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第34話 小食な主

 戦利品の回収をガムランに任せたリクレールは、休む間もなくモントレアル城に足を運び、モントレアル侯爵に謁見した。

 モントレアル侯マクシマンはそろそろ齢60になろうかという老齢の男性で、頭髪の大半は白髪、顔には深いしわが刻まれており、まだ14歳のリクレールと並ぶとまるで祖父と孫のように見えた。


「久しいな、リクレールよ。先の戦いでマリアが亡くなったと聞いてもはやアルトイリス家も、我が家も、命運尽きたかと嘆いたものだが……よくぞ駆けつけてくれた。そなたの家も今は大変な時期だろうに、これほどまで早く、そして見事に魔族軍の残党を撃破するとは大したものだ」

「いえ、僕としてもただ姉さんを殺した魔族軍に一矢報いたくて。それに、兵士たちの食事と寝る場所まで用意してくれて助かります」

「なぁに、これくらいお安い御用だ。それよりもリクレールよ、随分と顔色が悪いが……もしや、まだ昼食を摂っておらぬな?」

「は、はい……」

「それはいかん、こんな老人に挨拶している場合ではないだろう。すぐに用意させよう」


 モントレアル侯から指摘されて初めてリクレールは自分の疲労を自覚した。

 今は緊張が途切れたせいもあるのか、今すぐにも倒れ込んでしまいそうな錯覚に陥り、思わず顔をしかめてしまう。

 そんな自分の醜態を侯爵に見せてしまったことを恥じるとともに、自分がいかに戦場で無茶なことをしたかを自覚した。

 幸いにして、先にモントレアル城に来ていたサミュエルもリクレールの疲労に気が付いていたようで、モントレアル家の家臣と交渉してリクレールの食事と休む場所を優先的に確保してもらっていた。

 戦場での活躍もさることながら、リクレールを補佐する家宰としても非常に優秀な男であった。


「リクレール様、本日はこちらの部屋をお使いください。魔剣の力があったとはいえ、リクレール様の疲労はすでに限界でございましょう。後の細事は某が片付けておきますゆえ、今は体力を取り戻すことを最優先とされますよう」

「うん、ありがとう……さすがに今はそうさせてもらうよ」


 リクレールは用意された部屋に向かい、ようやく食事をとることができた。

 食事の内容は肉の入ったスープをメインに、根菜と豆のサラダとパンがいくつか用意されていたが、先程の戦いで数えきれないほどの魔族の肉切り裂き、血と骨と内臓をぶちまけまくったせいか、いまいち肉に手を伸ばす気分になれなかった。


主様メーテル、好き嫌いしてはなりません。いくらわたくしが力をお貸しするといえども、主様メーテルの気力が尽きてしまえば戦うことは叶いません。暴君たるもの、敵の死骸を前にしても平然と肉を食らい、血のような葡萄酒を呷るほどの胆力が必要ですわ』

「やめてよ……想像しただけで吐き気が」


 結局リクレールは意を決してスープを味わうことなく掻き込んで胃に流し込み、ほかの食べ物も強引に腹に収めると、そのままベッドに仰向けになった。


(結局、何もかもエスペランサに任せっぱなしだったな)


 リクレールは改めて今日の戦いを振り返った。

 エスペランサの言った通り、戦いは本当にあっという間に始まってあっという間に終わった。

 戦場に立っていた時はこんな地獄のような時間がいつまで続くのか、何より生き残ることができるのかと不安なことだらだったが……何より、リクレール自身が何かを成し遂げたという感覚が乏しかった。

 その原因はやはり、魔族を何十体も倒せたのも、あの巨大な鬼族の将との一騎打ちを制したのも、すべてエスペランサの力あってこそだったからというのがある。


(僕はこのまま、エスペランサの力を何度も借りて……いつしか魔剣の操り人形になってしまうんだろうか?)

『ふふふ、そうなるかどうかは、これからの主様メーテル次第……と言ったところでしょうか』

「わぁっ!? そ、そうか……エスペランサには僕が考えていることも全部聞こえるんだった……」

『左様でございますわ。契約した以上、主様メーテルとわたくしは一心同体……互いに隠し事はできませんわ』


 リクレールは改めて魔剣と契約したことの危うさを感じたが、かといって今更なかったことにはできない。

 これまでも、そしてこれから先も、エスペランサの力なくしてはリクレールは戦っていけないのだから。

 その後、ひと眠りしようかとも考えていたリクレールだったが、エスペランサとのやり取りで目がさえてしまい、しばらく休んだのちに改めてモントレアル候マクシマンと会談し、今後もお互いの領土の危機には助け合うことを取り決めた。

 また、休んでいる兵士たちのところにも赴いて労をねぎらうとともに、深手を負って回復に時間がかかる兵士たちを積極的に見舞った。

 リクレール自ら声をかけてもらえたことで兵士たちは誰もが感激していたが、この後も彼らに辛い戦いをさせる可能性があると思うと、リクレールはまた少し気分が落ち込んだ。


 夜になってようやく眠気とともにベッドに横になったリクレールだったが、彼の心労はまだ尽きない。

 目を閉じると蘇ってくるのは、今日見たばかりの地獄の戦場の景色…………憤怒の表情で襲い来る敵、苦悶の表情を浮かべて血まみれになりのたうち回る敵、奮闘むなしくやられる味方、これらの悪夢がいっぺんに襲い掛かり、夜通し魘されるかと思われた。

 だが、なんと夢の中にまで黒髪の美女姿のエスペランサが現れ、ローブを翻しながら襲い来る悪夢たちを魔剣エスペランサで切り裂いていった。(ちなみになぜかローブの下は裸だった)


『夢の中と言えども、主様メーテルに危害を加える存在はすべてわたくしが滅しますわ。主様メーテルは安心してお休みくださいませ』


 心強いと思う反面、自分の心をどこまで侵食するのか心配になりながらも、リクレールはようやく悪夢から解き放たれて安らかな眠りにつけたのだった。


キャラクターノート:No.017


【名前】マクシマン・モントレアル

【性別】男性

【年齢】59

【肩書】モントレアル侯爵

【クラス】マーキス

【好きなもの】石畳の道

【苦手なもの】怒ること

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