第299話 ずっと見てきたんだもの
「それよりもトワ姉、僕が元気になったって言ってたけど、そんなにすぐに分かるものなの? レイも、僕の顔色がすごくよくなったって言ってたし」
「勿論わかるわ! 私だってリクが生まれた時から、ずっと見てきたんだもの。それにほら……」
ヴィクトワーレは腰に装着した物入から手鏡を取り出すと、リクレールの手に持たせて、自分の顔を見るよう促した。
リクレール自身は最近鏡を見る暇がないくらい忙しいので、自分がどれほど変わったかほとんどわからなかったが、少なくともそこまで不健康ではなさそうとは思った。
「昨日までのリクは……とても顔色が悪かったわ。何かずっと思い詰めているような……すごく無理をしているのが、一目瞭然だったわ。だから私は、あのまま戦いに行っても倒れちゃうと思って、しっかり休むように言ったのよ」
「そうだったんだ……もしかしたら、トワ姉だけじゃなくて、サミュエルやアンナたちにも、心配かけちゃったかな」
「ふふっ、わかってくれたかしら。リクだって、ほかの人がわかりやすく疲れてて具合が悪そうだったら、心配になるでしょ? それはリクにも同じことが言えるんだから。やりたいことが多いのは分かるけど、休める時にはしっかり休んで……それに、私のことももっと頼っていいから、ね♪」
「うん……」
そんなことを話しながら、ヴィクトワーレはリクレールの身体にゆっくりと手をまわし、さらっと自分の方に抱き寄せる。
リクレールも抵抗する素振りはなく、そのまま身を委ねた。
「やっぱりリクは温かくていい匂いがする……私の大好きな匂い」
「そ、そうなの? 僕はトワ姉の方がいい香りがするんだけど。この夏の花のような香りって……特別な石鹸使ってるの?」
「もう、リクってば」
ヴィクトワーレはそのままリクレールの首筋や鎖骨付近に顔をすり寄せて、その香りを存分に堪能した。
彼女にこうされるのは初めてではないが、リクレールは未だに慣れないのか、気恥ずかしさで頬を紅く染めていた。
(トワ姉の心音がすごく早い……もしかしたら、トワ姉もいろいろと不安だったのかもしれない。僕もちゃんとトワ姉のことを安心させないと)
リクレールは自分自身が不安を感じるとよく動悸がするので、ヴィクトワーレも今不安を抱えているのかもしれないと感じていたが……
(い、勢いでこんなところでリクのこと抱いちゃった……! なんだかマリアの前で、リクのことを……してるみたいで、えへへ♪)
『ヴィクトワーレ様、せっかく主様が御身を心配されているところなのに、下心丸出しですわね』
「え、下心?」
「わーっ! わーっ! 違うわエスペランサこれはリクのことを安心させるためであって決して邪な考えなんてないんだからっ!」
すぐそばにエスペランサがいることをすっかり忘れていたヴィクトワーレは、リクレールへの劣情を指摘されたことで、顔を真っ赤にして猛烈な早口で抗議する。
何事もなければ黙って見ているだけにしようとしていたエスペランサも、この破廉恥(?)な空気を看過できなかったのか、空気も読まずに割って入って中断させたのだった。
『まあいいでしょう、ヴィクトワーレ様が主様のことを想い、全力で尽くされることはとても素晴らしい事ですわ。ですが、物事には限度というものがございます』
「うぅ……エスペランサまでマリアみたいなことを言うのね。でも、私だってはいそうですかと諦めるわけにはいかないんだから……」
(姉さんみたいなこと?)
ふと気になる言葉がヴィクトワーレから語られたが、リクレールがそのことを確認する前に、エスペランサとヴィクトワーレのやり取りが続いていったのだった。




