第309話 略奪禁止命令
フォントラル侯爵軍が慌ただしく防衛の用意を整えている頃、リクレール率いるアルトイリス軍はかなり順調に進軍していた。
街や村での抵抗は一切なく、道中に存在する貴族の領地や砦も、4000人という大規模な軍を相手にするのは不可能と悟り、降伏するか逃亡するかのどちらかだった。
だが、リクレールはそれに加え、アルトイリス軍全体に略奪禁止令を発布していたことで、降伏しても町や村に危害を加えないことを保証したことも大きかった。
「兵士たち、そして兵を率いる部隊長たちに通達する。この度の戦いでは、アルトイリス侯爵リクレールの名のもとに、直接指示があった場合を除いて一切の略奪、暴行を禁止する。なぜなら、この戦いは西帝国を私物化する奸臣たちを除くのが目的であり、同じ帝国内の人間に危害を加えるのは許さない。もし違反した場合、いかなる理由があろうとも極刑に処すから、そのつもりでいるように」
「リクの言う通りよ。あなたたちは誇りあるアルトイリス侯爵軍の一員なのだから、決まりごとはしっかり守るように! 私たちコンクレイユ騎士団も、あなたたちのことを見ているわよ」
リクレールとヴィクトワーレが兵士たちにそう告げると、元貧しい傭兵たちの何人かは不服そうな顔をしたが、略奪を禁止される代わりに多大な報酬を支払うことを約束されているので、あまり文句は言えなかった。
ただ、それでも中には命令を無視する不届き者はいるようで…………帝都から逃げて来た、とある男爵が率いる部隊が進路の近くにある村の確保を命じられた際、副官が反対するにもかかわらず、村を略奪するという事件を起こしたことがあった。
「ま、まずいですよ隊長っ! 侯爵様から略奪は禁止だって何度も念を押されたじゃないですか!」
「うるせぇな、貴族の軍隊には金がかかるんだ、今更ごちゃごちゃ言われたところで、そのことは変わらねぇよ! なぁに、バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ! お前もこのことは絶対ほかの奴らには言うなよ!」
「……私は止めましたからね?」
こうして、リクレールの目を盗んで村を散々荒らした部隊は、意気揚々と任務を果たして本陣に戻ってきたのだが…………彼らはたちまち捕えられ、リクレールの前に連れてこられた。
「君たち、なぜこの場に連れてこられたか、勿論わかっているよね? 知らないとは言わせないよ?」
「ち、違うんです侯爵様っ! あれは兵士たちが勝手にやったことで……!」
「侯爵様……なぜ私まで! 私は止めたんです、でも隊長がばれなければ問題ないって!」
「こ、こいつの言っていることは嘘です! 俺がそんなことするはずがありいません、信じてください!」
「あのね、君たちの行動はちゃんと僕の部下から報告を受けているから、取り繕っても無駄だよ。それに、あれだけ厳罰だって念押ししてもなお命令違反するってことは、死ぬ覚悟があるのかと思ったけど…………どうやら買いかぶっていたようだ。お前のような人間を生かしておくのは、アルトイリス軍の恥だ。ゆえに、この場で極刑に処する」
「そ、そんなっ! どうかお慈悲を!」
「な……なぜ私まで! た、助けて……!」
縄で縛り上げられた状態で必死に命乞いする隊長と副官を、リクレールは問答無用でその首を刎ねた。
魔剣エスペランサの無慈悲な刃が、いとも簡単に人の頭を胴体から切り離し、司令部の前の地面に大量の血飛沫が飛び散った。
その光景を見ていた諸将は、改めてリクレールが本気であるということを理解するとともに、隊長を止められなかった副官まで厳罰に処すという徹底ぶりに恐怖した。
ただし、略奪を働いた兵士たちは、指揮官の指示に従っただけということで、今回だけは奪った物品の返却と、報酬の一部減額のみに留めた。
この出来事以降、兵士や部隊長たちはリクレールの命令に反して略奪を行うことはなくなった。
また、狼藉を働いた部隊の責任者が処罰されたという話は、あっという間に周囲の村や町に広がり、敵対さえしなければ人々に危害は加えられないということがわかったことで、アルトイリス軍は各地で抵抗されることなく通過することができたのだった。




