第38話 不平貴族討伐戦 1
彼らが出ていったあと、謁見の間をしばらく沈黙が支配したが、しばらくしてガムランがおずおずと挙手をした。
「あの……リクレール様、つかぬことをお伺いしてもよろしいでしょうか」
「いいよ、何が聞きたい?」
「確かに先程の者たちは「私と違って」リクレール様に何も差し出さなかった不忠でケチな存在ですが……彼らを上回るもっとケチで不忠な貴族がおりまして、その者は特に罰しないのでしょうか?」
「え、それってもしかしてガムランのこと?」
「ち……ちちち、違いますぞ!? 先日の戦いでは、全力でご助力したことをお忘れで!?」
「あはは、冗談だよ。わかっているさ、サバチエ伯爵ラクロのことだろう?」
リクレールが名前を挙げたラクロという者は、アルトイリス家の中でも2番目に広大な領地を持つサバチエ伯爵領の当主(なお1番はサミュエル)であり、リクレールが党首に就任した際にはガムランと並んで反対派の代表格だった。
当然リクレールから兵や物資を出せという命令を完全に無視し、何より、アンナから報告が上がった「反乱の兆しがある貴族」とはまさにサバチエ伯爵家のことであり、今やラクロ本人のみならずその配下の家臣誰一人としてアルトイリス城によこさないという徹底的な敵対ぶりであった。
「さっきの領地没収命令はあくまで前座にすぎない。そしてここからが本題だ。アンナの調べにより、サバチエ伯爵ラクロは、アルトイリス家に対して反乱を越そうと画策していたことが明らかになった。命令無視ならまだ領地没収で済ませられるけど、反乱となれば話は別だ。そこで、僕は直ちに軍を率いてこの反乱を鎮圧する」
「おお、流石でございますリクレール様! それがしもすぐに兵を動員できますぞ!」
リクレールがサバチエ伯爵領を攻めると聞いて、ガムランはたちまち喜んだ。
そして、ほかの家臣も異議を唱えなかったため、リクレールはアンナに命じて直ちに討伐軍を編成させた。
「リクレール様、待機していた兵士たちのうち、疲労が軽い部隊と留守役だった部隊を呼び出しました。すぐに動けます」
「リク、私の騎士団も準備できているわ。こんなこと、早く終わらせるに限るわ」
「なあ俺は本当にいかなくていいのか? 俺だけでも力になるぜ」
「シャル、君の部隊は被害がそれなりに出たし、衛生兵も疲れ果てている。領地を没収した貴族たちが逆上して攻めてくるかもしれないから、申し訳ないけど留守を頼んだ」
「そういうことなら仕方ない……俺の方でも、アンナさんと同じように反乱の兆候がないか探ってみるよ」
今回はシャルンホルストが留守番を任されることになり、代わりにアンナとその部下たちが同行することとなった。
「それとガムランにはもう一つ頼みたいことがある」
「はっ、このガムランめに出来ることであれば喜んでお受けいたしますぞ!」
「大したことじゃないんだけど、今日の夜までに松明をできる限りたくさん集めてほしい」
「なるほど、本日の夜までとなれば夜戦の準備ですかな?」
「それもあるんだけど、出来れば兵士の数の何倍もの量が欲しい。買い足すのであれば、その分の代金は後でまとめて払う」
「その程度であればお安い御用ですぞ!」
こうして、戦いを終えて戻ってきたばかりのアルトイリス軍はまたしても呼び出され、ヴィクトワーレ率いるコンクレイユ侯爵騎士団と合わせて約1000名程度の兵力でサバチエ伯爵領へと進軍していった。
もっとも、時刻は昼をとうに過ぎており、このままサバチエ伯爵領に向かったとしても、早くても夕方になってしまうだろうが……
「うへぇ、帰ってきたらまた戦いかよ……さすがに勘弁してほしいぜ」
「そうぼやくなって、どこかのバカな貴族が反乱を起こしたんだってさ。あのリクレール様に逆らうなんて、何考えてるんだろうな」
「リクレール様は、戦わない自己中な貴族は敵も同然だって言ってたな。俺もその通りだって思う」
「おっと、あまりしゃべるとまたリクレール様に怒られるから、静かにしようぜ」
連戦で兵士たちも若干不満を感じていたが、誰もがリクレールではなく面倒な時に反乱を起こしたラクロの方を罵っていた。
アルトイリス軍の一員として戦いを重ねたことで、彼らの中では無自覚に「自分たちはアルトイリス軍の一員」という意識が芽生えているようだった。




