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第314話 頭の中の空論

「そっか……やっぱり不安に思うよね、普通は」

主様メーテル、御心配なさらず。今は言わせておけばよろしいのですわ。気にするべきところは、主様の命令を聞くか否か……主様メーテルの指示通りに動き、成功さえさせれば、新参者たちも主様メーテルを疑問に思わなくなりますわ』


 フルトヴェングラーがサミュエルたちと話している内容は、たまたま近くを通ったリクレールに丸聞こえだった。

 リクレールは、新参者たちが吐露する本音を聞くために、あえて聞き耳を立てるようなことをしているが、やはりまだ完全には信頼されていないことがわかると少し寂しい気持ちだった。

 とはいえ、リクレール自身も彼らが不安がる気持ちはよくわかった。


(何しろ一番不安に思っているのは……僕自身だからなぁ。敵に背を向けながら進むなんて、本当なら絶対にやりたくないのに)

『普通に考えれば下策なのは間違いございませんわ。しかし、ここまでしなければ、主様メーテルの記憶の中にあるフォントラル侯爵を野戦に引きずり出すことができないのであれば、これしか手立てはございません。それに、下策には下策たる所以があり、それさえ理解していれば、この状況を生かすことも十分可能でございます』

(……うん、頭ではわかってる。けど今はまだ、頭の中の空論でしかない。僕に姉さんくらいの戦いの経験があれば、もっと堂々としていられるかもしれないのに)

『ふふふ、主様メーテルはまだまだ子供ですので、戦に慣れていないのは当然でございますわ。むしろ、今から経験を重ねる良い機会でございます。大丈夫、わたくしが付いていますわ』


 魔族軍の残党との戦いから、今に至るまで、数々の「策」で敵を翻弄してきたリクレールだったが、彼自身は正直なところ、戦いの思想としてはブレヴァン侯爵トライゾンと似ているところがある。

 すなわち、敵よりも多い兵力と、潤沢な物資を揃え、確実に勝てる戦いを仕掛けていくことこそが重要だと思っているのだが、あいにく彼の手元にはそのような余裕はない。


(モンセーやサンシールと、歴史上の戦術について何度も語り合って、新しい戦術も色々考えてみたけど……いざ戦場に立ったら、あんなのはただの遊びでしかなかったことがわかる。僕は兵士たちや将軍たちを無理やり脅して、強引に命令を聞かせなければ、軍をまともに動かすことさえできない。こんなこと、いつかはやめないと……)

『やめる? ふふっ、主様メーテルは暴君になられるのですから、遠慮せずともよいのですよ。勝利を得るためなら…………時には犠牲はつきものですわ』


 犠牲――――その言葉が、リクレールの心に重くのしかかった。

 今彼は、親友のシャルンホルストをほとんど犠牲にするような形で戦いを進めている。

 もし自分がここでしくじれば、親友の努力が無に帰すだけでなく、下手すれば大勢の学友が無駄死にすることになってしまう。

 それを思うだけで、動機が抑えきれず、思わず吐きそうになるが……何とかこらえて、気を取り直した。


「エスペランサ……」

『如何しましたか、主様メーテル

「時には犠牲が必要なのは、理解したよ。けど、失ったものは戻らないのだから、せめて無駄にしないようにしたい、というのは僕のわがままかな?」

『いいえ、そのようなことはございません。ですが、これから先、主様メーテルはわたくしの言葉の本当の意味を理解する日が、きっと来るはずですわ』


 そう言ってエスペランサはリクレールの脳内で不敵に笑うのだった。

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