第3話 もう一人の「姉」
「リク! どこにいるの、聞こえたら返事して!」
「この声……トワ姉!?」
『あら、お客様……ではないですわね。ふぅん』
エスペランサはなぜか意味深な笑みを浮かべた。
「あ、声が聞こえたわ。聖剣庫ね……リク、お姉さんが来たから安心して、もう隠れないでいいから」
「わわわ、今はちょっと待って!?」
今リクレールは謎の美女とほぼ密着した状態……誰かに見られたら色々と勘違いされてしまう。
慌てて止める声もむなしく、締め切った扉が勢いよく開かれた。
駆けつけてきたのはリクレールより一回り大きな長身の女性、「トワ姉」ことヴィクトワーレだ。
まるで太陽のように燦然と輝く金色の長髪に、それを引き立てるように装着した銀のティアラ、そしてしっかりと手入れされた長いまつげに藍色の瞳が特徴的な大人の女性だった。
彼女はアルトイリス領と川を挟んだ北に位置する隣国コンクレイユ侯爵家のお姫様であり、リクレールの姉マリアとは大の親友だった。そのため、リクレールにとってもまるでもう一人の姉のような存在であり、幼いころからよく可愛がってもらっていた。
また、騎士としてもマリアに勝るとも劣らない実力があり、アリア他多くの有力な騎士が戦死した先の戦いで味方が総崩れにならなかったのも、ヴィクトワーレが間一髪で別の戦場から駆けつけてきたからに他ならない。
「こんなところにいたのね。もう、お姉さん心配だったんだから! ……あら、その剣は?」
「えっと、トワ姉、これには深いワケが……あれ?」
気が付けば、今までリクレールを押し倒さんばかりに覆いかぶさっていたエスペランサの姿が消えていた。
だが、リクレールの右手には相変わらず禍々しい雰囲気の大剣が握られている。
『ご安心くださいませ。わたくしの姿は主様以外には見せませんわ。このお方……ヴィクトワーレ様は主様と幼いころから仲がよろしいのですね』
エスペランサの艶めかしい声が、リクレールの直接脳内に聞こえてくる。
『純粋に主様のお力添えをしに来たのでしょう。ですが……これからはその役目はわたくしが務めますわ』
「っ!?」
リクレールの身体の中から、何かが湧き出るような感覚を覚えた。
それと同時に、頭が急にすっきりと晴れたように冴えわたり、不思議な自信に満ちてきた。
「……? どうしたのリク、どこか具合が悪いの? 悲しいことがあったばかりだもの、無理はよくないわ。しばらく休んだ方が……」
「いいや、僕は大丈夫だよ、トワ姉」
地面に力なくへたり込んでいたリクレールの身体がゆらりと立ち上がる。
先ほどまで不安と悲観に染まっていた顔は、がらりと一変して不敵な笑みを浮かべていた。
「リク? 本当に大丈夫なの?」
突然雰囲気が変わった年下の幼馴染を見て、心配そうに駆け寄るヴィクトワーレだったが、体に触れようとしたとき彼女は背筋がゾクリとするのを感じた。
「もう弱いままの僕じゃいられないってわかったんだ。みんなはまだ大広間にいる?」
「え、ええ……おそらく。いったい何をするつもり?」
「もちろん、僕が次期アルトイリス侯爵家の当主になることを宣言しに行く」
ヴィクトワーレの不安をよそに、リクレールはしっかりとした足取りで部屋をあとにしたのだった。
キャラクターノート:No.003
【名前】ヴィクトワーレ・コンクレイユ
【性別】女性
【年齢】21
【肩書】コンクレイユ侯爵家の三女
コンクレイユ騎士団団長
【クラス】パラディン
【好きなもの】リクレール 近接武器
【苦手なもの】ラクダ