第248話 なぜこうも上手くゆかぬ
その一方で、ブレヴァン侯爵軍側も当初よりかなり厳しい状況になりつつあった。
東西南北四方向の陣地のうち、東陣地のロパルツと、北陣地のヨランドが、敵の援軍相手にまんまと陣地外に釣りだされた挙句、余計な大損害を被ってしまったことで兵力が減少してしまい、まともに城攻めを行うことができなかった。
南にあるブレヴァン侯爵がいる本陣と、裏切り者ボルツ伯爵がいる西陣地は攻撃に晒されていないため、開戦当初から変わらず一定の攻撃を続けているものの、ほかの二方向に割り当てられるはずだった敵が重点的に配置され始めたせいで、初めの頃より兵士たちの損害が増えてきている。
その上ブレヴァン侯爵軍にとって不幸だったのが、南側の兵を実質的に指揮するドヴォルザーク将軍も、西側の兵を指揮するボルツも、揃って攻撃重視の将だったせいで、余計損害が増してしまうことであった。
「グズグズするな間抜けども! 許可なく退却する奴がいたら、この俺がドタマカチ割ってやるぞ! わかったらとっとと濠を埋めろ! 弓兵はもっと前に出ろ!」
まるでライオンのようなチリヂリに伸びた赤毛と豊かな髭が特徴的な巨漢、ドヴォルザークは、最前線でライオンのように吠えながら、傭兵たちを無理やり攻撃に駆り出した。
彼自身は分厚い鎧を纏っているため、矢が刺さっても平気な顔をしているが、命あっての物種の傭兵たちにとっては溜まったものではなく、濠を埋めるために動員された人々の大半はその場で城兵からの攻撃によってい命を落とし、自らの身体を濠を埋める材料の一部とされた。
「私は降将だ……ここで手を抜いたと見られれば、立場が危うい。損害は覚悟の上、ほかの者どもには負けられん」
諸事情あってブレヴァン侯爵の調略でユルトラガルド家を裏切った、幸薄そうな雰囲気の中年ボルツは、寝返ったばかりの自分が信頼されるには、それなりの成果を上げるしかないという思いと、ここで負けたらかつての主君ランツフートから何をされるか容易に想像がつくので、こちらもまた必死になって攻撃を続けている。
勿論彼の事情など傭兵たちにとっては知ったことではないため、強引に突撃させられる傭兵たちはボルツに対して不満たらたらであった。
また、北陣地のヨランドは、先日の敗戦がよほど屈辱的だったのか、ここ数日は戦いを殆ど放棄し、城に散発的な攻撃をするのみで碌に動くこともしない。
そして、東陣地にいるロパルツは現状を挽回すべく焦っているのか、わざと大規模な攻撃を行う前振りを見せて敵の攻撃を引き付けようとしたが、紫鴉学級の部隊はその動きを見透かしているのか、陣地に直接攻撃してくる様子は全くなかった。
これらの様子に最もイライラしているのが…………ほかならぬブレヴァン侯爵トライゾンであった。
「なぜだ……なぜこうも上手くゆかぬ」
南陣地で最も大きなテントの中で、夕食の高級ステーキを頬張るトライゾンだったが、とても旨そうな表情とは言えず、むしろ苦々しそうな顔をしていた。
アヴァリスのせいで計画を前倒しし始めてから、まるで歯車が狂ったかのように、事前に計画していたことがとことんうまく進まなかった。
リヴォリ城包囲戦はアルトイリス軍の援軍によって、普段から偉そうにしている将軍たちが翻弄されて攻城戦が予定通りに運ばず、帝都の方からも、マルセラン本隊がシェムスタ侯爵領の手前でコンクレイユ侯爵軍に足止めされていると連絡が入っている。
普段は冷静で感情をあまりあらわさない「賢狼」も、近頃のイライラで不機嫌さが増すばかり。
これ以上、悪い報告が入ってしまったら、さすがの彼でも我慢の限界に達してしまうかもしれない――――と、言う時に限って、悪いことは重なるものである。
「か、閣下! い……一大事でございます!」
「なんだ……今食事中だぞ」
「敵襲でございます! 武器貯蔵庫が何者かの襲撃を受けております!!」
「っっ!!」
食事中に来た伝令が持ってきた最悪の知らせを聞いて、トライゾンは無言で食器を足元に叩きつけるのだった。




