第4話 一刀両断
そのころ大広間では、侯爵家の家臣たちが喧々諤々の議論を繰り広げていた。
「諸君の不安はもっともだ、だが今侯爵家を継げるのはリクレール様の他はいない」
「私としては、聖剣を継げなかったことを残念に思うが……リクレール様にはリクレール様なりの強みがある! 不足分は我々が補えばよいではないか!」
「幸いコンクレイユ領やヴィクトワーレ様の騎士団は被害が軽微よ。後ろ盾になっていただければ、当面は何とかなるはず」
「何を寝ぼけたことを……アルトイリス家はそこらの貴族とは事情が違うのだ。当主に実力がなければ侯爵家の存在意義が失われるぞ!」
「周囲の情勢が不安定な今だからこそ、なおさら幼君を擁くわけにはいかない。一時的にせよ、実力のある他家の庇護下に入るほかないだろう」
「騎士団の生き残りも大半がこの地を去る今、もはや我々にできることは何もない……」
なんとかリクレールを次期当主として盛り立てたい者もいれば、他家の庇護や併合を望む者やもうどうにもならないと悲嘆する者もいる。
いよいよ家臣団の分裂が明確化したかのように思えたその時、大広間の扉が勢いよく開かれると、見たことがない大剣を携えたリクレールがヴィクトワーレを伴って入室してきた。
「皆、静粛に。僕の心が弱かったばかりに皆を不安にさせてしまったことを申し訳なく思う。けど、僕はもう迷うことはない。僕は次期当主として、侯爵家を継ぐことをここに宣言する」
突然現れたリクレールの宣言に家臣たちはざわめき立った。
「リクレール様……その剣は?」
まず、老齢の家宰が見慣れない剣について尋ねた。
「これは魔剣エスペランサ。聖剣庫にしまいっぱなしだったみたいだけど、聖剣の代わりにこの剣が僕のことを認めてくれた。だからこそ、僕は堂々と次期当主を名乗れるわけだ」
この家の象徴だった聖剣アレグリアとは似ても似つかない、禍々しくも妖艶なシルエットの大剣を前に、家臣たちは困惑するほかなかった。
それでも、リクレールの元々の実力をよく知っている家臣たちは、どこからか持ち出した謎の魔剣に認められたからと言って、納得することはない。
「しかしリクレール様……そのような剣を持ち出されても、戦いで使えなくては何の意味もありませんぞ」
でっぷり太った家臣の一人が全身に脂汗をかきながらそう言うと、リクレールを当主に据えるのに反対していたほかの家臣たちも、ここぞとばかりに口を開く。
「そうです、虚勢を張るのもいい加減になさいませ!」
「もしやヴィクトワーレ様からなにか入れ知恵されましたか? だとしても、我々の目はごまかせません」
「実際に実力を見せていただかないことには、にわかに信じることはできませんな」
「あなたたち、いい加減に――」
リクレールのことを侮る人々をヴィクトワールがしかりつけようとしたが、リクレールが途中で彼女の動きを制すると…………魔剣エスペランサを勢いよく振るい、大広間の中央にあったテーブルを真っ二つに叩ききった。
「もう一度言う、アルトイリス侯爵家次期当主はこの僕、リクレール・アルトイリスだ。今この場にいる者たちは、僕のことを好む好まざるにかかわらず、命令に従うように。従わない者はこの机と同じ運命をたどることになる。もちろん、役目を投げ捨てて逃げる者も同様だ」
リクレールの堂々とした宣言に家臣たち誰も言葉を発しなかった。
いや、発することができなかったという方が正確だろう。
そんな中、老齢の家宰サミュエルが真っ先にその場に跪き、臣下の礼をとった。
「このサミュエル、リクレール様の次期当主就任に異存はございません」
彼の一言を皮切りに、なし崩し的ではあるが、賛成派から反対派まで次々にサミュエルと同じように跪き、リクレールへの忠誠を誓った。
(なるほど……これが、人を恐怖で支配するということか)
『ふふふ、その通りですわ。これで主様は暴君への第一歩を踏み出されたのです』
おそらく、目の前に跪いている家臣の半分以上は、心からリクレールに忠誠を誓っているわけではない。
それでもこうして表面上の忠誠を得られたのは、彼らがリクレールを恐れ、今は従うほかないと思わせたからだ。
小心者のリクレールは恐怖で無理やり従わせることに不快感を抱いたが、それを表情に出すことなく、続けざまに言葉を発した。
「僕が次期当主になったからには、今後この家のことはすべて僕が取り仕切る。まず当主交代の宣言もかねて姉さんの葬儀を行うから、すぐ準備に取り掛かるように」
「承知いたしました」
こうして、強引に押し切られた家臣たちは、リクレールの指示のもとマリアの葬儀を執り行う準備を始めた。
葬儀を主導する役目はその家の家長の役目と決まっているのだから、リクレールがその役を自ら受け持ったということは、国内外に自身が家を継いだことを示すことを意味するのである。