第310話 名門の敗残兵
リクレールが規律を徹底させたことで、スムーズに行軍するアルトイリス軍は、無駄な損害をほとんど出すことなくひたすら西に進み続けるが、そこで思わぬところから味方が集まってきた。
「リクレール様、前方にわが軍に加わりたいという一団がやってまいりました。なんでも、エルヴィユ侯爵家のものであると申しておりますが……」
「エルヴィユ侯爵と言えばかなりの名門の家柄だったはず。加わってくれるのは嬉しいけど、どこまで本当なんだろうか?」
「何か事情があるのかもしれませぬな、ひとまず話を聞いてみてはどうでしょうか?」
エルヴィユ侯爵家と言えば、領地こそそこまで広くはないが、西帝国でもそれなりに由緒ある家柄で、少数ながらも精鋭の騎士団を擁していることで有名だ。
領地はフォントラル侯爵領の北に位置しており、今回の遠征の進路からは大きく外れることから、リクレールもそこまで気にも留めていなかったが、とりあえず話が本当かを確認するために、サミュエルと共に会ってみることにした。
合流した軍は、確かにエルヴィユ侯爵家の旗を掲げており、騎士たちもそれなりによい装備を身に纏ってはいるが、誰もかれもが薄汚れており、跨っている馬も痩せこけていて、騎士たちが降りて手綱を引きながら歩くのが精いっぱいというありさまだった。
そして、騎士たちの中から、彼らの主と思われる10代後半の桃色髪の女性貴族と、20代半ばと思われる藍色の髪の毛の男性が前に出てきた。
「お初にお目にかかります、私はエルヴィユ侯爵家の長で、サロメ・エルヴィユと申します。アルトイリス侯爵様にお目にかかれて、光栄でございます」
そう言ってサロメは、名門侯爵家の長の肩書に恥じない堂々とした態度で、リクレールに一礼した。
白銀に輝く鎧は、ところどころ金の縁取りや絹のフリルが用いられているが、今やすっかり汚れにまみれており、ここしばらくまともな食事を摂っていないからなのか、顔がやせこけ、肌に精気が感じられないが、それでも彼女のマリンブルーの瞳はしっかりとリクレールを見据えており、堂々とした風格を醸し出していた。
サロメがあいさつした後、隣にいる堂々とした体躯の藍色髪の男性も、リクレールに対し丁寧に頭を下げる。
「お恥ずかしながら、このようなみすぼらしい格好でお会いすることをお許しください。私はエルヴィユ侯爵家騎士団の団長を務めております、テュレンヌと申します。サロメ様が間違いなく侯爵家の跡取りであることは、我が家の家宝であるこの腕輪で証明するほかございませんが……もし、戦列の末席に加えていただけるのであれば、我らも此度の内戦でレオニス様を支持することを約束いたします」
「そうか、詳しい話はあとで聞こう。今の君たちに必要なのは食事と休息のようだから、すぐに食べるものを用意させる」
「ほ、本当ですの……! 久しぶりにまともな食べ物にありつけますの!?」
「お嬢様」
「こ、コホン、失礼いたしました。ではお言葉に甘えさせていただきます」
リクレールはすぐさま食事と休息の用意をさせ、サロメたちは用意されたものを一心不乱で食べ始めた。
いくら気丈に振る舞っていても、身体はやはり限界寸前だったようで、サロメは涙を流しながらシチューを掻き込み、あまり味がいいとは言えない携行食料をそれはそれは美味しそうな顔で頬張っていた。
「おいしい、おいしいですわ……わたし、生きてよいのですね……! ああ、神様、感謝いたします!」
『この女、仲間に加わるのはよろしいですが、感謝するのは神ではなく主様ではなくって?』
(そ、そこまで拘らなくていいから……それよりエスペランサ、この人たちのことどう思う?)
『今のところ彼らは本気で主様に助けを求めてきているようですわ。警戒は必要とはいえ、頼ってきたからには存分にこき使って差し上げましょう』
(頼ってきた人たちをこき使うって、やっぱりなんだか罪悪感感じちゃうなぁ)
『心配いりませんわ《メーテル》、むしろ彼らに恩返しの機会を与えるのですから、彼らも喜んで主様のために奉公するでしょう。主様が気に病むことではありませんわ』
(あ、ありがとう……エスペランサ)
こうして、新たな仲間が加わったアルトイリス軍――――彼らの本当の目論見がどうであれ、エスペランサに目を付けられたことは確かなようだ。




