第312話 無視できない
「そうか……アルトイリス軍はもうすぐそこまで来ているのか、とんでもない速度だな」
「はっ、どうやらアルトイリス軍は途中の町や村での略奪を一切行わず、抵抗せずに食料などを供出すれば民や守備兵に危害を加えないと喧伝しているとのことです。そのため、各地の拠点は次々とアルトイリス軍の軍門に下っております」
「それで途中の貴族や砦の守備隊も奴らを無抵抗で通すというのか……! しかし、傭兵が主力と聞いているが、略奪を抑えるなど可能なのか? 一体全体どのような魔術を使っているというのだ?」
アルトイリス軍がわずか5日で、フォントラル侯爵領の本拠地プラージュ城に近づいているという情報は、ビゼーを大いに驚かせた。
その上、彼らが略奪をせずに通過していることに、領内が荒らされないことを安堵しつつも、各地の守備を任せていた守備隊が、圧倒的な兵力差があるとはいえ無抵抗で敵に降伏していることに、ビゼーは苛立ちを覚えるのだった。
「まあいい、こちらは何とか籠城の用意はある程度整った。食料の備蓄も1年分あるが、一か月もすればブレヴァン侯爵が援軍を送ってくれるだろう。それまで何としてでも耐えるのだ」
こうして、フォントラル侯爵軍は大急ぎで籠城の用意を整え、アルトイリス軍の接近を居間か今かと待ち構えていたのだが…………それからさらに3日が過ぎても、アルトイリス軍がプラージュ城にくる気配がない。
不思議に思ったビゼーは改めて偵察隊を派遣して、アルトイリス軍の動向を探らせたところ、なんと彼らはプラージュ城を無視してそのまま街道を西進していることがわかった。
流石のビゼーも、アルトイリス軍の思惑がつかみきれず、大いに困惑することになる。
「なんだと!? 奴らはこの城を攻撃することなく、目の前を素通りしたというのか!?」
「ちょっとあなた! 一体どうなっているのよっ! このままみすみす領内を通過されたら、私たちの一生の恥だわ!」
「し、しかし! バラドワイズ殿からはブレヴァン侯爵の援軍が来るまで、この城を堅守せよと言われているし……」
「それはアルトイリス軍を足止めするという目的があるからでしょう! 足止めもせずにブレヴァン侯爵領に行かせたら、私たちが籠城している意味がないでしょう!」
「う……確かにその通りだ。ここで奴らを通過させてしまったら、本末転倒ではある……」
「それに、一戦もせずに領地を敵に通過させたら、配下の貴族たちに面目が経たないわ! それとも、これから先フォントラル侯爵家は腰抜けだって言われ続けたいの?」
「わ、わかったわかった! 君の言う通りだよドロッセル! おそらくアルトイリス軍の連中は、我らが籠城を始めたことで、背後から攻撃されないと高をくくっているのだろう。我らはこの領内の地理を熟知している、有利な場所で背後から攻撃を仕掛ければ、奴らは退路を塞がれ、なすすべなく撃破されるだろう」
「ええ、そうこなくっちゃ。それでこそ私の夫だわ! 早速諸将にアルトイリス軍を攻撃すると伝えてくるわ!」
ドロッセルの強い意向を受けたビゼーは、早速アルトイリス軍に背後から攻撃を仕掛ける為、籠城体制にあった軍を大急ぎで野戦の準備を整えさせると、2日後にはプラージュ城を出撃していった。
彼らは、まんまとリクレールの思惑に嵌ったのであった。




