第255話 理不尽な拳
その日、東陣地の将軍ロパルツは、相変わらず消極的な戦い方でごまかしつつも、この先どうすべきかを幕舎内で悶々と考えていたところ……いきなりドヴォルザーク将軍がドカドカと大股で押し入ってきた。
「おいロパルツ、いるか!」
「何だようっせぇな、誰かと思えばドヴォルザークじゃねぇか、こんなところに何の用――――だっっっ!?」
言葉を言い切らないうちに、ドヴォルザークの拳がロパルツの腹にめり込み、ロパルツの身体はたちまちくの字に折れ曲がる。
腹部の強烈な痛みに苦悶する間もなく、今度は左ストレートがロパルツの頬を打ち抜き、哀れ彼の身体は幕舎内の荷物棚まで吹っ飛ばされた。
「て……テメェ、何しやがる!」
よろよろと立ち上がったロパルツの右頬はひどく腫れており、鼻から血を流すなど、なかなか無様な様子だったが、その鋭い目で睨み返すだけの気力はまだ残っているようだった。
「何しやがるだぁ、この程度で許してやろうってんだから、むしろ感謝してもらいてぇくらいだ」
「ンだと、俺がテメエに何したってんだ!」
「言わなきゃわからねぇようだな。なら、教えてやる。お前がこのところ随分とサボっているせいで、お前の真ん前にいた敵が、うちの陣地を襲撃してきやがった」
「は?」
「あのなぁ、敵が俺たちの陣地まで攻めて来たってことはだ、奴らはお前の陣地の目の前を通ったはずだ! つまり、お前はあのガキどもが目の前を通過したのを、何もせずに見ていただけってことだ!」
「バカ言うな! いくらなんでも目の前をノコノコ通る敵を素通りさせるわけないだろ、いい加減にしろ!」
そうはいうものの、ロパルツには若干だけ心当たりがあった。
というのも、近頃はロパルツたちが挑発に乗らずに引き籠っていることをいいことに、紫鴉学級の生徒率いる軍が連日陣地の射程ギリギリで長髪を繰り返しており、時にはわざと陣地の前を横切ろうとする動きもあった。
しかし、何度も罠にかかってすっかり懲りた兵士たちは疑心暗鬼に陥っており、また何か罠を仕掛けていると勘繰り、攻撃する姿勢を見せなかった。
もっとも、ロパルツとしても、こちらに直接攻撃してこない限りは無視することを決めていたので、兵士たちが勝手につられることがなかったのはむしろ好都合ではあった。
だがそれでも、兵士には敵の動きは逐一報告させており、目の前を通って南陣地の方に向っているという報告は聞いたことがない。
「というか、襲撃されたのはテメエらが油断したせいだろ。それを俺のせいにするのは、いささか無理があるんじゃね?」
「うるせぇっ! もう一発殴られたくなかったら口答えするな!」
(さてはこいつ、この前の夜襲で侯爵閣下に大目玉喰らったな。そしてその八つ当たりをしに来たってことか。全く、これだから脳みそまで筋肉でできている野蛮人は……)
ロパルツは内心でそう毒づくも、目の前の赤毛の巨漢と一対一でまともに戦えるほど彼は強くなかったので、今は彼が立ち去るまで耐えることにした。
「で、お前がここに来たのは俺を殴るためだけか?」
「おっとそうだ、お前たちがあんまりにも頼りにならんから、侯爵閣下が帝都から援軍を要請した。その援軍が近いうちにこの東陣地に収まることになるから、2000人分くらい居住スペースを作っておけだとさ。ついでに、もっと防備も万全にしろとのお達しだ」
「……ははぁん、まさかとは思うが、その増援部隊というのはアヴァリス様じゃないのか? 確か北方で負けて、帝都に引き返したって聞いたが」
「何だ知ってたのか、お前の言う通りだ。ガキにはガキをぶつけるんだとさ、数はあまり多くないが、傭兵をわらわら連れてくよりはよっぽど役立つだろうぜ」
「そうか……子細承知した、閣下の命令通り2000人分が収容できる場所を作っておくと伝えておいてくれ」
つい先日のロパルツであれば、手柄を横取りされると危機感を覚えるところだが、もうこれ以上自分自身でシャルンホルストたちの相手をしたくないというのが本音なのだろう。




