第216話 アンビシャスカード
さて、話は一度、コンクレイユ軍がロディ渓谷を占領したころに遡る。
アルトイリス領を出発した親友のシャルンホルストと、彼に協力する士官学校の生徒たちは、学校から連れてきた騎士や協力者1000が人、リクレールから借りたアルトイリス軍の正規兵2000人と、様々な仕事をしてもらうための労働者4000人を引き連れて、5日目には実家であるユルトラガルド侯爵領へと入った。
シャルンホルストの予想通り、ブレヴァン侯爵の大軍はすでに首都のリヴォリ城の包囲を進めており、偵察兵の報告ではすでにネズミ一匹通さぬほど二重三重に陣地を構築しているようだった。
リヴォリ城は帝都タイラスルスに次ぐ西帝国屈指の巨大城塞都市であり、包囲されてもしばらくは耐えられるだろうが、やはり5万という大軍に攻められれば、必ずどこかで限界が来てしまうだろう。
リクレールの増援が当分望めない以上は、5万人の敵を相手に攻城戦に集中できないよう、時間稼ぎを行うほかない。
「いよいよここまで来た……か。自分が総大将となると、やっぱりプレッシャーが段違いだな」
国境を越えてすぐに野営したところで、シャルンホルストは自分のテントの中で少しだけ術式ランプの灯りをつけて、手元で使い古したトランプカードを弄んでいた。
「初陣ではリクが総大将をやってくれたから、俺は横からアドバイスするだけでよかったが……先生二人がいるとはいえ、俺が決断を下さないといけないわけだ。…………できるのか、俺に? いや、俺がやらなくてどうする、大丈夫だ……もっと自信を持て」
ユルトラガルド侯爵領への援軍部隊の総大将はシャルンホルストが務めることとなった。
紫鴉学級担任のウルスラと、藍熊学級担任のローレルという、戦場慣れした二人がサポートにつくとは言え、まだ二十歳にもなっていない子供が3000人の兵を率いて、5万人の敵に立ち向かうというのはなかなか酷と言えるだろう。
それでもシャルンホルストが総大将を引き受けたのは、自分の実家が襲撃されている故に、最も土地勘があるからというのもあるが、やはり親友のリクレールが信じて託してくれたからというのも大きい。
「……カードを選ぶ、カードを束に戻す、真ん中にいれる、選んだカードが一番上に現れる。なんてことない単純なトリックだが……見破ってきたのはコンクレイユ候くらいだった。見せ方によって人は容易に騙されるわけだ」
シャルンホルストが一人で披露している手品は現代で「アンビシャスカード」と呼ばれるもので、シンプルながら強力な現象を持ち、多くのバリエーションがあり、基本をマスターすれば無限に応用できる「完璧なマジック」とも評されている。
彼はこの技をまるで呼吸するかのように操ることができるが、達人の域にまで至るには、それこそ多大なる練習と頭の回転の良さが求められる。
手元で様々なパターンのアンビシャスカードを一通り行った後、シャルンホルストはふーっと深くため息をつくと、何かを決意したように目を見開いた。
「そうだ、騙すんだ。リクは味方をも欺く作戦を立てているのだから、敵を騙すなんて簡単なことだ。よし、いっちょやったるか」
こうして、今から数か月にわたるシャルンホルストの負けられない戦いが始まるのだった。




