたが、意外と使えますわ。もちろん、使い方を誤れば容易に佞臣となりましょうが、有能なことは確かでございます』
「エスペランサはてっきりああいうふうな人は嫌いかと思ってたけど、ちゃんと褒めるんだね」
『サミュエル様のような有能な忠臣を使いこなすのは君主として当然でございますが、真に強力な君主とは癖のある臣下をも使いこなしてこそ、でございます。あの男は主様と違って随分と栄養を蓄えておいでのようですから、酷使のしがいがありそうですわ♪』
「酷使って……」
こうして、エスペランサから高い評価を得たと同時に、有能ゆえに酷使される運命となった太っちょ貴族は、そんなことを知る由もなく、上機嫌で仕事を進めていったのだった。




