第30話 モントレアル領の戦い 9
それと同じころ、魔族軍を攻撃していたヴィクトワーレたちは、続々と駆け付ける魔族軍を前に次第に押され始めていた。
こん棒や斧、剣による物理攻撃だけなら大したことはないが、中にはデーモン族やデビル族が混じっており、闇魔術による魔法攻撃もちらほら飛んできているため、流石に精鋭の騎士団と言えども、数百人程度ではさほど戦果を挙げることはできなかった。
「ヴィクトワーレ様、ものすごい数の敵兵です!」
「これ以上の攻撃は厳しいかと」
「よし、そろそろ頃合いね。みんな、退却するわよ!」
マティルダとベルサたちがこれ以上は危険だと進言すると、ヴィクトワーレは頃合いと判断して退却の指示を出し、撤退を開始した。
「あいつら逃げやがったぞ!」
「よくもやってくれやがったな! 覚悟しやがれっ!」
勿論魔族軍たちがこれをみすみす見逃すはずがなく、整然と退却する騎士団たちの後を走って追いかけていった。
しかも、この騒ぎは近くの陣から駆けつけた魔族たちも加わっており、それがさらに別の部隊へと伝播することで、いつしかほぼ全軍がヤンガラの命令もなしに追撃に加わってしまった。
ヤンガラが懸念していたのはまさにこの状況であり、結局ヤンガラ率いる本体もなし崩しに彼らの後を追わざるを得なかった。
城の包囲を解いてでも全軍で新手を潰しにかかるという決断はなかなかリスキーだったが、中途半端に両方を気にして、結果的に挟み撃ちになってしまうよりかは、片方を速攻でつぶした方がいいと判断したのだろう。
こうして、まんまとヴィクトワーレたちの偽退却につられた魔族軍の前に、今度はリクレールとその直属の部隊が立ちはだかった。
「リク、ごめんここは頼んだわ!」
「まかせてよトワ姉! さあ魔族軍め! せっかく取り戻した物資は渡さないぞ!」
リクレールはエスペランサを構えながらそう叫んだが、魔族軍は敵のあまりの少なさに完全に油断しきっていた。
「なんだ、あの数は!? たかがその程度の人数でオレ様たちの相手をしようってのか?」
「ヘッ、さっきは妙に自信満々だったが、こんな奴ら大したこたぁねぇ!」
「しかもあれ見ろよ! 戦利品どっさりだぜ! 奪いたい放題だぁ!」
押し寄せる魔族軍を、リクレールがエスペランサを振るって押しとどめようとするが、数が違いすぎてあっという間に後退せざるを得なくなった。
「くっ、いくらなんでも多すぎる! 退却だ!」
こうしてリクレールの部隊も逃げ出したことで、魔族軍は完全に勝った気になった。
「ヘッヘッヘ! ニンゲンどもめ、口ほどにもない!」
「オベル兄貴の仇だ! 追いかけて皆殺しにしてやる!」
「じゃあ俺は先に戦利品をいただくとするかな」
「馬鹿野郎、俺にもよこせよ!」
「早い者勝ちだ! 奪え奪え」
大勢押し掛けた魔族たちは、敵の完全撃破を求めて追撃しようとする者と戦利品の略奪にいそしもうとする者とで完全にバラバラに動き始めた。
その上、後ろからも続々と味方がやってくるので、窪んだ地形も合わさって魔族軍は押し合いへし合いの大渋滞となり、一部では同士討ちも起きかねないありさまだった。
そこに、ようやくヤンガラの部隊が追い付いたが……前の方で起きている大混乱を見てすぐに、自分たちが非常にまずい状況に陥っていることを悟った。
「あのバカどもが……! とまれ、とまれぇっ! 今すぐやめさせろ!」
戦場の大混乱の中でもヤンガラの声はよく響いたが、命令を聞く者はほとんどいなかった。
そして、この状況を待っていたかのように、偽退却をしたリクレールとヴィクトワーレはその場で反転した。
「合図を鳴らせ!」
「はっ!」
リクレールの傍にいた兵士の一人が合図に使う笛を勢いよく吹き、ピーっと甲高い音が戦場に響き渡った。
すると、その合図とともに兵を伏せていたシャルンホルストとサミュエルが動き出した。
「魔族の奴らはまんまと罠にかかった! 一網打尽にしてやれ!」
「ゆくぞ、リクレール様が用意して下さった最高のタイミングだ、存分に手柄とせよ」
戦利品に群がる魔族たちの大軍めがけて、アルトイリス軍が左右から喚声を上げながら襲い掛かる。
その上、リクレールやヴィクトワーレたちも、反転して突撃してきたことで、魔族軍はぎちぎちに密集したところを三方向から襲われることとなり、たちまち阿鼻叫喚に陥った。
「ニンゲンの軍だと! 隠れてやがったのか!?」
「も、ものすごい数だ! このままだと囲まれるぞ!」
「だ……ダメだ身動きがとれねぇ! お前らジャマだ、どけっ!!」
実に3000人以上という大人数が逆にアダとなり、進むことも引くこともできなくなった魔族軍は、まともに戦えないまま三方向からアルトイリス軍の猛攻を受ける羽目になった。
さらに悪いことに、あたりに散らばった戦利品が進路を邪魔しているのと、このような時でさえそれを拾おうとする強欲な兵士が大勢いたことで、味方同士でぶつかって邪魔しあうこととなり、あちらこちらで内輪もめまで発生する始末だった。




