第39話 不平貴族討伐戦 2
アルトイリス軍がサバチエ伯爵領に向けて進軍し始めたころ、ラクロの元にリクレールからの書状が届けられていた。
「閣下、アルトイリス候から書状が届きました」
「あの小僧から書状だと? まあいい、どうせろくなことではないだろうが見せろ。それと、ワシはあの小僧をアルトイリス家の当主とは認めておらん、ゆえに今後はあの小僧のことをアルトイリス侯と呼ぶではないぞ」
「失礼いたしました」
サバチエ伯爵ラクロは40代後半の知的な雰囲気のある男性で、もしリクレールの父親が生きていたらちょうど同い年であった。
領主としての手腕は悪くないのだが、彼の家は先代の頃から度重なる貴族への負担要請と短い代替わりに辟易しており、アルトイリス侯爵家への忠誠心は皆無と言ってよかった。
ましてや、到底当主の資質があるとは思えないリクレールが後を継いだことでいよいよアルトイリス侯爵家に見切りをつけており、彼はほかの不平を持つ貴族たちに根回しして反乱を企てていたのであった。
ただ、リクレールを当主の座から引きずり下ろしたところで、ほかの後継者がいなければどうすることもできないように思えるが、ラクロには何やら対策がある様子…………ともあれ、ラクロは不機嫌になりながらも書記官から受け取った書状に目を通したが、読み進めているうちにすぐに体をわなわなと震わせ、書状を乱暴に破り捨てた。
「閣下、如何なされましたか!?」
「あの小僧が……ワシの所領を没収するとほざきおった!!」
書状にはラクロからサバチエ伯爵領を没収するという内容の他に、これまでアルトイリス家に尽くさず私腹を肥やし続けてきたことを詰る文面が書かれており、その見下すような内容はラクロを激昂させるには十分だった。
「こうなれば、もはや一刻の猶予はない。面倒なことに、あの小僧のバックにはコンクレイユ侯爵がいる上に、魔族軍討伐と称して従順な貴族どもから兵を集めている。こちらもそれ相応の用意を……あのお方にさらなる兵力の追加を依頼せねば」
ラクロが気難しそうな顔でぶつぶつとつぶやいていると、伝令が慌てた様子で飛び込んできた。
「ら、ららら、ラクロ様っ! 一大事でございます!!」
「ええい、騒がしい……今度はなんだ!」
「アルトイリス侯爵家の軍がこちらに向かってきております!」
「な、なんだと!?」
「軍はすでに我が領の一歩手前まで進軍しており、このままでは夕方ごろにこの城の付近まで到達する見込みです!」
「バカな、いくら何でも速すぎる! さては我々の動きがどこかで漏れていたか……それともどこぞの弱小貴族が日和って内通したか」
ラクロは反乱の用意のために、あらかじめ密かに傭兵などを雇い入れており、領内の徴募兵と合わせて手持ちの兵は1000人ほどとなっていたが……その内情はお寒い限りで、領内の平民からなる徴募兵は当然戦いの経験がほとんどなく、傭兵も急いでかき集めたせいで質が悪く、中には野盗同然の連中も混じっている有様。
そのため、アルトイリス家の主力が魔族軍討伐に向った時には、空になっているはずのアルトイリス城を攻略しようと画策するも、城にはアンナが率いる精鋭部隊を含む留守部隊がしっかりと残っていることがわかり、攻略を断念した。
ならばせめて、魔族軍の大軍相手に消耗した帰りを狙おうとするも、アルトイリス軍は大した損害もなくたったの1日で魔族軍を撃破して戻ってきたのだから、ラクロの計画は狂いっぱなしだった。
その上、帰ってきてすぐにこちらに討伐軍を差し向けるのだから、たまったものではない。
はっきり言ってラクロは、リクレールのことをかなり甘く見ていたのだが、彼の強大な自尊心はこの期に及んでもリクレールを見下すのをやめなかった。
「いや、まだ勝ち目はある。我々が籠城して時間稼ぎをしている間に、ほかの反対派貴族たちに蜂起を促すのだ。さすれば、あの小僧は軍を分けて対応せざるをえまい。それと…………バラドワイズ殿をおよびせよ」
「しょ、承知しました」
ラクロは書記官に命じてバラドワイズなる者を呼び出そうとしたところ……
「ラクロ様、私に何か御用かしら?」
「お、おお! バラドワイズ殿、ちょうどよいところに!」
紺色のローブで全身を覆い、フードを目深に被った女性バラドワイズがいつの間にか執務室に姿を見せていた。
ローブで覆ってもなおわかるほどの抜群のスタイルに、フードの隙間から見える褐色の肌と輝く金色の瞳が特徴的で、見るからに胡散臭い魔女といった印象がある。
「話は聞いています、アルトイリス軍がもうすぐ目と鼻の先まで迫っているのだとか」
「そ、その通りです! その上相手にはコンクレイユ侯爵軍もおり、野戦では我々が明らかに不利ですので、籠城を試みようと考えております。そこで、バラドワイズ殿にはあの方に援軍をお願いしたい! あの方のお力さえあれば、あの小僧どもの軍を粉砕することは容易いはず……!」
「なるほど…………」
バラドワイズは右手を顎に当てて、しばしば無言で何かを考えていたが、しばらくして口を開いた。
「承知いたしました。主君にご助力いただけるよう申し伝えます」
「お、おお! これはありがたい!!」
「ただし、援軍の用意にはそれなりの時間がかかりますゆえ、それまで何としてでも耐えていただきたく」
「ええ、わかっておりますともバラドワイズ殿、私はすぐに籠城の準備を行いますので、どうかあの方に急いでお伝えくだされ」
ラクロは顔に喜色を浮かべながら急ぎ足で執務室から退出していった。
その姿が見えなくなったところで、バラドワイズは誰となく独り言ちる。
「……まったく、あの男は自らを知将だと思い込んでいるようですが、その割には敵の力量も、自らの立場も全く分かっていない。ふふふ、自覚のない天然の道化は見ていて飽きませんが……そろそろ切り捨ててもよいでしょう。役目は十分果たしましたし」
どうやらバラドワイズにはラクロを助ける気は微塵もないようだった。
キャラクターノート:No.018
【名前】ラクロ
【性別】男性
【年齢】47
【肩書】サバチエ伯爵
【クラス】ソルジャー
【好きなもの】領地開発
【苦手なもの】硬い食べ物




